キャリア Vol.1027

窪田正孝「自分の強みなんて考えたこともない」20代から貫いてきたやるべきことを全力でやるポリシー

プロとは、どんな人のことを言うのだろうか。

きっとそれは、自分がなすべきことを、浮かれるでもなく、ひけらかすでもなく、ただひたすらにやり抜く人。そういう人をプロと呼ぶのかもしれない。

窪田正孝さん

俳優・窪田正孝もまた、ただ実直に芝居の道を突き進んできた。2006年、俳優デビュー。10代の頃から芸能界で活躍し、実に16年という歳月を芝居と共に歩んできた。

浮き沈みの激しい世界で、求められ続けるために何をしてきたのか。その答えに、窪田正孝の職人的なプロイズムを見た。

※この記事は姉妹媒体『Woman type』より転載しています。

自分のことを「人とうまく関われない人間」だと思っていた

マッチングアプリから始まる恋やセックスレスによってすれ違う夫婦関係など、多様な愛の形をオムニバス形式で描いたAmazon Originalドラマ『モダンラブ・東京~さまざまな愛の形~』。

そのうちの一編であり、唯一のアニメーション作品となる『彼が奏でるふたりの調べ』に窪田さんが声優として出演する。

窪田正孝さん

本作の監督を務めるのは、『聲の形』『平家物語』の山田尚子。人生に行き詰まり気味の主人公・桜井珠美が思い出す、高校時代の淡い記憶――。

山田監督らしい繊細なタッチで描かれる青春の風景の中で、窪田さんは桜井がひそかに思いを寄せる同級生・梶谷凛を演じている。

普段は全身を使って演じる俳優が声優業に挑戦する時、声だけで感情を伝えるために、より分かりやすくエモーショナルな演技になるケースが多い。

だけど、窪田さんの演じる梶谷凛は素朴で、余計な力が入っていない。そこに、窪田さんらしいこだわりがあった。

窪田正孝さん
窪田さん

アニメーションの場合、表情や動きは絵が表現してくれている。そこに、声まで力を込めて入れる意識でやるとトゥーマッチになる気がしたんです。

特に今回僕が演じた梶谷は、桜井の記憶の中の姿。そこで、彼のうぶさや不器用さを声で強調しすぎるのは、ちょっと違うかなと。

外側から固めるのではなく、あくまでキャラクターの内面に寄り添い、そこから生まれてくるものを大切にしながら役を演じる。窪田さんの求める芝居は、実写であってもアニメであっても変わらない。

窪田さん

梶谷は少年と青年の中間地点にいるような男子。まだ大人になりきっていない男子特有の、人と向き合うことへの恥ずかしさみたいなものが、彼にはある気がしたんです。

だから、彼のうぶさは、学校という社会の中で人とうまくなじめない部分を大切に演じることで浮き上がってくればいいなと考えていました。

窪田正孝さん

桜井も梶谷も、キラキラとした青春を送る級友たちの輪にうまく入っていけない、ちょっと不器用な高校生。

みんなが文化祭の準備で盛り上がる中、ひっそりと音楽室で時を過ごす2人。人とうまくやれない生きづらさのようなものが、2人の心を近づけていく。

実は、窪田さん自身も若い頃は「人と関わるのが苦手だった」と共感を寄せる。

窪田さん

ずっと人とうまく交じり合えない人間でした。というか、自分で自分のことを「交じり合えない人間だ」って決めつけていたんです。

俳優になる前は整備士になろうと思って工業高校に通っていたんですけど、それも人と話すのが得意じゃなかったからで……。

一人で機械を組み立てたり、ゼロから物を作ったり、そういうことをする方が性に合っていると思っていたんです。

窪田さん

高校の頃を思い起こすと、女子としゃべった記憶もなくて。

男友達とばかり過ごしていたので、今振り返ると「共学も楽しかったかもしれないな」なんて思いますね(笑)

人付き合いは下手でもいい。仕事で大事なのは、やるべきことをやること

窪田正孝さん

人と関わることが苦手な自分が俳優になるなんて、想像もしていなかった高校時代。それが、母親の勧めで受けたオーディションがきっかけで芸能界へ。

俳優の現場は、スタッフやキャストとの密なコミュニケーションが不可欠。窪田さんは、どうやって苦手なことの壁を乗り越えたのだろうか。

窪田さん

正直に言うと、必要最低限のことができていればいいやと考えるようにしていました。

人を不快にさせるようなことさえしなければ、必要以上にコミュニケーションはとらなくてもいいかなって。

とはいえ、仕事仲間とのコミュニケーションを「必要最低限でいい」と割り切れる人は少ないかもしれない。

窪田さんが潔く苦手なことを割り切ることができたのはなぜなのか。それは、現場で自分の果たすべき役割は何なのか、ブレない答えがあるからだ。

窪田正孝さん
窪田さん

仕事をする上で大事なのは、自分のやるべきことをしっかりとやること。僕の場合は、「最上の作品をつくるためには、どんな芝居をするべきか」ですね。

そのために必要な議論なら、相手が監督であっても、自分の意見を伝えるようにしています。

相手に嫌われるのが怖くて、仕事の場で自分の意見を引っ込めてしまう人もいるはず。

でも、そもそも職場は友達をつくりにいく場所ではないし、仕事は人に好かれるためにするものでもない。

仕事には必ず目的がある。仕事仲間はその目的を一緒に果たすためのパートナーだ。

そう考えると、人付き合いのストレスもふと軽くなる。

窪田正孝さん
窪田さん

口だけというか、人にいい顔はするけど、やるべきことをまったくやっていない人がいたら、そっちの方が問題ですよね。

仕事においては、まず自分に求められることをちゃんとやることの方が大事なはず

その柱がしっかりしていれば、そこまで人付き合いで悩まなくていいのかなと思います。

「強み」なんて考えない。20代は、来た球を全力で打ち返してきた

『彼が奏でるふたりの調べ』には、「何者かになりたいと思いながらも何者にもなれない」という諦めに支配されていた桜井が、ぽつりと「自分には必殺技がない」とこぼすシーンがある。

実際、自分の強みが分からずに悩む人も多いが、窪田さんは「自分の必殺技なんて考えたこともなかった」とあっさり言い切る。

窪田正孝さん
窪田さん

むしろ、必殺技を持ってなきゃいけないのかな? ってあのせりふを聞いて思ったんですよね。

一人として同じ人間はいないわけだから、「あなたという人がいるだけで、それが必殺技じゃないの?」って。

競争の激しい世界で生き残るには、自分だけの強みが必要。いろいろなビジネス書がそううたっている。

俳優の世界も、群雄割拠のレッドオーシャン。特に若い俳優は1年ごとに次々と新しい顔が出てくる世界だ。

「強みを意識したことがない」と話す窪田さんは、どうして今のようなポジションを確立できたのだろうか。

窪田さん

自分がこの世界でどうやって生き残っていくか、戦略的に考えたことって一度もないんですよね。

唯一意識してやってきたのは、とにかく来た球を全部できる限りの力で打ち返し続けるということ。20代のうちは特にそうでした。

窪田さん

いただいた仕事は一つも断りたくなかったんです。

仕事がないことの方が不安だったから、ひたすらスケジュールを埋め続けていましたね。

窪田正孝さん
窪田さん

もう一つ考えていたことがあるとしたら、それはもう「芝居で残すしかない」ということ。

期待をかけて現場に呼んでいただいたからには、何か爪痕を残さなくては、と。

窪田さん

特に20代前半の頃は、1話ゲストの犯人役とか、主人公の友達の一人みたいな役が多かったんです。

でも、どんな役でも本気でやれば、その姿勢を見て評価してくれる人が必ずいる。

実際、そういう現場で一緒に仕事をさせていただいた監督から、「次もお願いね」と言われてもっと大きな挑戦のチャンスをもらったことも多々あります。

そしてそれが、自分の自信にもつながっていきました。

仕事の報酬は仕事。窪田正孝は、その格言を体現することで20代を駆け抜けた。

人とうまく付き合っていくためのコミュニケーション術とか、唯一無二の必殺技とか、“キャッチーな言葉”に惑わされることなく、やるべきことをやり抜くという基本を愚直に貫き通した日々が、今の窪田正孝をつくったのだ。

芝居は私生活と表裏一体。30代はプライベートをもっと大事にしたい

だが、30代半ばになった今、がむしゃらだった20代の頃とはまた違う仕事観も芽生えているという。

窪田正孝さん
窪田さん

20代の頃はインプットする時間がほとんどなかったので、とにかく自分の中にあるものを絞り出すしかなかった。

何ていうんだろう。確かに演じているのは僕だけど、自分の感情じゃない感覚だった。抜け殻になるまで演じ続けた毎日でした。

今は結婚し、家庭を持ち、人生の優先順位にも変化が生まれた。

窪田さん

もちろん今も自分の人生にとって仕事は大事な軸です。

ただ、ずっと仕事中心だったのが、もっとプライベートも大切にしたいと考えるようになりました。

窪田さん

私生活を豊かにすることで心に余裕が生まれるし、視点が変わる。

ずっと自分の芝居のことで頭がいっぱいだったのが、スタッフさんや周囲の人にまで目が向くようになった。

現場での楽しみ方がちょっと変わった部分もありますね。

そして、気付いたことがある。私生活と芝居は表裏一体だということだ。

窪田さん

健全な魂は健全な肉体に宿るって言うじゃないですか。あれに近いかもしれないです。

芝居でどれだけ自分の身を削っても、私生活がしっかりしていればちゃんと戻るべきところに戻ってこられる。

窪田さん

この仕事をこれからもずっと続けていくためにも、私生活もしっかり大事にしていきたいなと思うようになりました。

きっとその境地は、20代を全力で駆け抜けた窪田さんだからこそ実感できるものなのだろう。

自分の役目をまっとうする。その最もシンプルな仕事論を、誰よりも高い精度で極めることで、俳優・窪田正孝は生きてきた。これからもその信条は変わらない。

この実直さこそが、窪田正孝のプロ魂だ。

窪田正孝さん

<プロフィール>
窪田正孝(くぼた・まさたか)さん

1988年8月6日生まれ。神奈川県出身。2006年、ドラマ『チェケラッチョ!! in TOKYO』で初主演。大河ドラマ『平清盛』、連続テレビ小説『花子とアン』など数々のテレビドラマ・映画・舞台に出演し、実力派俳優としての地位を固める。20年には『エール』で朝ドラ主演を果たす。近年の主な出演作に映画『決戦は日曜日』、『劇場版 ラジエーションハウス』、『マイ・ブロークン・マリコ』など。今後の公開待機作に映画『ある男』、『湯道』、『スイート・マイホーム』などがある
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作品情報

Amazon Originalドラマ『モダンラブ・東京~さまざまな愛の形~』
2022年10月21日(金)世界同時配信

取材・文/横川良明 撮影/洞澤佐智子(CROSSOVER)


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