「仕事はあえて全身全霊でやらない」松山ケンイチの価値観が180度変わった理由
※この記事は姉妹媒体『Woman type』より転載しています
シリアスな役からコミカルな役までこなす守備範囲の広さに定評があり、話題作への出演が絶えない俳優・松山ケンイチさん。
前回インタビューした7年前は、俳優業に全身全霊で取り組む姿が印象的だったが、現在の仕事に対する姿勢について聞くと、意外な答えが返ってきた。
仕事には全身全霊で取り組まないようにしています。俳優業に割く時間は、全体の2割くらい。
今は生活における仕事の割合もできる限り減らせるよう、試行錯誤している段階です。
当時よりも肩の力を抜いて作品と向き合っているものの、「俳優業のパフォーマンスはむしろ上がっている」という。
彼のプロ意識は、キャリアを重ね、ライフステージの変化を経てどのような変化を遂げたのだろうか――。
身近にいる「無垢な人」を参考に役づくり
松山さんは2023年6月23日(金)公開の映画『大名倒産』で、神木隆之介さん演じる主人公・松平小四郎の兄・松平新次郎役を務める。
周囲からは「鼻たれのうつけ者」と厄介者扱いをされているものの、ピュアな心を持ち、天才庭師としての一面もあるチャーミングな人物だ。
新次郎について「無垢な部分がすごく強いから、そこをうまく表現したいと思った」と話す。その上で参考にしたのが、本作の監督・前田哲さんだった。
子どもの頃は無垢であれば「かわいい」と受け入れられるのに、大人になると無垢であることは「非常識だ」と受け入れられなくなってしまう。
だけど、好きなことに一直線でプロフェッショナルまで上り詰める人って、純粋な人が多いと思うんですよ。
20代前半の頃から付き合いのある前田監督が新次郎と重なったのは、まさに無垢を絵に描いたような人だったから。
飾ることなく他人からどう見えるかなんて一切気にせず、好きなものを「好き」と言える方なんです。
演出の説明をするときも、「ドバッ」とか「ガーッ」とか擬音ばかりで子どもみたいです(笑)。監督の作品からも無垢さがあふれ出ているように思います。
なので、監督にも「見本にさせていただきます」と宣言して新次郎を演じました。
「自分の頭の中で役を作り出すことはしない」と語る松山さん。
新次郎を演じる上で、監督だけでなく、周りにいる無垢な人たちを思い返しては参考にしたと明かす。
表情や笑い方など、特徴が出やすい部分をよく観察して、役づくりに生かしたという。
「自分の頭の中は信頼できない」多くの人と出会いが視野を広げる
松山さんが自分の中で役をつくり出すことはせず、“見て倣う”スタイルを取るのはなぜなのか。
自分の頭の中にあるイメージだけで理論を組み立てて役柄をつくりあげていくと、表現が狭くなると思っています。そういう意味でも、自分の頭の中はあまり信用できないんですよ。
だからこそ、いろいろな人と出会って自分の世界を広げていきたい。どんな人からも気付きや発見がたくさんあるから、どんどん吸収していきたいです。
以前は自分の頭の中で考えこんでしまうタイプだったんですけど、このスタンスに切り替えてからは、演じることが楽になってきました。
松山さんがシリアスな役からコミカルな役まで幅広く演じられる理由も、周囲の人や環境から与えられるものを大切にするスタンスにある。
役柄を演じ分けるために何かを特別に意識することはないです。
台本、セット、衣装・メイク、共演者……撮影現場によってあらゆるものが全く異なります。僕はそれに乗っかっている感覚なんですよ。
「シリアスにしなきゃ」「コミカルにしなきゃ」と最初につくり込みすぎるとすごくエネルギーを使って疲れてしまう。
現場の皆さんがつくり出す空気感こそが一番の道しるべなので、それを頼りに真っすぐ歩いている感じです。
仕事に100%の力を注げば、100%のパフォーマンスが出せるとは限らない
2016年に取材した際、「監督の要望に応えられるまで、何回でもひたすら食らいついていく」と話していた松山さん。
当時を振り返り「一つ一つの仕事に、全身全霊で挑んでいました」と小さく笑う。
しかし7年たった今は逆に、「全身全霊でやらないこと」を大切にしているという。なぜ仕事に対するスタンスを、180度変えたのだろうか。
長らく演じる仕事に100%の力を注ぐスタンスでやってきて、ずっと力みがあったんです。
それが原因で仕事を楽しめなかったり、自分の表現をうまく伝えられなかったりすることも多かった。だから、もっと楽に考えようと。
この7年の間に結婚し、子どもが生まれ、私生活も大きく変化しました。
自分にとって最高のエンターテインメントである子どもたちを見て学んだり、アップサイクルプロジェクト『momiji』を立ち上げたり、二拠点生活で畑仕事をやったりと、活動の場が広がることで、俳優業に割く時間がどんどん減っています。
面白いのが、俳優業に100%力を注がなくなったことで、以前よりも芝居を褒めていただけるようになったんです。
役者以外の世界が広がったことで、周囲に目を向ける余裕が生まれて、芝居の幅も広がったのかもしれません。
100%の力で仕事に取り組むことが100%のパフォーマンスに結び付くわけではない。これは僕にとって大きな発見でした
今は、100%のパフォーマンスを出すために、自分のワークライフバランスを見直しながら、何に何パーセントのエネルギーを割くことが最適なのか試している段階だと松山さんは言う。
「仕事に割く時間は2割くらいに抑えているんですけど、今はこれがちょうどいい」そう言って笑顔を見せる。
また、ここに到達できたのも「20代の頃に、全身全霊で仕事に取り組んだ過去があるから」だと続ける。努力してきた年月は、彼の中にしっかり礎として根付いている。
最後に、松山さんに今後やってみたいことを聞くと、「特に今『これをやりたい』と思うものはないけれど、俳優業だけをやっていることはないかな」と明かした。
今は『momiji』に6割くらいの時間を使っているんですが、今後も色んなことをやっていくと思います。
僕はこれまで俳優しかやったことがなかったから、それ以外のことは何をやっても学びや発見がある。
そこで吸収したことが確実に芝居の血肉になるから、自分の目の前に新しい機会が出てきたらできる範囲で挑戦していきたいと思っています。
作品情報
映画『大名倒産』2023年6月 23日(金)全国ロードショー
原作:浅田次郎
監督:前田哲
脚本:丑尾健太郎、稲葉一広
主演:神木隆之介
出演:杉咲花 松山ケンイチ
小日向文世 / 小手伸也 桜田通 / 宮﨑あおい
キムラ緑子 梶原善 / 勝村政信 石橋蓮司
髙田延彦 藤間爽子 カトウシンスケ 秋谷郁甫 ヒコロヒー
浅野忠信 / 佐藤浩市
音楽:大友良英
主題歌:GReeeeN「WONDERFUL」(ユニバーサル ミュージック)
公式HP/Twitter
© 2023映画「大名倒産」製作委員会
取材・文/阿部裕華 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER) 編集/光谷麻里(編集部)
RELATED POSTSあわせて読みたい
自己肯定感は低くていい。作詞作曲家・岡嶋かな多が「自分に自信がない」からできたこと
「口だけの大人になりたくない」テロ・紛争解決スペシャリスト永井陽右を突き動かす“健全な反抗心”
柄本佑「迷うことを楽しむ」生産性重視の世界に流されない職人の生き方
【犬飼貴丈】“腐ってた過去の自分”変えた運命のダメ出し「やりたい仕事は待ってるだけじゃ舞い込まない」