バービー「もう芸人辞めようか」無茶を重ねた20代→30代でガス欠状態に陥った彼女を救った転機
エッセーでは私たちが日々の中で感じるモヤモヤを本音たっぷりにつづり、インスタグラムをのぞくとカラフルなファッションに身を包み、伸びやかにポーズを決める姿が満載。
お笑い芸人・バービーさんを見ていると、誰かに決められた型にはまることなく、自由に自分を表現する喜びと楽しさが伝わってくる。
今や「セルフラブ」のアイコンとして多くの女性から支持を集めるバービーさん。
だけど、そんなバービーさんもかつては「周囲から求められるバービー像」にとらわれて、息苦しさを感じていた時期があったそう。
バービーさんの歩みを通じて、「自分らしい仕事」の見つけ方を考えてみたい。
※この記事は姉妹媒体『Woman type』より転載しています
本当の私って何? 無茶のしすぎでガス欠状態に
実は私、「絶対に芸人なりたい」意思があってこの世界に入ったわけではなかったんです。
学生時代から会社に就職するのは何となく違うなという違和感だけはあって。
「書く仕事」がしたいと思い、放送作家がどんな職業かもよく分からないまま、放送作家の養成講座に通い始めました。
そうしたら、そこで先生に「自分の容姿のポテンシャルが分かっていないんだったら作家の才能はない。お前は芸人コースの方が向いている」と言われ、そのまま芸人養成コースに通うことになったんです(笑)
特にお笑いに愛があってこの道に進んだわけではなかったこともあり、周りの芸人仲間と比べても「お笑い偏差値」が低い自覚はありました。それがちょっとしたコンプレックスでもあったんですね。
そのコンプレックスを解消するためにやったのが、自分の思う「芸人とはかくあるべき」という芸人像を体現してみること。
20代の頃はとにかく無茶苦茶でした。2000年代はまだ芸人の間でも「生活が苦しくても家賃の高い部屋に住め」とか「女遊びをしろ」とか、破天荒であることがもてはやされた時代。
エピソードトークのネタになるなら何をしても許されるみたいな空気がありました。
だから私も現場に入るギリギリまでお酒を飲んだり、六本木で知らない外国人の方に手当たり次第声を掛けまくったり、そういう武勇伝の数が芸人としての肥やしになると思って、自分から無茶苦茶なことをやりまくっていました。
実際、それがプラスになった面もあるんです。
当時、そういう武勇伝を売りにしている女芸人は少なかったからテレビに出た時もイジってもらいやすかったし。いいキャラ付けになったのは事実です。
でも、心のどこかで寂しさみたいなものも抱えていて。本当の私はそういう人間じゃないのにな……というモヤモヤが常に心に膜を張っていた。
芸人・バービーといえば下ネタOKで派手な服装の自信満々キャラ。
でも、本名の「笹森花菜」はシャイで人付き合いが苦手な内気キャラ。
こうやったらウケるんだろうなというのを察して自らつくり上げたキャラクターとは言え、ずっとこれをやり続けるんだろうかと、世間から求められているバービー像に応え続けることに不安を感じていました。
たぶん無理しすぎて疲れていたんでしょうね。
当時、私はよく海外旅行をしていたんですけど、あれも今思えば仕事の反動というか、誰も自分のことを知らないところへ行きたかったのかもしれない。
それから30代に入った私は、気付いたらガス欠状態で、「芸人を辞めようか」とさえよく考えるようになっていました。
うまくいかないときほど、差し伸べられた手をつかんでみる
そんなキャリアの迷走期に私が何をしたかというと、とにかく動くこと。
興味のあることに何でもトライするようになりました。趣味を楽しんだり、ガーデンデザイナーの勉強を始めたり。今ではリカレントとかリスキリングとか、大人の学び直しに関していろいろな言葉が聞かれるようになりましたが、まさにそんな感じ。
あとは町おこしがやりたくて地方創生に関することに取り組み始めたり、下着の開発にチャレンジしたり。
自分の直感を信じて、アンテナに引っかかったものにいろいろ手を出してました。
他人から見ると、あれこれ精力的に活動しているように見えていたかもしれないけれど、当時の自分の心境としては、ただ迷っていただけ。
今やっていることが将来何につながるのかも分からなかったけれど、とにかくやりたいことに一つ一つ取り組んでいきました。
でもある日、点と点が線になる出来事が突然訪れるんです。それが、『ACTION』(TBSラジオ)という番組への出演でした。
正直、その頃、すっごい鬱々していたんですよ。お仕事でアキレス腱を切ってしまって、周りの方にご心配をお掛けしちゃっていた時期で。
それと同時に、「あ、これでもう体張る芸はやらなくてもいいかな」なんて思う自分もいて。
その中でいただいたのが、『ACTION』への出演オファーでした。
当時、私はラジオの拡散力をよく分かっていなくて「ラジオなら何をしゃべっても、その場限りだろう」と思って(笑)
そこで普段自分が思っているけど、特に口にすることのなかった本音をそのまましゃべってみたんです。すると、想像以上の反響が来て。
例えば、私は今、女性向けのメディアでエッセーの連載を持たせていただいているのですが、あれも『ACTION』がきっかけ。
たった1本のラジオ出演が、私のパブリックイメージも仕事の内容もガラッと変えたんです。
結局、キャリアってそういうものなんですよね。これから私はどうやっていくんだろうって不安の中にいるときは、なかなか出口が見えない。
だけど、あれこれ考えて考えて行き詰まったときに、ふと何も考えないで、誰かから差し伸べられた手をつかんで、引っぱられるがままについていくと案外うまくいくこともある。
正直、私自身が10代、20代の時から何か変わったわけではないんです。
昔からずっと自分の着たい服を着ていたし、自分の理想のボディーラインを大事にしているだけ。
それが「セルフラブ」とか「ボディーポジティブ」のアイコンのように扱っていただけるようになるなんて、時代の方が変わったんだなという感じです。
芸人のあり方だって多様化しているし、何かをきっかけに環境が一変することってあるんですよね。
だから、世間からどう見られるかとか、人の声なんて気にしなくていいと思います。ありのままの自分でいればいいんです。
「替えの効く自分」から「替えの効かない自分」になるために
ただ、20代の頃と今とでは仕事に対する考え方はガラッと変わりました。
20代の頃はずっと緊張していたんですよ。お笑いなんて食うか食われるかの世界。どんなに忙しくしていても、5年〜10年後、同じように仕事ができているとは限らない。
もっと言えば、1年後に自分がどうなっているかさえ全く分からない世界です。
そのサバイバルに自分は生き残れるのかーー。いつも崖っぷちのハラハラ感と戦っていました。
今はそういう緊張感はなくなりましたね。将来の保証がないのは今も昔も同じなのですが、なぜ心理的な安心を得られるようになったのかというと、さまざまな仕事の経験を積んで「替えの効かない自分」に近づけたからだと思います。
20代の頃は自分のことをずっと「替えの効く人間」だと思っていました。
だから、今座っている椅子をいつか誰かに奪われることが怖くてしょうがなかった。
でも今は、私だから発信できること、私にしかできない仕事がちゃんとあると信じられる。そこが全然違いますね。
私が20代〜30代にかけて悩みながら進んだ「自分らしい仕事」を見つけるまでの道のりは、「替えの効かない自分」を築くためのステップだったんです。
エラーを克服する一番の方法は、トライの数を増やすこと
じゃあもし、今の私から「自分らしい仕事」が分からなくて悩んでいる人に何か伝えられることがあるとしたら、やっぱりトライアンドエラーを恐れないことかな。
結局、成功するかしないかなんて、努力だけじゃなくて運もある。成功確率を上げるためには、どんどん体当たりしてトライアンドエラーの数を増やしていくしかないと思うんです。
今の世の中って、失敗することを怖がる人が極端に多い気がするんですよね。失敗するのを恐れて、現状維持だけを考えてしまって、挑戦しない。
結果、失敗を恐れない人だけがトライを重ねて成功をつかむという現象が起きていて、顕著に「挑戦する人だけが成功できる」社会になっていると感じます。
そうは言っても、「失敗するのが怖いからどうすれば」と人から相談されることもあるんですけど、結局それも、トライの数を増やすしかないんです。
どんどん挑戦して、どんどん失敗すれば、そのうち転んでも「意外と大したことないんだ」っていうことが分かってくるし、けがをしないうまい転び方も見えてくる。
でも、一度も転んだことがないと、転んでけがをするのが怖くて動けなくなる。そして、どんどんトライする人との差が大きくなっていく。
だから、皆さんには、とにかく動いてみてほしい。私も30代前半の頃はいろいろな人に会って、「こういうことがしたいんです」ということを言い続けていました。
おかげで、当時は毎晩会食。ビジネスの話をしに行ったのに気づけばただの飲み会になってしまった日も数えきれないくらいあったし、 不毛な時間を過ごしたな……と思う時もありました(笑)
でも、そういうところから人と人のつながりができて、町おこしに関わることができたり、下着開発もやらせてもらえたり自分の活動の場を広げるきっかけを得ることもあったので、無駄だったとは全く思いません。
トライなくして成功はないし、エラーのないトライもない。失敗したら、その失敗は次の挑戦で上塗りすればいい。
今でもとんでもない失敗をして、寝る前に「ああっ!」と後悔することはいっぱいあります。
でも、これだけ失敗をしていると、次の日にはもう何も思わなくなるんですよね。
だって、それでもどうにかやっていけるって経験値の中でちゃんと判断できるから(笑)。そうやって体験して、学んでいくものなんですよね、人は。
それこそ無茶苦茶やってた20代の頃だって、人によっては黒歴史扱いなのかもしれないけど、その時の私があるから今の私があるわけで。だから、何一つ「無駄な失敗」なんかない。
いっぱい挑戦して、いっぱい失敗して。
その全てを「自分らしい」と愛せるようになることが、幸せの秘訣なんじゃないかなと思います。
書籍情報
『「わたしはわたし」で生きていく。』(PHP研究所)
人気お笑いタレント・バービーさんによる、2冊目の著書。 「結婚って何だろう?」「外見って大事?」「友だちって何だろう?」「老後の不安ってどうしたら消えるの?」「セックスって大事なの?」など、生きていく上で誰もが気になるさまざまな悩みに答えた、自己啓発エッセー
取材・文/横川良明
RELATED POSTSあわせて読みたい
M-1芸人からゴミ清掃員に。マシンガンズ滝沢に学ぶ「どんな仕事でも楽しんじゃう」ための心掛け
オリラジ中田敦彦が語る、下積み仕事不要論 。“言いなり営業マン”は「あえて先輩にケンカを売れ」
【オードリー春日の人生観】好きなこと・向上心・野心「全部ないけど私は幸せに生きていける」
“卑屈ブス”やめた20代YouTuberエミリンに聞く、自分を好きになるヒント