キャリア Vol.1060

津田健次郎「僕にとって立ち止まることは恐怖」いい芝居を追求するために捨てる、経験への甘え

一流の仕事人には、譲れないこだわりがある!
プロフェッショナルのTheory
この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心をつかみ、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります
田健次郎「僕にとって立ち止まることは恐怖」いい芝居を追求するために捨てる、経験への甘え

一度耳にしたら忘れられない、低く、優しい声で私たちを魅了する声優の津田健次郎さん。

2023年10月20日公開の映画『北極百貨店のコンシェルジュさん』でも、味わい深い低音を響かせ、観る者の心に深い余韻を残している。

今や声の仕事のみならず、ドラマや映画までボーダーレスに活躍し、芝居に対して実直な印象が強い津田さんの、プロフェッショナリズムの根底にあるものを聞いた。

※この記事は姉妹媒体『Woman type』より転載しています

『バランスを取る』なんてクソくらえ、と思っていた時期もあった

『北極百貨店のコンシェルジュさん』は、お客さまがすべて動物という不思議な百貨店・北極百貨店で働きはじめた新人コンシェルジュ・秋乃の成長物語。曲者揃いのお客さまに翻弄されたり、気持ちばかりが先走って空回りしたり。秋乃の奮闘を見ていると、きっと誰もが自分自身の新人時代を思い出すだろう。

津田さんも、懐かしそうに目を細めて、駆け出しだったあの頃を振り返る。

津田さん

僕は、手が焼ける新人だったと思います。

大学卒業後、演劇の道を歩んでいた津田さんが声優デビューを果たしたのは、1995年。以来、四半世紀以上にわたって第一線で活躍してきた。

田健次郎「僕にとって立ち止まることは恐怖」いい芝居を追求するために捨てる、経験への甘え
津田さん

最初は空回りだらけでした。やる気が前面に出過ぎていて、バランスがまるでとれていない。めちゃくちゃ尖っていたんですよね。

自分のやりたい芝居があって、それを貫くあまり『自分のしたい芝居以外はやりたくない』と頑なになって。よく周りからも頑固だねと呆れられていました(笑)

自分の理想を追い求めるあまり、視野が狭くなったり、意固地になるのは新人時代の「あるある」エピソード。でも、津田さんはそんな空回りを経験することも大切だと言う。

津田さん

若い頃は『バランスを取る』なんてクソくらえだという気持ちでした。だから、はみ出すことは怖くなかった。

それがある時期から、仕事をしていく上ではバランス感覚も大事なんだと分かるようになって。経験値やキャリアを積めばバランスを取ることはそんなに難しくないけど、今度ははみ出すことの方がずっと難しくなってしまうんです。

田健次郎「僕にとって立ち止まることは恐怖」いい芝居を追求するために捨てる、経験への甘え

実感を込めながらそう語って、「はみ出すと言うと、少し言葉がネガティブかな」と苦笑する。

津田さん

要は、自分の感性を信じてやり抜くこと。それができるのが新人時代の強みなのかな、って。

新人の頃は実力が伴わない部分も多くてでこぼこしているけど、それも含めて全てやる気から来るもの。そういう過剰なエネルギーがある人ほど成長は早いんですよね。

だから、新人のうちは守りに入る必要なんてないと思う。それよりも失敗を恐れず挑戦することの方がずっと大事だし、攻めの気持ちは、新人ではなくなった今もこれからもずっと大事に持っていたいです。

これくらいでいいか、と思った瞬間にプロではなくなる

秋乃の周りには、さまざまなコンシェルジュの先輩たちがいる。無理難題にも思えるお客さまからのリクエストに、長年の経験と知識で応えていく様は、まさにプロそのものだ。

津田さんが思う「プロ」とはどんな人だろうか。

田健次郎「僕にとって立ち止まることは恐怖」いい芝居を追求するために捨てる、経験への甘え
津田さん

結果を出す人ですね。プロセスもむちゃくちゃ大事なんですけど、結果出してなんぼみたいなところが、仕事にはあると思う。

僕の仕事でいう『結果』は、いい芝居をすること。何がいい芝居かなんていうのは、人によって千差万別です。正解がないからこそ、立ち止まらないことが大事なんだと思います。

これくらいでいいか、と思った瞬間に、仕事で大切にしていたことが失われてしまう。妥協なく『いい芝居』を追求し続けること、掘り下げ続けること、そして行動し続けること。それを常に自分に課していたいと思っています。

この映画に関しても、津田さんはプロフェッショナリズムを感じたという。それは、エンドロールを見た瞬間。クレジットには、ジョエル・ロブション、高島屋、伊勢丹といった業界の最高峰が取材協力として名を連ねる。「いい作品」を作るために“本物”を追求する、そんなスタッフの姿勢に感銘を受けた。

津田さん

お芝居にも、本物と偽物はある気がしていて。できれば僕も“本物”を生み出していきたい。そのためには挑戦し続けることが必要なんだと思います。挑戦のないところに本物は生まれないから。

僕にとって停止は恐怖なんです。停止した瞬間に、この職業をやっている意味さえ見失ってしまう気がする

田健次郎「僕にとって立ち止まることは恐怖」いい芝居を追求するために捨てる、経験への甘え

そのストイックさに、思わずドキリとした人もいるのではないだろうか。

どこかで使った勝ちパターンを再利用したり、どんな事案も得意なやり方で片づけたりすることを「要領が良くなった」「成長した」と捉える向きがあるのも事実。でも、津田さんは違う。

津田さん

僕も自分の培ってきた経験や技術に甘えて、楽をしてしまいたくなる瞬間はあります。でもそのたびにどんどん自分が汚れていくのを感じて、揺り戻しが来てヘコむんですよね。だから、甘えたくなるときほど自分に厳しくありたいとは思います。

そう言い切ってから、少し照れくさくなったのか「まあ、やっちゃうときはやっちゃいますけどね」と謙遜する。その目尻のシワが美しくて、妥協なく突きつめてきた人生が刻み込まれているように見えた。

田健次郎「僕にとって立ち止まることは恐怖」いい芝居を追求するために捨てる、経験への甘え

麻痺しないために大切なのは、常に課題を持ち続けること

多くの人は、なかなか津田さんみたいにストイックには生きられないかもしれない。でも、少しでも近づきたいと思うことが、今の自分を変えていくに違いない。

そう思う私たちの背中を優しく押すように、津田さんはこう言った。

津田さん

日常って油断すると全部同じ日になっちゃうんですよね。でも本来は、昨日と今日は違う日であり、明日もまた違う日である。だから、日々の仕事に慣れて麻痺しないことが大切なんだと思います。

今日と同じ日は二度とないということをどれだけ切実に捉えられるかで、目の前の仕事に向き合うモチベーションは変わってくるんじゃないでしょうか。

田健次郎「僕にとって立ち止まることは恐怖」いい芝居を追求するために捨てる、経験への甘え

そう言いながら、津田さんはこう具体例を出す。

津田さん

僕の場合、新しい現場に入るときは常に何か課題を持ち込むようにしています。

この作品だったら、こういうことが今回僕がクリアすべきポイントだなというのを明確にする。そういう課題意識を持つだけで、ルーティンワークにならずに済むというか、どんな仕事でも全く同じにはならなくなるんじゃないかな。

今回、『北極百貨店のコンシェルジュさん』で演じたケナガマンモスの造形作家・ウーリーでは、彼の中にある孤独にキーを置いた。

田健次郎「僕にとって立ち止まることは恐怖」いい芝居を追求するために捨てる、経験への甘え
津田さん

彼が作る氷の作品は、全ていつかは壊れてなくなってしまうもの。そこには、亡くなった妻の想いが反映されているんです。

妻を亡くしたウーリーは、諦めだったり悲しみだったり、いろんなものがないまぜになりながら……言い方が合っているかどうかちょっと分からないけれど、それでも“生きてしまって”いる。そしてそれが彼の芸術の一つの軸にもなっている。

大切な妻を亡くしてから年月が過ぎ、彼の中ではすでに消化できているところも、消化しきれないところもあるはず。そういう背景や乾きを、声で表現できればと考えて臨みました。

25年以上のキャリアを誇りながら、今なお慢心することなく、より良い表現を追い求めるーー津田さんのモチベーションに、改めて驚かされる。

田健次郎「僕にとって立ち止まることは恐怖」いい芝居を追求するために捨てる、経験への甘え

表現に対する思いの鮮度の高さは一体何によって保たれているのか。最後にそう尋ねると、とても穏やかな口調でこう答えた。

津田さん

いつか死ぬからだと思います。しかも、そのいつかはそんなに遠い未来じゃない。もしかしたら明日かもしれないし、数十年後かもしれない。

だからこそ、最後は『いやあ、楽しかった』と死にたいんですよね。悔いや未練なんて何かしら残るとは思うけど、それでもやるべきことはやったと言い切れる、面白かったと笑える人生を送りたいです。

仕事とは、自分の人生をより良くするためのもの。だから、仕事に対して妥協はしない。最後に笑って人生を終えるために、常に高い目標に挑み続ける。どんな瞬間も本気で生きている津田さんだからこそ、彼の芝居は私たちの胸を打つのだろう。

プロフィール画像
プロフィール画像

津田 健次郎さん(つだ・けんじろう)1971年6月11日生まれ、大阪府出身。アニメ、吹き替えなどの声優業を中心に、舞台やドラマなど俳優としても活躍。主な出演作品に、アニメ『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』『テニスの王子様』『ゴールデンカムイ』『呪術廻戦』『チェンソーマン』など。俳優としてはドラマ『最愛』『リバーサルオーケストラ』『ラストマン-全盲の捜査官-』などに出演 ■X(Twitter)Instagram

取材・文/横川良明 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER) 編集/秋元 祐香里(編集部)

作品情報

映画『北極百貨店のコンシェルジュさん』10月20日(金)公開

新人コンシェルジュとして秋乃が働き始めた「北極百貨店」は、来店されるお客様が全て動物という不思議な百貨店。

一人前のコンシェルジュとなるべく、フロアマネジャーや先輩コンシェルジュに見守られながら日々奮闘する秋乃の前には、あらゆるお悩みを抱えたお客様が現れます。

中でも<絶滅種>である“V.I.A”(ベリー・インポータント・アニマル)のお客様は一癖も二癖もある個性派ぞろい。

長年連れ添う妻を喜ばせたいワライフクロウ
父親に贈るプレゼントを探すウミベミンク
恋人へのプロポーズに思い悩むニホンオオカミ……

自分のため、誰かのため、様々な理由で「北極百貨店」を訪れるお客様の想いに寄り添うために、秋乃は今日も元気に店内を駆け回ります。

キャスト:川井田夏海 大塚剛央
飛田展男 潘めぐみ 藤原夏海 吉富英治 福山 潤 中村悠一
立川談春 島本須美 寿美菜子 家中 宏 七海ひろき 花乃まりあ
入野自由 花澤香菜 村瀬 歩 陶山恵実里 氷上恭子 清水理沙 諸星すみれ
津田健次郎

原作:西村ツチカ『北極百貨店のコンシェルジュさん』(小学館「ビッグコミックススペシャル」刊)
監督:板津匡覧
脚本:大島里美
キャラクターデザイン・作画監督:森田千誉
コンセプトカラーデザイン:広瀬いづみ
美術監督:立田一郎[スタジオ風雅]
動画検査:野上麻衣子
撮影監督:田中宏侍
編集:植松淳一
音響監督:菊田浩巳
音楽:tofubeats
アニメーション制作:Production I.G
製作:アニプレックス、Production I.G、KDDI、ADK マーケティング・ソリューションズ、トーハン
配給:アニプレックス
主題歌:「Gift」Myuk(Sony Music Labels Inc.)
(c)2023 西村ツチカ/小学館/「北極百貨店のコンシェルジュさん」製作委員会


RELATED POSTSあわせて読みたい


記事検索

サイトマップ