ひと足先に選ぶ次世代のMVE : 近藤 秀和氏

秋葉原の電気街に程近い御徒町で生まれ育った近藤 秀和にとって、電化製品は幼少期からもっとも身近な存在だった。なかでもコンピュータとの出会いは早く、小学生以前から父親から与えられたポケットコンピュータでプログラミングの真似事を始めていたという。こうした体験が近藤にとって、ITの世界に足を踏み入れる第一歩だったといえる。

「子供の頃からコンピュータをいじった経験があるだけで、わりとフツーの子供でしたよ。高校の頃はバンドを組んでいて、本気でプロのミュージシャンになろうとしていた時期もあります。ただ、実家が商売をしていたので、ゆくゆくは父の後を継ぐことになるだろうとは頭の片隅で思ってました。だから大学も、経営を学ぶために経済学部に行ったほうがいいのか、コンピュータを学ぶために理工学部に行ったほうがいいのか迷ったくらいです。結局、理工学部に進学しましたが、今は独立して両方を仕事にしています(笑)」

家業を継ぐことを漠然と考えながら大学院に進学した近藤だったが、自らの運命を一変させる出来事が起こる。自身のテーマである「インターネットにおける人々の情報収集効率の向上のための研究 」の一環でブラウザ『Lunascape』を開発したところ、瞬く間にインターネットユーザーたちの間で評判となったのだ。その後も反響は留まるところを知らず、何十万人と増え続けるユーザーたちの間で『Lunascape』は近藤の意思とは無関係に知名度を獲得して独り歩きを始める状態となった。

「私自身、ユーザーから寄せられる機能拡張の要望に応えていくうちに、自分で何かを創り出すことで世の中の役に立つ・人に喜んでもらえることに大きな手応えを感じるようになったのです。思えば昔、音楽の道でプロになりたいと願ったのも、自分が何かを創り出すことで人に喜んでもらいたかったから。提供するものが音楽からソフトウエアに変わっただけで、自分の生きがいのスタンスと合致することに気づいたのです。ならば、この道で食っていこう、と」

さらに近藤の起業意欲を駆り立てたのは、今やIT企業の頂点に立つともいえるグーグルの存在だった。「あの企業はもともと、アメリカで大学院生(=グーグル創業者ラリー・ペイジら)が、ベンチャーキャピタルなどから資金援助を受けて起業したものですね。革新的なアイデアと野心、それを実行に移す行動力があれば、無名な1人の人間であってもITというビジネスを通じて世 の中に多大な貢献をできることが分かったんです。それから、“起業する”という道が自分にとってますます現実味を帯びてきました」

大学院修了後、世の中を知る意味で一度はメーカーに就職した近藤だったが、技術を武器に起業するという自分の夢に近づける環境でないことから1年で退職。その後は、通商産業省(現・経済産業省)がミレニアムを記念して実施したベンチャー支援制度へ応募し、年間1000万円の助成金を受けながらブラウザの開発を継続した。満を持して2004年、近藤は遂に法人化を果たし、Lunascape株式会社を設立する。営業経験こそないものの、幼い頃からアキバの値切り交渉を通じて培った押しの強さを武器に、本格的に事業に乗り出した。『Lunascape』自体の知名度がクライアント側に浸透していたこともあり、設立当初から順調に広告を受注することに成功。幸先のいいスタートを切れた形だ。

ブラウザの果たす役割は限りなく大きい

起業から3年を経て経営も軌道に乗り組織規模も拡大した今、インターネットにおいてブラウザが果たす役割についてあらためて近藤はこう分析する。

「たった3年の間にも、インターネットやそれを取り巻く環境は目まぐるしく変化しました。そしてインターネットにおいてブラウザが果たす役割は、ますます大きくなってきていると感じます。例えば会社の交通費精算ひとつとっても、手書きで書類を提出していたのはひと昔前。今ではブラウザから処理する企業が大半ですよね。デスクトップ環境におけるブラウザの占める割合はどんどん大きくなり、“ブラウザ=デスクトップ”と呼んでも差し支かえないほど重大な役割を担っているわけです」

また、Webサイトに用いられる技術の急激な進歩は、ブラウザに新たな役割を与えたと近藤は言う。

「たとえばSNSやWiki、ネットオークションといった操作や機能が複雑なWebサービスは、お年寄りやパソコン初心者などWebリテラシーの高くない人が使いこなすにはハードルが高い。だからそのハードルを、ブラウザ側で補完することでクリアできると考えます」

上記のコメントを形で示したといえるのが、Lunascapeが2007年1月にリリースした『Lunascape for Yahoo!オークション』。出品アイテムの管理、落札希望商品の入札状況リアルタイムチェックなどがサイト上で煩雑な操作を経ることなくひと目で分かる仕様を搭載している。

「もはや、機能が“ある”だけでは誰も振り向いてくれない。だからこそ今後、IT技術者にはソフトウエアのデザインやインターフェースの使い勝手など、人の情緒面に訴える要素をいかに満たしていくかが求められるでしょう。だからこそ技術者にも、柔軟な想像力や発想力を養うことがこれまで以上に求められるようになるのは間違いありません」
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