キャリア Vol.253

サイバーエージェントの急成長を支えた営業マネジャー、近田哲昌氏の意識を変えた本とは【連載:トップ営業マンの本棚】

キャリアの壁を壊す3冊
トップ営業マンの本棚
ソクラテスは言った――「書物を読むということは、他人が辛苦してなしとげたことを、容易に自分に取り入れて自己改善をする最良の方法である」と。豊富な読書体験は、時として行く手に立ちはだかる数々の難局を乗り超えるためのヒントをくれる。そこで、この連載では営業マンとして輝かしい実績を作ってきたビジネスパーソンに、これまでのキャリア上で直面した壁と、それを乗り越える上でヒントになった本を紹介してもらう。きっとこの中の1冊が、今、目の前の壁にもがき苦しむあなたの突破力となるはずだ

営業職で輝かしい実績を残したビジネスパーソンに、キャリア上に立ちはだかる「壁」を壊すために参考にした本を紹介してもらうこの連載。

第1回となる今回は、株式会社サイバー・バズ常務取締役の近田哲昌氏に聞く。

大学卒業後、大手都市銀行に入行した近田氏は、2004年、サイバーエージェントへ転職。大阪支社時代には、個人として大型クライアントの新規開拓に注力し、受注総額・粗利目標の2つの指標を9カ月連続ダブル達成、自身がマネジャーとして携わるチームとしても11カ月連続ダブル達成という驚異的な実績を残し、急成長を遂げる当時のサイバーエージェントを下支えする営業リーダーとして活躍してきた。

現在は、インフルエンサーネットワークサービス『Ripre』などを展開する株式会社サイバー・バズで、広告メディア事業部のトップとして組織を牽引している近田氏。彼はどのような本とともに「キャリアの壁」を越えてきたのか。

近田哲昌(ちかた・のりまさ)氏

株式会社サイバー・バズ
常務取締役
近田哲昌/ちかた・のりまさ

2000年、大手都市銀行に入行。04年3月、サイバーエージェントに転職。大阪支社にて営業局長として活躍した後、東京本社に異動。11年3月、株式会社サイバー・バズ取締役就任。15年10月より常務取締役として広告メディア事業部を牽引。著書に『こうして、チームは熱狂し始めた。』、共著『クチコミデザイン』がある

近田氏の“キャリアの壁”を壊した3冊

【1】『葉隠入門』(新潮社)
三島由紀夫 著

都市銀行で法人の融資担当をしていた当時、私が直面していたのは、“売れないものを売る壁”。というのも、融資という商品の性質上、顧客には回収の見込みがあることが前提。だから潤沢な経営資産を持ち、融資の必要がない相手に対して積極的に営業をしなければなりませんでした。しかも、当時私の在籍していた銀行は他行に比べて金利が高かった。つまり、ニーズのないお客さまに、よそより高い商品を売らなければいけなかったのです。

外回りをしても無下に断られる毎日。まだ若かった私は正直、自分のやっていることが社会の何の役に立っているんだろうとバカバカしく思うことさえありました。

そんな日々の中、不意に思い出したのが、学生時代に読んだ『葉隠入門』でした。『葉隠入門』は、日本の武士道について書かれた江戸中期の書物『葉隠』の魅力を、三島由紀夫が解説した本です。

ここに登場する「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」という言葉が、若き私に大きな影響を与えました。「どうせ人間はいつか死ぬ」と覚悟することで、どんな苦痛な仕事も「これで死ぬわけではない」と開き直ることができたし、やる意味がないと思っていた雑務の数々も、逆にどうすれば意味のあるものにできるかと考えられるようになりました。

当時の私は、ニーズのない相手に真っ向からお願い営業をしていました。ニーズがないから断られていた。だから、ニーズを作ったんです。私は自らの足でどこよりも早く不動産情報を集め、出店を検討している飲食業や、住宅・不動産関連のお客さまに提供しました。すると資金ニーズが生まれ、他行より高い金利でも、向こうから融資の依頼が来るようになりました。結果、顧客の事業成長にも貢献できるし、私自身も仕事に納得感を抱けるようになったんです。

たった1行の言葉が、自分の仕事観を変え、成果も変えた。そんな1冊ですね。

【2】『すべては一杯のコーヒーから』(新潮社)
松田公太 著

サイバーエージェントに転職した私は、大阪支社で営業局長へと昇格。私自身の希望もあって、営業部門のみならず、マーケティング・クリエイティブ部門のマネジメントにも携わることになりました。そこでぶつかったのが、“スタッフとの信頼の壁”でした。技術も何も知らないまま、マネジャーとして乗り込んできた私にスタッフは反発し、何を言っても全く心を許そうとしない。そんな状態は1カ月近く続きました。

原因は、私自身の慢心にあったと思います。営業として実績を挙げていた私は、どこかスタッフの仕事のやり方に不満があったし、自分の手でスタッフの体制を改革してやろうという思い上がりに近いものを持っていた。だから何を聞くにも、上から目線。そんな空気を、スタッフは敏感に感じ取っていたんだと思います。

その状況を変えるきっかけになったのが、タリーズコーヒーの創業者、松田公太さんの『すべては一杯のコーヒーから』。この中にある「情熱が人を動かす」という言葉に、改めて自分の理想のリーダー像を再確認させられたんです。

確かに私はマーケティングのこともクリエイティブのことも何も分からない。でも自分たちの所属する大阪支社をナンバーワンにしたいという気持ちは本物でした。その情熱を面談や飲み会を通じ、一人ひとりのスタッフにぶつけたんです。ナンバーワンになるために力を貸してほしい、君たちのことを教えてほしいと頼み込んだんです。そこからですね、少しずつチームに一体感が生まれはじめたのは。

最終的に私がその組織にいたのは、たった1年限り。それでも、東京本社に異動するときの送別会には営業・スタッフ含め80人近いメンバーが出席してくれました。大好きな日の丸の旗に、みんなが寄せ書きをして送り出してくれて。あれは本当にうれしかったですね。まるでウイニングランをするオリンピックのメダリストのような気持ちでした(笑)。

【3】『坂の上の雲』(文藝春秋)
司馬遼太郎 著

3つめの“壁”は今です。サイバー・バズに来て5年が過ぎましたが、人材育成は永遠の課題。広告メディア事業に携わる35名のマネジメントをしている今、改めて“人を育てる難しさという壁”に苦しんでいます。

そんな私を奮い立たせてくれるのが、司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』です。東郷平八郎の部下を信じて任せる姿勢、何があっても我慢する粘り強さは、憧れであり、自分への戒めでもあります。

物事が思い通りに行かないときは、つい部下に細かく指示をしてしまいがちですよね。けれど、本来、マネジメントというものは指示や管理ではなく、人をモチベートすることだと思っています。私の仕事は、一人ひとりが自走できる環境を整えること。そんな人を動かすリーダーシップの真髄を、この『坂の上の雲』は教えてくれたんです。

営業で成績を挙げることよりも手ごわい人材育成の壁

もともと読書家だという近田氏。常務取締役として多忙な日々を送る今でも、月に4、5冊は読書を欠かさないという。

「サイバー・バズに転職して5年。これまでのキャリアの中を振り返っても、今取り組んでいる“人材育成”に一番手ごわさを感じています」

営業マンとしてはあまり大きな苦労は感じたことがなかったという近田氏だが、そんな彼が感じているのが人材育成の苦悩。チームを率いて輝かしい成績を残した近田氏が感じているのだから、営業成績の良さから若くしてマネジャーになった人にとってはなおさらだろう。

今回紹介した三冊は近田氏と同じ悩みを持つ営業マンにとっても糧になるはずだ。これらの本を読んで、キャリアの壁を打ち破ってほしい。

取材・文/横川良明 撮影/佐藤健太(編集部)


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