キャリア Vol.293

「営業とは、単なるセールスではない」~元GtoG営業マンが考える、売れる営業の本質とは

普段何となく使っている「営業」という言葉。その言葉の意味を改めて考えたことのある人は、そう多くはないだろう。

「営業とは、単なるセールスではない」

そう話すのは、次世代リーダーの育成や自治体などのコンサルティング事業を行っている青山社中株式会社の筆頭代表、朝比奈一郎氏。

朝比奈氏はなぜそのように考えるようになったのか。また、営業が単なるセールスで無ければ一体何なのか。氏のGtoG営業の経験をもとに、その真意を聞いた。

青山社中株式会社 筆頭代表 朝比奈一郎氏

青山社中株式会社 筆頭代表
朝比奈一郎氏

1973年、東京都生まれ。東京大学卒業後、97年に通商産業省(当時)入省。2001年、ハーバード大学行政大学院に留学し、修士号を取得。内閣官房行革推進事務局、資源エネルギー庁などを経て、10年に青山社中株式会社を起業し、現職

徹底的なヒアリングで専門知識を身に付ける

GtoG営業とはGovernment to Government、つまり、国家間の取引だ。

1998年、朝比奈氏の籍は通商産業省(当時)の資金協力室にあった。その前年に起きたアジア通貨危機の影響で、他国への資金援助を担当する朝比奈氏のもとには多くの要請が来ていた。

「当時、アジアのリーダーとしての日本の存在感は今よりも大きいものでした。とはいえ、日本も財政的余裕があるわけではない。そんな状況で、簡単に他国に資金援助はできない。そのため、『特別円借款』という日本側にもメリットのある新しい“商品”を作ったんです」

特別円借款は、空港や橋など特定の開発を実施するために、調達の半分を日本企業とするという条件下で貸し付けできる制度だ。例えば、タイで橋を作る案件の総事業費が300億円だとすると、その半分、つまり150億円分を日本企業から調達するという条件で貸し付けることができる。朝比奈氏は、日本という看板を背負った営業マンとして、アジア諸国の政治家や官僚たちを相手にその営業を行った。

「例えば橋を架けるプロジェクトを担当したりするわけですが、私は橋に関する知識が全く無かったんです。そのため、橋を造るといってもどんな形の橋があるのか、見当もつかなかった。だから、橋の専門家はもちろん、素材の専門家や建築の専門家など、あらゆる専門家たちにヒアリングを行いました。斜張橋、アーチ橋、吊り橋などを現地に見にも行きました」

各所を回って、どんどん情報を仕入れていく朝比奈氏は、あることに気付く。それが「営業の仕事とは単なるセールスではない」ということだった。

モノを売る、は営業の単なる一面に過ぎない

青山社中 朝比奈一郎氏

「日本のメーカーが売りたい建材はどれなのか。また、できるだけ安価に橋を作るにはどうしたらいいのか。さらには、耐久性が強く、より永く使える橋を作るにはどうしたらいいのか。日本の経済のため、そして相手国のためになるには何がベストなのかを徹底的に考えたんです。営業とはただ単に売ることと捉えられがちですが、そんなシンプルなことではないんです」

また、2009年に異動した貿易経済協力局での経験も朝比奈氏の営業観を醸成している。

「私はそこで、新幹線技術や原発などのインフラ輸出の担当でした。その年、アラブ首長国連邦(UAE)での原発建設計画が持ち上がったんです。その案件で日本は入札に参加しました。当時の原発の建築技術は日本とフランスが世界の2強。UAEの原発建設の案件にもその2国が参加していたため、そのどちらかが受注するだろうと予想されていました」

しかし、受注したのは原発の建設実績が乏しい韓国だった。敗北の理由を朝比奈氏は「相手のニーズを酌み取れなかったこと」と回顧する。

「日本の原発の技術は世界に誇れる素晴らしいもの。しかし、その商品力に胡坐をかいてしまい、UAEのニーズをあまり調べずに臨んでしまったんです」

UAEは原発を持ったことが無い国だった。その国に「この原発のスペックが素晴らしい」という技術説明をしても意味が無い。そもそも比較対象すらないからだ。

「韓国は運転方法のレクチャーや技術者の育成を含めたパッケージでの営業を行いました。また、当時の大統領である李明博氏も何度もUAEに足を運び、アラビア語によるプロモーションビデオなどで精力的な営業活動を行ったんです」

“社長”である大統領まで交渉の場に連れ出した韓国に日本は敗北。この経験は朝比奈氏に、「営業」の本当の意味を教えた。

“営業”とは“業を営むこと”

青山社中 朝比奈一郎氏

「“営業”とは、文字通り“業を営む”ことだと気付いたんです。すなわち、営業マンとは物事の一面だけでなくて、そのビジネスに関する全体像を知っていて、各所に指示が出せる司令塔のようなポジションであるべきなんです。そのためにまず考えるべきは、その営業活動が誰のためになるのか、ということです。営業マンという立場は、多くの場合、顧客に一番近い職場であり、彼らのニーズを一番得やすい立場であるはず。UAEの原発の例は、相手のニーズを汲み取ることを怠った、分かりやすい悪例と言えると思います」

これらの“業を営む”という視点は、特にBtoBの営業において、顧客と長く良好な関係を保つために持っておくべき視点だと朝比奈氏は言う。

「特に長期の付き合いが見込まれる営業では、圧倒的に情報量が大事です。相手企業の置かれている状況や、将来の業界展望、社内のキーマンの人となりなどを調べておけば、相手からの信頼感が全く違うでしょう。そもそも、とりあえず売れればいい、今月の目標を達成できればいい、という短期的な視点のみで考えていると、単に数字を意識するだけで本来の仕事の本質を見失い、疲弊してしまいかねないですよね」

朝比奈氏のモチベーションは「自分が売ることで、相手国の人や日本国民を幸せにしたい」ということだった。

月末になるとどうしても、仕事のベクトルが「自分の目標達成のため」に向きがちだ。ただ、そのために焦り、空回りした経験がある人も少なくないだろう。

そんなときこそ、誰のために営業をしているのか、という「営業」の本質に立ち返り、どのような提案が最も顧客のためになるのか、改めて考えてみてはどうだろうか。

取材・文・撮影/佐藤健太(編集部)

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