キャリア Vol.295

TEDxTokyoのメンバーも招聘。三越の“本気”のプレゼンイベントで商品スペックを話さないワケ

2016年9月18日、三連休の中日で賑わいを見せる三越日本橋本店で、ある催しが行われた。

『MITSUKOSHI Experience Gathering』と名付けられたそのイベントでは、同店の販売員から来店客に向けて、自身が企画した商品のプレゼンテーションが行われた。

聞けばそのイベントのために、わざわざ『TEDxTokyo』の構成メンバーを招き、約1カ月にわたって販売員のプレゼン練習を行ってきたのだという。

9月18日に開催された『MITSUKOSHI Experience Gathering』

9月18日に開催された『MITSUKOSHI Experience Gathering』

このイベントで紹介された商品・サービスは6点。しかし、そのプレゼン内容を聞いてみると、そのどれもが商品スペックにはほとんど言及していない。特に、カスタムオーダードレスブランド『ル・コリエ・デ・ペルール』のプレゼンテーションでは、その持ち時間のほとんどを企画者の気持ちを説明することに費やし、ついに価格にすら言及しなかった。

日本全国、ひいては世界各地からたくさんの商品が集まるこの三越のイベントで、なぜ大きな検討材料となり得る商品スペックを説明しないのか。

その理由を、企画担当者にインタビューした。

未知の商品との出会いで、買い物体験を豊かに

『MITSUKOSHI Experience Gathering』というイベントの名前からも垣間見えるとおり、同イベントは『体験(Experience)』をキーワードにしている。

『MITSUKOSHI Experience Gathering』の企画者、三越日本橋本店の根石賢太郎氏
『MITSUKOSHI Experience Gathering』の企画者、三越日本橋本店の根石賢太郎氏

「お客さまを動かすのは、もはや品揃えではありません」

そう話すのは、イベントの企画者である三越日本橋本店の根石賢太郎氏だ。

「これまでの百貨店は、世界中から集まる商品の品揃えを武器に戦ってきました。三越も例外ではありません。しかし、近年では、ネットショッピングが普及し、サイト上で商品名を直接検索して購入にいたるという、効率の良い買い物の仕方が一般的になっています」

すでに知っている商品を最短距離で購入する文化が確立している。だからこそあえて、今回のイベントでは、作り手が商品に込めた気持ちや誕生までのストーリーを話すのだと根石氏は言う。

「作り手たちの思いが伝われば、全く興味がなかった商品でも、それをきっかけに興味を持ってもらえるかもしれません。私は、買い物における一番の醍醐味は、未知の商品との出会いだと思っています。それが、買い物のワクワク感を生み出すと思うんです。既知の商品をただ検索して買うというネットでの購買ではワクワク感は感じにくいのではないでしょうか」

商品のスペックをプレゼンテーションに盛り込まない理由もそこにある。

「スペックを最初に話してしまうと、その商品に興味がある人や、購入を検討している人にしか響きません。それではお客さまと新しい商品との出会いが生まれないのです。商品の細かいスペックはネットを調べればすぐに分かりますが、企画者や作り手が商品に込めた気持ちを本人の口から、本人の言葉で、直接伝える環境はありません。お客さまには、この場を通じて、ワクワクするためのきっかけを提供したいんです」

本気でやるから組織も変わる

根石氏はこのイベントを社内向けの意味もあると位置付ける。

「1カ月間のプレゼンの準備期間、忙しい売り場の従業員たちには、いつもの業務時間の一部を練習の時間として確保してもらいました。そのため、発表者の同僚たちからは反対の声もちらほら上がったと聞いています」

しかし、それでもこのイベントを行ったのは、根石氏の強い気持ちからだ。

「近年、流行しているカスタマーエクスペリエンスを意識したマーケティング手法はネット上を中心に、たくさんの成功事例を作ってきました。しかし、歴史のある三越では、その歴史に縛られてしまっていたため、その新しいマーケティング手法を取り入れるまでに時間がかかっていたんです」

根石氏は、今回登壇した6人を見た他の従業員たちの意識が変わることを期待している。

感情のこもった“本気”のプレゼン
販売員による感情のこもった“本気”のプレゼン

「『顧客に与える価値をもっと高めよう』と販売員に言っても、具体的に何をすればいいか、イメージが湧かない人も少なくないでしょう。今回のプレゼンを見た他の販売員たちが『こうすればいいのか』とイメージを持ってくれたら、きっと三越は変わるはずです」

最後に根石氏はこう締めくくった。

「私は百貨店が好きで三越に入社しました。時代が変われば、お客さまも変わる。でも、買い物で得られるワクワク感は変わらない。本来、生活者に対して、最前線にいる実店舗を持つ小売業の私たちこそが、ワクワク感を提供しなくてはいけないんです。そして、それは『カルチャーリゾート百貨店宣言』を掲げ、“日本一楽しめる店”を目指している、私たち三越の使命だとも思っています」

取材・文・撮影/佐藤健太(編集部)

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