キャリア Vol.298

23年勤めた上場企業の商社マンからタクシードライバーへ――年収110%アップの秘訣は「営業マン時代に築いた基礎」にあり

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「拘束時間が長い」、「夜勤が体力的にキツイ」――タクシードライバーの仕事と聞いて、多くの人たちが思い描くイメージはこんなものが多いかもしれない。そして、一番の“思い込み”はこれではないだろうか。「長時間労働の割に給料が少ない」というイメージだ。

しかし、そんなイメージをくつがえすような転職事例もある。23年在籍したとある専門商社から転職してきた東洋交通のドライバー大山勇一氏は、タクシー業界への転職で約110%の年収アップを実現している。

彼はなぜ年収アップを実現できたのか。その裏には、元・営業マンなら誰しもが持っている「数字への欲求」があった。

東洋交通株式会社  ドライバー 大山勇一氏(43歳)

東洋交通株式会社 ドライバー 大山勇一氏(43歳)

ベース給与+歩合で稼ぐか、賞与で稼ぐか

大山氏がタクシードライバーとして働き始めたのは2015年のこと。前職から退職して一年以上が経っていた。

「商社を退職してからは、貯金や退職金などで生活していました。ただ、一年経つとそろそろ働かなくては、と思うようになってきましたね」

これまでの営業経験を活かせると思い、最初は商社の営業やディーラー、不動産営業などの職を探していた大山氏。しかし、高卒という学歴がネックとなり、採用には至らなかったという。

とりあえず職に就こう、そう考えて転職サイトを眺めていた大山氏の目に飛び込んできたのが東洋交通のドライバー募集だった。

東洋交通株式会社 ドライバー 大山勇一氏

「家から近いし、日曜は定休。大型連休も休めるし、ちょっと受けてみようかな、という気持ちでした」

商社の営業マンからタクシーのドライバーへ。大山氏も転職した当時、報酬アップは期待していなかった。なぜなら彼の前職は、ボーナスが年5.5カ月分と高待遇だったからだ。

「前職はインセンティブのないルートセールス。老舗商社で大口の取引先が多くて安定的な取引ばかりだったので、仕事そのものには苦労しませんでした。ただ、営業成績やそのための努力があまり反映されない評価制度だったため、もやもやしていました」

前職ではボーナスの待遇は良かったものの、その分、月々の給与は満足のいく水準ではなかった。一方で、東洋交通ではドライバーの基本給が比較的高く設定されている上、売り上げに応じて歩合が稼げる。

「ドライバーは日々の売り上げが多ければ多いほど収入アップにつながります。転職してまだ1年6カ月ほどなので、なかなかコンスタントに稼げるコツをつかんでいませんが、まだまだ売り上げを伸ばしていける可能性を感じています」

こうして大山氏は、前職退職時の約540万円から約590万円以上へと年収アップを実現している。

営業の基礎スキル、「数字への意識」が仕事を変える

しかし、誰もが転職して給与アップできるかと言うとそうではない。大山氏がタクシードライバーへの転身後、年収アップを果たせた裏には、営業マン出身ならではの考え方が活きている。

大山氏自身が売り上げアップのために取り組んでいるのが、日々の運行記録と売り上げをデータ化することと、勤務時間を有効活用することだ。

「お客さまを乗せた実績とその日の売り上げをPCでExcelに入力し、管理しています。また、1日で決められている3時間以上の休憩をいつ、どのタイミングで効率的に取るかを考え、売り上げのチャンスを逃さないようにしていますね」

この数字への意識が大山氏の強みだ。また、その数字への意識によって、ドライバーになってから身に付けた“稼ぐためのコツ”もある。

例えば、目前の信号が黄色へと変わりそうなタイミングの時、一般のドライバーも含めて多くの人たちは速度を上げて通過を目指す。が、大山氏はあえてスピードを落として信号待ちをすることで流しの客をキャッチするチャンスを増やしている。

他にも出勤時間に当たる早朝に利用の多いエリアや、タクシーを使って通勤するビジネスマンの多い地域を把握するなど、大山氏が約1年6カ月の経験からつかんだ売り上げアップのポイントがいくつもある。

外からは見えない、新たなやりがい

ちなみに大山氏が転職して得られたものは収入増だけではなかった。

「日々、働いていることがそのまま報酬アップにつながるヒントになるという経験は、前職のルート営業では得られないものでした。それに商社時代はお金への考え方が、書類の上で動かすだけの、“実感のない数字”でした。しかし、今は現金を直接やりとりするので『稼いでいる感』が大きい。これは大きな励みになりますし、もっと頑張ろうというやりがいにつながっています」

また、意外な出会いもあった。

「同僚から『あの辺りは空車が少ないよ』とか『あの通りはお客さんがつかまりそう』といった情報が入ってくるんです。タクシードライバーは会社に所属していながらも業務や売上げはほぼ独立採算制で、同僚といえどもライバル関係というイメージでした。そのため、相手の売り上げに貢献するようなヒントを教えてくれること自体が意外でした。今では、私の同期入社のメンバーでLINEグループを作り、1万円を超える長距離のお客さまを乗せたあとでメーターの写真を撮って送り合ったりしていますね」

東洋交通株式会社  ドライバー 大山勇一氏

そんな大山氏が次のステップとして目指しているのがハイグレードタクシー、いわゆる「黒タク」へのキャリアアップ。通常のタクシーと同じ価格で乗れ、ワンランク上のサービスを提供するタクシーだ。

「黒タクには専用の配車ダイヤルがありますから、ワンランク上のサービスを望むお客さまとの出会いや、新しい売り上げアップのチャンスにつながります。まずは、社内の基準をクリアして黒タクを目指したいですね」

「タクシー業界は薄給」だなんて、誰が決めたのだろうか。

タクシードライバーの仕事についていきいきと語る大山氏にとっては、少なくとも、年収も上がり、新たなやりがいを得られ、良い転職先だったに違いない。彼と同様に、自社の評価制度にもやもやしている営業マンにとって、その基礎スキルを活かして稼げる職場になり得るかもしれない。

取材・文/浦野孝嗣 撮影/柴田ひろあき


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