キャリア Vol.679

『死ぬまでに行きたい!世界の絶景』を生んだ詩歩が、新卒2年目で会社員を辞めて見えた景色

叶えたい夢や、チャレンジしてみたい仕事はあるけど、なかなか自信は持てないし、タイミングだって分からない。そこで、20代のトップランナーたちが、どうやって“始めの一歩”を踏み出したのかを聞いてみた。今の活躍に到るまで、どんな不安や葛藤があったのか、そして踏み出した先には何があるのか−−。同年代の言葉に耳を傾けてみよう

死ぬまでに行きたい!世界の絶景』という書籍のタイトルを耳にしたことがある人は多いだろう。累計60万部超も売れたこの大ヒット本を発案したのは、当時新卒1年目、広告代理店で企画職として働いていた詩歩さんだ。

現在は、「絶景」をSNSで発信・紹介しながら、旅にまつわる商品や企業のイベント企画のプロデュースなどを手掛けている。その肩書きは“絶景プロデューサー”だ。

彼女がこの仕事を始めるきっかけとなったのは、会社の新人研修の課題だったという。詩歩さんが「広告代理店の新入社員」から一歩踏み出し、絶景プロデューサーとして活躍するようになった今、“新たに見えるようになった景色”とは?

『死ぬまでに行きたい!世界の絶景』プロデューサー 詩歩さん
『死ぬまでに行きたい!世界の絶景』プロデューサー 詩歩さん(29歳)
1990年生まれ。静岡県出身。世界中の絶景を紹介するFacebookページ『死ぬまでに行きたい!世界の絶景』を運営し、話題に。書籍『死ぬまでに行きたい!世界の絶景』シリーズを出版し、累計60万部を突破。アジアを始めとした海外でも人気になる。昨今の“絶景”ブームを牽引し、2014年は流行語大賞にノミネートされた。 現在はフリーランスで活動し、旅行商品のプロデュースや企業タイアップ、自治体への地域振興のためのアドバイスなどを行っている。静岡県観光特使・浜松市観光大使も務める

研修課題で作ったFacebookページが大ヒット!
「今の仕事を辞めても死なない」からチャレンジできた

――詩歩さんが「死ぬまでに行きたい!世界の絶景」のアイデアを思い付いたのは、どんな経緯だったんでしょうか?

インターネット系の広告代理店に入社したときの新人研修で「Facebookのページを作って2カ月運用して、一番バズらせた人が勝ち」という課題を与えられたんです。研修でもやるなら一番になりたかったし、2カ月も運用するなら自分の好きなことじゃないと発信が続かないだろうなと考えました。

――それが「旅」だったんですか?

括りとしては「旅」ですが、私の場合はその地域が持つストーリーに興味があったんです。もともと遺跡や世界遺産を見ることが好きで。学生時代にエジプトやマチュピチュにも行きましたが、目的は歴史や文化に触れることでした。

ただそれだと幅が広すぎるので、もうちょっとバズりそうなワードを考えた結果、「絶景」にしようと思ったんです。それで自分が行ってみたいと思うような世界の絶景を紹介することにしました。

――とはいえ、ただ絶景をアップするだけじゃ、そんなにバズらないですよね?

そこは運用とストーリー設計がうまくいったんだと思います。1日1回は更新してユーザーとの接触頻度を高め、写真はプロの方が撮影したものを購入したり、お借りしたりしていました。世界各地の地域が持つ歴史や文化などをリサーチし、自分が「こんな背景がある地域なら行ってみたい!」と思えるストーリーがある場所を紹介していったんです。あくまでも基準は、「私が行きたいか否か」(笑)。今も昔も、それはずっと変えていません。

詩歩さん

――それで、結果的に大ヒットしたと。

はい! 課題のゴールだった2カ月後には、2万もの「いいね!」を獲得できて、研修で1位になれました。その後年末には「いいね!」が45万を超えたんです。1つの投稿に6万「いいね!」がついたり、200件以上もコメントがもらえたり。当時はFacebook黎明期で、企業の広告枠がなかったので、個人のページに「いいね」が貰いやすい時代だったことも関係していると思います。

――スゴいですね! 研修終了後も発信を続けたのは、やはりユーザーから大きな反響があったからですか?

そうなんです。いろんな人が見てくれることや、コメントをいただけるのが面白くって。社会人1年目って、まだ仕事では評価されるものがない見習いの時期ですから、会社以外の場所でリアクションがもらえるのは嬉しかったですね。「発信を見たことがきっかけで実際に行ってみました」というコメントもあって、自分がきっかけで人が行動してくれるってすごいことだなと思いました。

――そこから起業するきっかけとなったのは?

発信開始から4カ月後に、出版社から「本を出しませんか」と声を掛けられたんです。でも、当時の会社は副業NGで。本を一冊出すくらいならいいよと最初の出版は認められましたが、その活動をもっと広げていきたいなら辞めないといけませんでした。

転職も考えましたが、知人から『二足のわらじを履く前提だと、どっちも失敗するよ』と言われ、じゃあ、やっぱり会社を辞めて独立しようと。

――会社を辞めたのは入社2年目とのことですが、仕事を手放すことへの不安はなかったんですか?

「まあ、会社を辞めても死なないしな」って思いました(笑)。日本は不況と言っても、海外の貧しい国と違って、バイトを探せばいくらでもありますよね。時給も1000円くらいもらえるし。だから「絶景」がもし仕事にならなくても、生活費は稼げる。日本にいる限り死なないからと、不安は全く感じていなかったですね。

それに、「会社でどんなに評価されるようになっても、代わりにその仕事をやれる人はいる。でも、このFacebookページは、私が辞めたらそれで終わりになる。これは私にしかできない仕事なんだ」と思えたのも大きかったです。

絶景×カフェや下着……
世の中には、思ってもみないほどたくさんの仕事があった

詩歩さん

――「絶景プロデューサー」として活躍できるようになるまでは、どんな道のりがありましたか?

在職中に出した本の初版は5000部で、最初に振り込まれたのは、歯を1本インプラントに変えて家を引っ越したら終わるくらいの金額(笑)。ですがちょうどTV番組で紹介されたことがきっかけでヒットして、退職するときには当面の家賃は払える程度のお金が入ってきました。2冊目の企画も進んでいましたし、絶景プロデューサーとしてやっていけそうだという実感が湧いてきましたね。

――詩歩さんの『死ぬまでに行きたい!世界の絶景』はシリーズ化されて、累計60万部以上も売れたそうですが、それ以外にはどんな仕事をしているんですか?

旅や風景にまつわるいろんなお仕事をいただいているんです。例えば、コーヒーマシンをプロモーションする企画。「絶景を見ながらコーヒーを飲むカフェ」のコンセプトを企業と一緒に考え、都内でオーロラを見れる「オーロラカフェ」を2週間限定でオープンしました。たくさんの人が来てくれて驚きましたね。

――本や執筆以外の依頼もあるんですね。

「旅を快適にするノンワイヤーの下着」のプロモーションを担当したこともありました。 旅はライフスタイル全般に密接に関係してくるものなので、いろんな商品や企業とコラボしやすい。カメラや飛行機、カフェに下着まで。世の中には、思ってもみないほどたくさんの仕事があるんだと思いました。

――他にも“旅のプロ”として旅の本を出版している方はたくさんいますが、詩歩さんはその中でも頭一つ抜き出ていますよね。

それは本当にありがたいことですね。私も、最初は独立したら自分からどんどん売り込まなきゃいけないのかなって思っていました。でも今はいただいた依頼をこなしていくので精一杯の状態です。“絶景プロデューサー”という肩書きを持つ人は、私以外にいないし、ワインで言うところのソムリエみたいな感じで、『絶景のプロ』と思ってもらえる立ち位置になれたのかなと。自分では気付いていなかったけど、この肩書きってすごくブルーオーシャンだったんだと思います。仕事は自分でつくれるものなんだなあ、と改めて感じました。

“好き”と“得意”を掛け合わせたから、唯一無二の存在になれた

詩歩さん

――今世の中には、“好き”を仕事にしようと風潮がありますよね。自分が興味を持てる分野を仕事にしている詩歩さんの働き方に憧れる人も多そうです。

私の場合は旅とか景色が好きで発信しているというよりも、“絶景プロデュース”が仕事なんです。自分で興味が持てる「絶景」と、会社でやっていてもともと得意な分野だった「企画」を組み合わせて、今の仕事をしている。

もしも旅そのものを仕事にして、旅先で取材や原稿作りに追われるような日々を続けていたら、旅が嫌いになっていたかもしれません。“好き”だけを仕事にするのではなく、好きと得意を掛け合わせるイメージでしょうか。その掛け合わせによって新しい仕事が生まれると思います。旅に関する仕事をしている人はたくさんいるけど、「絶景プロデューサー」は私一人しかいなかったから、注目していただけたと思うんです。

詩歩さん

――思わぬいろんな仕事ができるようになって、ご自身の心境に変化はありましたか?

私は昔、受験が始まる前から「落ちたらどうしよう」と思うタイプだったんです。やる前から心配してばっかりでした。でも、旅や仕事を通じて広い世の中を見るうちに、世界にはいろんな人がいることが分かり、価値観も多種多様だと実感して。今いる場所から一歩出て、いろんな人の生き方や考え方を知れば、「こうしなきゃ」、「これは無理」というネガティブな発想ってなくなるんだなと分か知りました。

――行動したことで、詩歩さんの価値観が大きく変わったんですね。

そうですね。特に「今やりたいことをやってみる」って、すごくいいなと思えたんです。行動してたとえうまくいかなかったとしても「自分って、思っていたよりできないんだ」ってことが分かりますし。

だから今後も、その時々で面白いと思うことをやっていきたい。これから何をしたいか、将来何をしているのかは分からないけれど、何かに固執することなく、流れるように、思うままに楽しんでいきたいですね。

取材・文/上野真理子 撮影/赤松洋太 

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