車イスYouTuberが、お笑い芸人・ホストを経て気付いたこと「“有名になりたい”から解放されたら、やりたいことが見えてきた」
「有名になりたい」。ただ漠然とそう思う人は世の中にごまんといるだろう。生まれつきの脳性麻痺により足が不自由で、現在は「車イスYouTuber」として活躍する寺田ユースケさん(寺田家TV)も、その一人だった。
過去には車イスという個性を生かし、お笑い芸人やホストなど、さまざまな挑戦を続けてきた寺田さん。その半生は著書『車イスホスト。』(双葉社)としても発表され話題を呼んだ。
ホストを引退した後は、旅先で出会った人に車イスを押してもらうことで、気軽な助け合いを広める旅『HELPUSH』を始めるなど、寺田さんの人生は常に「試行錯誤」だったと振り返る。
しかしある時、「なぜ僕は有名になりたいんだろう?」、「何でこんなに頑張っているんだろう?」と疑問を抱き、生きづらさを感じるようになったという。
現在はその答えを見つけ、「ひたすら有名になりたいと願う」人生から、「自分らしく働ける」人生へと足を踏み出すことができたと語る。「今が一番自分らしくて、心から幸せなんです」と微笑む寺田さんの転機を、辿ってみよう。
有名になりたかった理由は「結婚したかった」
――芸人、ホスト、車イスヒッチハイクの活動を経て、現在はYouTuber。寺田さんはこれまで、人から注目を集めるような職業を選んできたんですね。
元々僕は、裏方で仕事をするより、スポットライトを浴びたい性格で。とにかく有名になりたかったんです。だから大学を卒業して就職をするのではなく、お笑い芸人になりました。その後もホストやヒッチハイカーなど、普通の障がい者ならやらないようなことに挑戦してきて。そうすれば、面白いだろうし、おのずと注目が集まると思ったんです。
――結果的に、当時はメディアにもよく取り上げられていましたね。
はい。当時のインタビュー記事で、僕は「障がい者への差別を少しでもなくすために」とか、「気軽な助け合いを広めたい」ということをくり返し語っていました。もちろんその気持ちも嘘ではありませんが、後から記事を読むと「これは僕の心の底からの言葉なのか?」という疑問もあって。実は僕の原動力って、「有名になりたい」の一心だったと気が付いたのです(笑)
――どうしてそんなに有名になりたかったんですか?
妻との結婚を考え始めてようやく気付いたんですけど、有名になりたかった理由は、「結婚したい」だったんです。
――え? 「結婚したいから、有名になりたい」ってどういうことでしょうか?
ずっと昔から「障がい者の自分は、一緒に人生を歩んでくれるパートナーとは出会えないだろうな」と思っていたんです。でも有名人になって、富や名声が手に入れば、こんな僕でも振り向いてくれる女性が現れるのではないかと。それが僕の原動力だったんだって、プロポーズをするときに気付きました。
結局はそんなに有名でも、お金持ちになったわけでもないのに、妻が僕をパートナーに選んでくれたのは本当に嬉しくて肩の荷がおりたのを感じました。
――ということは、結婚したことで有名になる必要はなくなってしまった?
そうなんです。だから自分の中ではもうゴールした気持ちになっちゃって。
その時はホストを辞めて「車イスヒッチハイク・HELPUSH」という活動をしていました。HELPUSHは、旅先で出会った人に「車イス押してくれませんか?」と声をかけて日本全国をまわることで「気軽な助け合いを広げよう」というものです。そんな社会的意義を感じていた気持ちも決して嘘ではないけど、有名になりたいっていう原動力に気付いてからは、何のために頑張っているのか分からなくなりました。
そこでヒッチハイカーはいったんお休みして、「僕は本当は何がしたいんだろう?」ということを改めて考えたんです。
――結果、どんな結論に至ったのでしょうか?
「有名になりたい」よりも、「誰かの役に立ちたい」という気持ちの方が強いことが分かったんです。
振り返ってみれば僕が書いた『車イスホスト。』を読んだ車イスの子から「寺田さんを見て頑張りたいと思いました」とメールをもらったり、障害のある方から「寺田さんみたいになりたい」という連絡をもらえたりして、それがすごく嬉しかったんですよね。
そういうことに気づけるようになったのは、結婚して気持ちに余裕が生まれたことも大きいと思います。有名になりたいっていうのがなくなって、以前よりも「自分が役に立てたことが嬉しい」と実感する機会も増えたんですよね。
「全力で妻に頼っています」
パートナーのおかげで自信と余裕が生まれた
――寺田さんは今、YouTuberとして活躍されていますが、それも「誰かの役に」という思いが?
はい、もっと自分が誰かの役に立ちたいと思って始めたのがYouTubeの『寺田家TV』です。『寺田家TV』では妻と僕の二人で、「HELPUSH」の活動を「#車イス押して」という名前に変えて動画配信しています。
つらい思いをしている方々が僕らの動画を観て元気になってくれたらとても嬉しいですYouTubeを舞台に選んだのも、自分たちで動画を撮影して編集できるので、本当に伝えたいことが全て表現できるんじゃないかと思ってのことです。
――実際に活動してみていかがですか?
YouTuberといっても広告収入はほとんどないくらいなんですけど、徐々にTwitterなどで「寺田さんの活動見て元気になれました」とメッセージが届くようになりました。以前みたいに無理に「目立ちたい!」と思って行動しているわけではないので、僕の気持ちも楽になったし、自然体で好きなことをやれていますね。
――広告以外の収入源もあるんですか?
クラウドファンディングで旅の資金を集めさせていただいたり、講演やイベント出演などの出演料などで旅を続けています。ありがたいことに、うちは妻が、僕のYouTube活動も支えながら他の会社で働いてくれていて。その上で「私はお金のことはあまり気にしないよ」と言ってくれていたんです。「本当に経済的に苦しいなら、その分私が他のバイトでもすればいいし、仕事も選ばなければいくらでもあるよ」と。だからお金がないからやりたいことができない、という考えにはならずに済みました。
――パートナーの肝が据わっていますね!
そういう意味でいえば、全力で僕は妻に頼っています(笑)。人生を共にするパートナーがいるということは本当に心強いし、そのおかげで自分に自信や余裕も生まれました。
“なりたい自分”にプライドは持たない。人から見えている“ありのままの自分”を受け入れる
――昔の自分を振り返って、一番変化したところは何だと思いますか?
語弊を恐れずに言えば、お笑い芸人やホストをやっていたときは、自分のことに精一杯で空回りをしていて、相手のことを考える余裕が持てませんでした。周りの気遣いにも気付かずに「僕は人気者になるぞ!」ってことばかり。目の前にいるのに、相手の顔が見えなくなっていたんです。
でも今はやっと自分の本当の気持ちが分かって、やりたいことも明確になった。だから僕が言ったことに対して、これだけ笑ってくれている、感動してくれている人がいるんだ、役に立てているんだと実感しながら情報発信ができています。SNS上のたとえ匿名のコメントでも、一人一人の顔のイメージが浮かんでくるんです。だからやっていてすごく楽しいし、充実感がありますね。良い意味でプレッシャーを感じずにやれているので、それが日々の発信内容にも表れていると思います。
――空回りしていた頃の寺田さん自身に、伝えたい言葉はありますか?
なんでもスマートにこなせる男になりたい、周りから尊敬される人になりたい、みたいな「こういう人でありたい」というプライドは捨てた方がいいよ、ということですかね。僕、少し前までは『ドラゴンボール』のベジータ並みにプライドが高かったんです(笑)
――ベジータ! 今の寺田さんからは想像つかないです。
僕の本当の姿って、一人では何もできないダメな人間なんです。でも、それも人に言われるまで気付けなかったんですよ。周りの人から「寺田君って『全力で人に頼る』ことが得意だよね」って言われるくらい周りに助けてもらってるのに、そんな自覚は全然なくって。
――そんな“ダメ”な人から、今の寺田さんの考えに変わったのはなぜなんですか?
有名人にならなくても、今こうして妻とパートナーになれましたし、頑張って目立たなくても、自分の幸せを見つけることができると分かった。そうやって冷静に自分を見つめ直したときに、「結局は、人から見えている自分が全てなんだな」と思えたんです。一人でなんでもできる男になりたいという理想を持っていたけれど、「全力で人に頼れる」ことだって、自分本来の強みじゃないかって。そこからすごく生きやすくなりました。
もともとの自分にないものを無理にくっつけて武装して「なりたい自分」にプライドを持たなくても、人から見えているありのままの自分を受け入れてあげればいいんじゃないかと思います。
僕自身、今のありのままの自分を好きでいてくれる人たちはすごく感謝していて。これからも余計なプライドで武装せず、そういう人にずっと好きでいてもらえる自分でいれたらいいなと、今は心から思っています。
取材・撮影/大室倫子 文/安藤記子
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