辞めたい人のメシア? 退職代行のパイオニア・EXITが「胡散臭い」から信頼を得るまで【新野俊幸・岡崎 雄一郎】
会社を辞めづらい。そんな苦しさを抱える人たちの救世主となる「退職代行」というサービスが注目されている。「退職したい人の代わりに退職に関する連絡を仲介する」という仕事のやりがいや面白さはどこにあるのだろうか。いち早くサービスを開始したパイオニア・EXIT株式会社の共同代表のお二人に聞いた。
退職代行の仕事内容
「辞めたい」と会社に言えない人の代わりに、あくまでも退職に関する連絡を仲介するにとどまり、一切交渉はしない。退職後に企業から発送される離職票、社会保険資格喪失証などについての確認も行う。
退職代行の収入
年収:一般的な経営者の年収くらい。生活に困らず普通の暮らしができる程度。
収益のメインは退職代行料金。雇用形態に応じて費用は異なり、正社員・契約社員は5万円、アルバイト・パートは3万円となる。人材紹介業者と提携し、退職した依頼者の転職支援も行っており、転職先が決まった場合の仲介料も収益源となる。「仕事を始めた頃はサイゼリヤでご飯を食べていましたけど、今はアウトバックステーキハウスになりました」(新野さん)
“辞める意思を伝える苦労”を代行してもらえるなら、20万円払ってもいい
退職代行のサービスを始めたきっかけは、会社員時代に新野さん自身が「会社を辞められない」という経験をしたことに始まる。新野さんは新卒で大手通信会社に、その次に大手人材会社で勤めたが、いずれも「辞めたい」と言える空気ではなかった。
勇気を振り絞って辞める意思を伝えたところ、「逃げるのか」とものすごい勢いで引き止められて。その時、この苦労をアウトソーシングできたらめちゃくちゃニーズがあるだろうなと思いました。僕だったら20万円くらいまでなら出すなと。それで小学生からの幼なじみである岡崎に話したんです。当時は一緒に起業しようと、いろんなアイデアを考えていたところだったので。
僕はそういう気持ちがまったく分からないんですよ。本当にくだらない悩みだと思うんで。だって、明日から行かなきゃいいだけじゃないですか。
とはいえ、そういう人がいるだろうことは理解できたので、「じゃあやろうぜ」と準備していたら……こいつが「やっぱ俺はやめとく」とか言い出したんですよ!
その頃、新野さんは3社目となるIT企業で再び「辞めづらさ」の危機に直面していた。
裁量も大きくのびのび働かせてもらって、結果も出ていました。そうすると今度は、「会社を辞めるだなんて裏切りなのでは……?」みたいな気持ちになってしまって。一度は退職を先延ばしにしました。最終的には「これだけ辞めにくいんだからやっぱり退職代行は必要なサービスだ」と立ち返りましたけど。
しょうもねえやつだなと思いました。だったら俺が一人でやってやるって決意して、一人でサイトを作って勝手にサービスを始めたんですよ。
そうしたら1週間くらいでちょっとずつ依頼が来始めて。素人が作っためちゃくちゃ怪しいサイトだったのにも関わらず、ですよ?(笑)思った以上にニーズがあるんだなと思いましたね。
依頼の7~8割はLINE経由で、依頼者とは面会も電話もせずに終えることがほとんど。月300件もの退職代行依頼が寄せられ、現在は7人の社員が一人40~50件を担当。ケースバイケースだが、1案件につき短ければ3日、長くて1カ月ほど依頼者や企業とやりとりをしている。
退職というそもそも“だるい”ことに関するサービスを手掛けているから、働き方はとにかくゆるい。コアタイムは14~17時で、週1日の出社日以外は在宅勤務。「即日退職」もOKで、社員はいつでも気軽に辞められる。
依頼者の代わりに企業へ言いにくいことを伝えなければならない場面は多いですし、依頼者の上司のぶつけようのない怒りの矛先が僕たちに向くこともあります。
最近は「あぁ退職代行ですね」とスムーズに話が進むことも増えましたが、精神的に疲れてしまうこともあるので、しんどくなったときにすぐ休めるようにメンバー同士でフォローし合う態勢を整えています。とにかく業務以外の負荷を減らすことを心掛けていますね。
本来、無理な引き止めは違法ですし、第三者が連絡することであっさり引き下がってくれることも多いですけどね。
とはいえ基本的にはマイナスの状態からのスタートなので、コミュニケーション力は格段に上がります。受け流す力や度胸がついて、メンタルも強くなりますね。労働関連の法律にも詳しくなりました。
「胡散臭い」「怪しい」から信頼を勝ち取るまで
今でこそ、退職代行サービスは徐々に浸透しつつある。だが、最初の頃は新しいサービスだったこともあり、「胡散臭い」「ヤバい事業」と思われることもあった。
友だちにはニートかぶれの怪しいやつだと思われてました。飲み会での肩身が狭かったですね。実はずっと親に言っていなかったんですけど、NHKの『クローズアップ現代』に取り上げられたことでバレました(笑)
「詐欺じゃないの?」とか「怖い人がバックについてるのでは?」とか、最初はなかなか信用してもらえなかったですね。依頼者の多くは20代前半なので、親から「そんなもの使うな」って言われてキャンセルになったこともありました。
そんな状況だったにもかかわらず、岡崎さんはこの仕事を始めてから、首に大きくタトゥーを入れた。
メディアに顔を出すようになって、岡崎の風貌に対して「やっぱりね」という反響が多々ありました。その筋の人だと思われたみたいです。
前から入れたかったんですよ。でもまぁ、インパクトがあっていいんじゃないかってことで(笑)
信用を獲得するために身なりに気をつけるという一般論から逆行したことで、胡散臭さは増してしまったが、サービスの質を高めることで徐々に信頼を獲得。問い合わせに丁寧に返信するなど、顧客満足度を高めていったという。
たまに依頼者とのやりとりがTwitterに上げられたりするんですよ。そういうところから信頼につながったのかなと思います。
丁寧な対応は基本中の基本。あとは弁護士の先生と相談しながら、適切な対応ができるように徹底しています。既存の退職代行業者の中では、うちが法令遵守に一番気を付けていると思いますね。
積極的なメディア露出も信頼感につながりましたね。「代表2人の顔がわかっていたから安心して依頼できた」という声もいただいています。
「退職代行(笑)」の気持ちで、辞めやすい社会をつくりたい
これまで3000件もの退職を代行してきたEXIT。時には依頼前の問い合わせで悩みを聞くことで、依頼者が退職を踏みとどまることもあるという。いざとなったときにいつでも辞められると分かったことで、「もう少し働いてみよう」と安心感を抱く人は多いそうだ。
これまでの社会人経験の中で、ここまでありがとうと言われることはありませんでした。「新野さんはメシアです」と言われたこともあります(笑)。労働者のセーフティーネットになっているのを感じるし、社会貢献できているのかなと思いますね。
今後は退職代行の認知や事業規模を拡大させると同時に、退職の次のステップまでカバーしたいと話す。
すでに人材紹介会社と提携していますが、他にもプログラミング教室や職業訓練サービスと組んで、無事に退職できた人の「その先」を支援したいですね。退職後はまとまった時間もできるので、旅行会社とも相性は良さそうだと思っています。
新しく生まれた退職代行サービス。2人が目指しているのは、「辞めやすい社会」をつくることだ。
退職できない人をなくしたいと思っています。そうすればブラック企業がなくなって、自殺率も減るはず。社員を奴隷のように働かせる会社からどんどん人が出ていくようになれば、社員を大切にする良い会社だけが残りますよね。
僕は退職代行なんてなくなればいいと思っています。退職代行って冗談みたいなサービスじゃないですか? 本来はこんなものを利用しなくても会社を辞められるのが健全な姿です。
会社を辞めるのは深刻なことじゃないっていう世の中にしたいから、サービスについてもあえて「退職代行(笑)」みたいな、ラフな感じにしてるところもあって。もっと軽い気持ちで会社を辞められるような社会にできるように、今後も取り組んでいきたいですね。
取材・文:石川香苗子 編集・撮影:天野 夏海
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