「アイデアは外にあるもの」ヘアスタイリング剤“クリームバター”開発者が気付いた、視点を変えることの大切さ
今回話を伺ったのは、ヘアケア製品の製造・販売を行うビューティーエクスペリエンスの研究員、河野翼氏。サロン向けのケアスタイリングブランド「mm(ミリ)」の新商品開発において「クリームバター」という新ジャンルを生み出した同氏に、開発の苦悩について聞きました。
ヘアワックスの研究に目覚めた高校時代
スタイリング剤に興味を持ったのは高校生のときです。髪を切りにサロンに行ったとき、最後にヘアワックスでセットしてもらったのですが、その仕上がりにとても感動しました。ワックスひとつで、顔の表情も印象もまったく違うものになったからです。
スタイリング剤に魅了されたわたしは、その日以来、さまざまなメーカーのワックスを買っては、自分なりに質感や使い心地を比較するようになりました。自宅には常時7、8個のワックスがありましたね。進路相談のときも、「化粧品に興味があるんです」と担任の先生に話したことを覚えています。
もともと化学が好きだったこともあり、将来はヘアケア製品を扱う化粧品メーカーで研究開発の仕事がしたいと思っていたので、進学先は迷うことなく理系の大学を選び、大学院まで化学を学びました。
わたしは、良く言えばひたむき、悪く言えば没頭しすぎて視野が狭くなるところがあります。大学・大学院でも研究テーマに打ち込むあまり、ほかのことが見えなくなってしまうことがたびたびありました。
その性格が災いし、思うような研究結果が得られず悩んでいたときのことです。研究室の先輩から、「アイデアは外にあるものだよ」とアドバイスをいただきました。まったく違う分野のアプローチを取り入れることが、新しい発見につながるのだというこの教えは、狭まっていたわたしの視野を広げるきっかけになりました。先輩のこの言葉は、今でも仕事をするうえで大切にしています。
大学院卒業後は、念願かなってヘアケア製品を開発するビューティーエクスペリエンスに入社し、研究開発の仕事に従事しています。
念願だったスタイリング剤の開発チームへ
わたしが所属する研究課では、主に新製品を開発しています。ビューティーエクスペリエンスの製品には、スーパーや薬局などの小売店で販売する一般向け製品と、サロン専売品があります。わたしは一般向け製品を担当しており、主にシャンプーやトリートメントを開発していました。
あらかじめ決められた製品コンセプトに近づけるために、原料の配合を変えつつ、いくつも試作品を作ります。テスト用の毛束を使って泡立ちを確認したり、ときには社内で実際に自分の髪を洗って使用感を確かめたりすることもあります。
シャンプーやトリートメントを作るのは楽しく、自分がかかわった製品が店頭に並んでいるのを見てやりがいも感じていましたが、同時に、高校生のときからずっと抱き続けた「ヘアワックスなどのスタイリング剤を作りたい」という夢も忘れてはいませんでした。
その夢がかなったのが2017年のことです。新しいケアスタイリングブランド「mm(ミリ)」の開発プロジェクトチームに加わることになったのです。初めてのサロン専売品、しかも念願のスタイリング剤を開発することは、ほんとうにうれしいことでした。
最近、ヘアケア業界ではバーム状のスタイリング剤がブームになっています。「mm」シリーズには「バター」という製品もあったのですが、わたしが開発する製品では、さらに柔らかいテクスチャを作ることが目標に掲げられました。その名も「クリームバター」です。
目指したのはマッシュポテトの質感
開発チームに加わって、すぐ試作品の開発に取り掛かりました。新製品はサロンのスタイリストと共同開発することになっており、わたしが作った試作品をレビューしてもらいます。サロンに提出するまでの期間はわずか1週間。スタイリング剤を作るのが初めてだったわたしは、経験もノウハウもないため直感に任せて作ってみました。理想は「マッシュポテトのようなフワフワした質感」。とにかく、そのイメージに近づけようとしました。
そうしてできあがった試作品をサロンにお渡ししたところ、「手触りがいい!」と、思いのほか好評でした。短期間で、しかもスタイリング剤の初心者が作った試作品があっさりと認められてしまったわけです。半信半疑ではありましたが、うれしい気持ちもありました。しかし、この小さな成功が後に苦労する原因になったのです。
実のところ、そのときわたしが作った試作品は、スタイリング剤のプロが見たら「何だこれは!?」と顔をしかめたくなるような代物でした。化粧品はただ手触りが良ければいいというものではありません。まず第一に、髪や肌にやさしいことが重要であり、店頭に長期間置いても品質を維持できるような安定性や防腐処理が不可欠です。また、紫外線から髪を守るためにSPFについても考慮しなければならないというブランドコンセプトもありました。工場での量産化にも対応できる必要があります。
ところが、わたしが作った試作品は、製品の安全性や品質の安定性がまったく考慮されていませんでした。極端な言い方をすれば、実験室でビーカーにいろいろな原料を配合して作った、ただ手触りの良いものにすぎなかったのです。
しかし、一度ほめられた試作品の作り方を改めることは、簡単ではありませんでした。処方を重視しなければいけないと頭ではわかっていても、せっかく生み出した理想の質感を失うことはしたくない。1つの課題に没頭するあまり、またしても視野がどんどん狭くなっていきました。
そのとき思い出したのが、大学時代の先輩の「アイデアは外にあるものだよ」というアドバイスです。こんなときこそ、まったく違う分野からアプローチしてみようと、考え方を改めました。
わたしがまず最初に向かったのが、乳製品のバターの専門家のもとでした。クリームバターという製品を作るのだから、バターそのものからヒントを得ようと思ったのです。
また、調べていくうちに、どうやらチョコレートの作り方にもヒントがありそうだということに気づきました。チョコレートは、固めるときの温度によって食感が変わります。その工程を参考にして、実際にクリームバターを試作してみました。最終的に導入には至りませんでしたが、バターとチョコレートに意識を向けたことで、行き詰まっていたクリームバターの開発に新たな風が吹き込まれました。
その後も何度もサロンに足を運んでフィードバックをいただき、試作品を10回以上も作成しました。そして、ついにクリームバターを完成させることができました。
常に自分に疑問を投げかけ続ける
もし過去の自分にアドバイスをするとしたら、「知識がないという自覚をもっと持て!」と言いたいですね。知識がないのに感覚だけで開発を進めたことが、新製品を生み出すまで時間がかかってしまった要因の1つでもあるからです。
ただ、知識がないからこそ、気になる方法をどんどん試して、新しいものを生み出したことも事実です。今後、どんなに知識を得たとしても、「普通はこうするけど、自分ならどうするだろうか?」という疑問を常に自分に投げ続けていこうと思います。
※こちらの記事は『BRAND PRESS』より転載しています
株式会社ビューティーエクスペリエンス
本社所在地:東京都世田谷区
設立:1974年(昭和49年)12月
創業:1975年(昭和50年)10月
資本金:1億3,333万円
代表者:福井敏浩
従業員数:199名
事業内容:化粧品および医薬部外品の製造、販売、輸出入
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