キャリア Vol.746

【おくりびと】20代で納棺師の世界へ。人の死を10年以上見続けた男が語った圧倒的な“誇り”

仕事の数は星の数ほどあるけれど、そんな中でも「なぜその仕事を!?」つい、そう聞きたくなってしまうような職業を選んだ人たちに20’s type編集部が深掘りインタビュー。知られざる仕事の裏側、実は深〜いやりがいを聞いたら、“仕事選び”の本質と、日々の仕事を楽しむ秘訣が見えてきた――。

生きとし生けるもの全てに寿命がある。死と生は隣り合わせであり、この世に生を受けた以上、誰もがいつか死に直面する——。そう頭で分かってはいても、20代で死を身近に感じながら生きている人は限られているだろう。まして「死」に関わることを進んで仕事にする人はほとんどいないはずだ。

今回紹介する木村光希さんは、大学時代から葬儀の場で納棺の儀式を執り行う納棺師(のうかんし)、通称「おくりびと」として働いている。なぜ木村さんは、20代のうちから「死」と向き合う道を選んだのだろうか?

納棺師の仕事内容

故人の遺体を洗い清め、身支度を調え、遺体を棺に納める。遺族や葬儀参列者が心置きなく故人を弔えるよう、遺体を適切な状態で保つ技術や丁寧で無駄のない所作によって、故人を送り出すことをその使命としている。

木村光希さん

株式会社おくりびとアカデミー ディパーチャーズ・ジャパン株式会社代表取締役
納棺師 木村光希さん(31歳)

1988年生まれ。納棺士である父の影響で、幼少期から納棺の作法を学ぶ。大学在学中から父親が設立した納棺の専門会社で納棺士として働き始め、その後、独立。韓国、中国、台湾、香港などで納棺技術の指導を行う。 2013年、日本初の納棺士養成学校「おくりびとアカデミー」を設立し代表理事に就任。同年10月には、納棺士の資格認定を行う一般社団法人日本納棺士技能協会を設立する。15年、葬儀会社、ディパーチャーズ・ジャパン株式会社を新たに立ち上げた
◆Twitter:@okuribitokouki

納棺師の仕事が「オバケが出そうで怖い」から「誇れる仕事」に変わるまで

2008年の米アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した『おくりびと』で、納棺師の存在を知った人も多いのではないだろうか。実はこの映画で、納棺師の技術指導を担当したのが木村さんの父、眞二さんだった。

「私が納棺師を志したのは、小さい頃から父の仕事ぶりを見ていたからです。幼い頃はそれこそ『葬儀の場で仕事をするなんて、オバケが出そうで怖いな』なんて思っていましたが、中学に上がる頃には、亡くなられた方と向き合うことへの畏れより、納棺の儀を執り行う父親のかっこ良さや、納棺師として家族を養う凛々しい姿に憧れるようになっていました」

とはいえ、納棺師になることに迷いがなかったわけではなかった。一時は学生時代に打ち込んだサッカーを続けるため、社会人リーグに加盟する企業への就職を考えたこともあったと言う。

「サッカー部を続けながら、大学在学中に納棺師として父の仕事を手伝っていたんです。その時、20歳そこそこの私に対して、祖父母ほど年の離れた方々が涙を流して感謝してくださって。若者でもこんなに感謝をされる仕事が他にあるのかなと思いました。当時はやりたいことが明確にあったわけでもなかったので、業界の第一人者として知られている父の仕事を引き継げば、自分の価値も上がるのではないかという思いもありました」

木村さんは「ちょっと計算高かったですかね」と笑うが、納棺師となって3年ほど経った頃、自ら父親の会社を退いた。

木村光希さん

「納棺師が故人の葬儀に関われるのは、数日続く葬儀の中でわずか1時間ほどに過ぎません。なぜなら葬儀全般を取り仕切るのは葬儀社の仕事であり、私たち納棺師は納棺の儀式だけを頼まれる下請け業者に過ぎないからです。日にいくつもの葬儀を回って、納棺の儀式に携わるうち、もっと腰を据えて葬儀に取り組みたいと思うようになりました」

「故人に最も近い存在である納棺師が、葬儀全般を手掛けてみるのはどうだろう?」、木村さんの頭の中にそんな構想が浮かぶまで、それほど時間がかからなかった。

「父の会社のビジネスモデルは葬儀社を顧客とするいわゆるBtoBで、私がやりたかったのは、ご遺族と直接つながるBtoCのビジネスです。業界のしきたりや慣習を破ることに躊躇はありませんでしたが、父が手塩にかけてつくり上げた会社でそれをやるのは、ちょっと筋が違うだろうと考え、自分で会社を興すことにしました」

せっかく納棺師が主体の葬儀社をつくるなら、文化的な共通点が多いアジアにもビジネスを広めたい。そこで木村さんは、日本で培われた納棺技術の指導を目的に、韓国、中国、台湾、香港、マレーシアに赴き、各地で納棺の技と心を伝えていった。

「映画『おくりびと』がヒットしたおかげで、アジア諸国でも納棺師への関心が高まっていました。葬儀場の不備や葬儀の文化や風習、人々の考え方の違いなどを目の当たりにしながら、アジア5カ国で納棺の儀式を伝え歩くうち、思いを強くしたことがあります。人材育成の重要性です」

帰国後、木村さんは、納棺士養成学校「おくりびとアカデミー」と、納棺士の資格認定を行う一般社団法人日本納棺士技能協会を設立することになる。

「残念ながら納棺師の技量や作法は、人によって、会社によってバラツキがあります。おくりびとに注目が集まる中、当事者である納棺師に当たり外れがあっては、ご遺族、故人のご期待を裏切ることになりかねません。それを防ぐには、業界全体として納棺師の能力を底上げする必要があります。それで学校と協会を設立したのです」

おくりびとアカデミーの葬祭部門、ディパーチャーズ・ジャパンを新たに立ち上げたのはそれら約2年後、2015年のことだった。木村さんは自らの葬儀ビジネスを本格化させる前に、納棺師の育成という大きな仕事から始めたのだ。

スタッフの中には、親に納棺師を反対される人も。
“おくりびと”の地位を上げていきたい

納棺師となって約10年。仕事を続けるモチベーションは、遺族からの感謝の言葉と、指名で仕事を請け負うときに感じる喜びと緊張感だと話してくれた。

「納棺師って、本当にたくさんの感謝の言葉をいただける仕事なんですよ。例えば以前、奥様を亡くされた80代の方から『うちの妻を綺麗にしてくれてありがとう。出会った頃のようだった』と仰っていただいた時は、思わず泣いてしまいました。人生の大切な締めくくりを任せてもらった上に、感謝の言葉がいただけるわけですから、何物にも代えがたいものがあります」

木村光希さん

思い出してウルっとしてしまう木村さん

しかし、納棺師の地位をもっと高めなければと思う場面も
少なくない。納棺師のように「死にまつわる仕事」を忌避する人は、まだまだ多いからだ。

「これまでも、納棺師のスタッフがご両親から仕事を反対されていると聞かされたことが何度かありました。そんな時は、納棺師の地位をもっと上げたいと強く感じますね。でも、私たちがご遺族や故人が必要とすることに真摯に取り組み続けていけば、こうしたネガティブな反応もいつか消えていくはず。そう願っています」

木村さんが話す“真摯さ”とは何か。そう問い掛けると、「妥協を許さない仕事ですね」という答えが返ってきた。

「亡くなった方は痛みを感じることはありませんし、参列者から見えない部分に不備があっても、おそらく誰にも気付かれません。でも、人生の締めくくりを任せて貰っている以上、失敗は絶対に許されないと思っていて。だからこそ、『まぁ、見えない部分だしこれでいいか』という安易な妥協はできません。装束の背中についた小さなシワ一つにまで、気を配るようにしています」

「生きたくても生きられない人」をたくさん見てきた。
今日、生きて、働けることが、奇跡だ。

最近では世間でも尊厳死、孤独死、終活といった「死」にまつわるキーワードを耳にする機会が増えてきた。日本人の死生観も大きく変わり始める中、納棺師にも時代の変化に対応する力が求められていると言う。

「自宅で死を迎える人よりも病院や施設で亡くなる方が多い時代です。それに伴って死にまつわる常識、葬儀に求める内容も時代と共に変わってきていますから、私たち納棺師もそうした変化に寄り添っていかなければならないと思っています」

木村光希さん

毎日、人の死を目にする仕事なんて……と思う20代もやっぱり多いかもしれない。だが、木村さんの目には、納棺師の仕事に対する誇り、そしてプライドがしっかりと浮かんでいた。

そして、「何を仕事にするかも、どう生きるかも、人それぞれでいいんですよ。誰にどう思われるかは正直関係ない」と言ってまっすぐ前を見つめた。

「私たち人類に共通すること。それは、いつか必ず、死ぬということ。しかも、死はいつ訪れるか分かりません。僕は、『生きたくても生きられなかった人たち』をこれまでたくさん見てきましたから、『明日死んでも、皆さんは後悔しませんか?』と20代の方にも問い掛けたい。

若い人には大袈裟に聞こえるかもしれませんね。でも、今日こうして普通に生きて、働けるのって、本当に奇跡みたいなことなんですよ。願ってもそれができなかった人たちが山ほどいるんです。

そう思ったら、『人からどう思われるか』なんてすごくちっぽけなことじゃないですか? 『仕事がつまらない』なんて言ってる暇があったら、自分から“誇り”を見つけていくべきではないでしょうか?

貴重な一日を、後悔のないように生きること。仕事でもプライベートでも同じで、それが全てなんじゃないかって思うんです」

Information

おくりびと®アカデミー公式サイト
おくりびとのお葬式
木村光希さんFacebookページ
おくりびと®アカデミーFacebookページ
死者に対する最高の手向けは、悲しみではない。感謝である。
おくりびと®アカデミーは、「死=人生の終焉」をサポートできる人材を育成します。

取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/大室倫子(編集部)


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