今話題の“SaaS×建築”アプリを生んだ34歳の起業家が気付いた、「望んでいなかった仕事」がもたらしてくれたもの【オクト・稲田武夫】
「望んだ仕事につけず、無駄な時間を過ごしている気がする」、「今の仕事に学びはあるのだろうか」——。会社から与えられた業務をこなす毎日にふと、自分はこのままでいいのだろうかと不安を感じる20代もいるのでは?
建設・建築現場向けプロジェクト管理アプリ『ANDPAD(アンドパッド)』で1600社を超える顧客を獲得し、総額24億円を超える資金調達を得たことで話題の起業家、株式会社オクトの稲田武夫さん(34歳)も、会社員として過ごした20代の頃はそんな不安でいっぱいだったと振り返る。
「事業のいろはを学びたいのに、今のままでは成長できない」と日々焦りを感じていた彼は、何をきっかけに変わることができたのか。まだ真新しさを留めるオフィスで話を聞いた。
「今の仕事で成長できると思えない」
“しょぼいくせに生意気”だった20代前半
今改めて自分の若手時代を振り返ってみると、目の前の仕事に悩み、このままじゃダメだと焦り、30代になるのを恐れていた、ごく普通の20代だったなって思います。
僕が大学生になった2000年代前半は、いわゆるベンチャーブームで、若手起業家の活躍に注目が集まっていた時代です。その影響で大学のビジネス系のサークルに入ったくらいでしたから、自分もいずれ起業をするのだろうなという思いが常にありました。
周囲には在学中に起業する人もいましたが、僕は自分に自信もなかったですし、世の中の仕組みを知らずに、起業に振り切ってしまっていいのかという迷いもありました。だからまずは会社に入って、ビジネスの経験を積もうと思ってリクルートに就職しました。
リクルートは当時からたくさんの新規事業を生み出す会社でしたし、多くの起業家を輩出した実績もある。この会社で経験を積んだら、きっと自分の手で新規事業を成功させるノウハウが学べるに違いないと思って入社を決めました。
配属の希望はもちろん新規事業開発に携われる部門です。しかし実際の配属先は人事部で。この時点で「リクルートで事業を生み出す経験をたくさん積んで、起業家になるんだ」っていう目論見が、あっさりと崩れてしまいました。
正直言うと、「人事が経営に最も近い仕事なんだ!という上司の話は理解はできるが、腹に落ちない。事業の手触り感がないなぁ」と思いました。入社してからも「遠回りをしている」という思いが抜けなくて、仕事へのモチベーションはなかなか上がりませんでした。
仕事を振られても「この仕事が自分の成長につながるとは思えない」という思いが先立ってしまい、上司には事あるごとに立てついていました。我ながら、思い違いをした、いやな新人だったと思います(笑)。業を煮やした上司から「お前には目の前の仕事しかないんだ」と言われて、やっと仕事に集中できるようになった感じでしたから。
そして僕がそうやってもがいている時に、大学時代の仲間や同世代から、24・5歳で起業家として脚光を浴びる人が何人も生まれ始めました。会社の力に頼らず、自分の旗を掲げて頑張っている彼らを純粋に尊敬し、応援したい気持ちを持ちながらも、自分の中途半端さが身に染みて、それはさらに不安や焦りにつながっていました。
与えられた仕事ではちゃんと成果を出そうとするくらいの素直さはあったものの、客観的に見れば大口を叩いては不満を言っているだけのただの若造です。今思うと、すごくダサいしショボい奴ですよね。でも当時は、「もっと成長したいのに」と焦りを感じては、活力が湧き出ない日々が続いていました。
「起業家としての力は付いているのか?」
次なる不安に苛まれた20代後半
そんな僕にも、入社4年目に転機が訪れました。リクルートで事業開発に携われる部署に配属されることになったんです。リクルートライフスタイルという、『ホットペッパー』や『じゃらん』など、生活者向けの事業領域を扱うグループ会社で働くことになりました。
配属先の部署では、新しい事業の検討を、半期に一度立ち上げるくらいのスピード感で打席に立たせてもらいました。レジャーや決済、モビリティー領域、アパレルなど、実にさまざまな事業開発をさせていただきました。大きな事業部の中での事業開発は、ほぼ全てが失敗に終わる中で、陽の目を浴びない感覚や、モチベーション維持に苦労する人も多いと聞いていたのですが、僕は、毎日楽しくのめり込んでいたことを覚えています。そして、事業開発は、必死にやっても数年に1つうまくいくかどうかなんだな、ということを身に沁みて学ぶことができました。
でも少しずつ経験を積むうちに、社内で新規事業を興すのと、外で事業を興すことは、似て非なるものだということも分かり始めてきました。それは、友人のベンチャーのPLとCFと通帳を見せてもらったときに強く感じましたね。当たり前のことなのですが、自分が見ている事業開発の側面は経営の一部でしかなく、経営の日常の生々しさに触れたように感じました。
でも、生々しい経営にチャレンジしてみたいと思う一方で、それなりに充実してくると、起業に踏み切るきっかけを失っている自分もいました。
そのことに気付かせてくれたのが、今弊社でCTOを務めている金近望です。ちょうどその頃、僕はプライベートで金近やその他何人かのエンジニアと共同生活をしながら、平日の夜や休日を費やして、自分たちで考えたサービス開発に取り組み始めていたところでした。
その金近が突然、当時勤めていた会社を辞めて、僕に聞いてきたんです。「俺は会社を辞めてきた、それで稲田さんは、どうするの?」って。その時、「開発したサービスがうまくいったら、いつか会社を辞めよう」と思っていた自分の保身を見透かされたようで、恥ずかしかったことを今でも覚えています。
そのためリクルートで取り組んでいた新規事業がリリースされた数日後、会社に退職希望を伝えしました。
経営者になってみて分かった「無駄な経験は一つもない」の意味
会社を辞めた29歳の時、副業としてすでに立ち上げていたオクトを本格的に始動。いくつか事業領域を検討した後、リフォーム会社を比較・検索するサイト『みんなのリフォーム』を立ち上げました。
当時、リフォームや建築・建設業界についての知識や経験があったわけではありません。でも僕が事業をやるなら、IT化が進んでいない領域に参入し、技術を駆使した便利なサービスをつくった方がいい、というのだけは決めていて。なぜならそれがリクルートで学んだ唯一の自分の引き出しでした。
そしてサイト運営をしながら、業界の人たちと出会い、IT化が遅れている建築業界のさらなる課題を探すことにしました。
その時知ったのが、建設・建築現場の人は未だに電話やファックスの対応に毎日追われていて、ITによる業務効率化が全く進んでいないということ。そこで「建築現場専用のSlackみたいなものがあればいいのでは?」と、SaaS×建設・建築現場のアイデアを思いつき、プロジェクト管理アプリ『ANDPAD(アンドパッド)』をリリースしました。
もちろんリリースやグロースする最中に困難はあったものの、今ではおかげさまで1600社を超えるクライアントに導入してもらえるサービスに成長しています。
そして僕自身の話でいうと、事業が軌道に乗り始めた30代の今、やっと自分が登る山が薄ぼんやりと見えて、今の位置がまだ1合目にも届いていないことを知りました。
また同時に、20代の不安のトンネルからは、さすがに抜け出すことができたように思います。というのも、20代で得た経験が、全て自分の糧になっていたということに気付くことができたからです。
リクルート時代の新規事業の経験はもちろん、あれだけ悩んだ人事時代の経験が、会社経営で最も大切な引き出しとなっている。採用・組織戦略は会社の成長の要ですし、新人時代から面接で毎年数百人の方と面談をしてきた経験は、かけがえのないものだと気が付きました。
思い通りでない環境や仕事だったとしても真剣に取り組んでいたら、得られることがあるってことなんでしょうね。今すごく思います。
「人事の仕事なんて」と思っていた当時の浅はかな考えを思い返すと恥ずかしさがこみ上げてきます。急がば回れ、なんて言いますけど、その言葉は正しかったなと今では思いますね。
そしてもう一つ、当時の僕のように「今の仕事が自分の力になっているのか分からない」と不安に思っている20代に何かお伝えできるとしたら、会社勤めを続けるにしても、起業するにしても、圧倒的な成長を志す組織や事業環境に身を置くことは大切ではないか、ということです。
特に、事業の成長曲線についていくために、チームや個人が成長を強いられる環境で働くことは大切だと思います。それは、急成長な事業でも、これからターンアラウンドしていくぞ!という事業でも良い。弊社も今、第二創業フェーズに突入しどんどん事業を拡大しているので、その候補の一つにぜひ入れてもらえたらいいですね。
一見、自分の望むキャリアとは関係ないと思うことでも、それは必ず将来の糧になる。20代はそれを信じて目の前の仕事に取り組んでいけばいいんだと、今の僕ならそう思います。
取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/赤松洋太
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