産業医・大室正志流“断る/断らない仕事”のボーダーライン「“無駄な業務”を切り捨てる20代を、誰も助けようとは思わない」
本特集第一弾の本記事に登場するのは、産業医として長年さまざまな企業の若手社員を見てきた大室正志先生だ。大室先生自身は「頼まれた仕事は基本断らずにすべて受けてきた」そうだが、産業医としては「ときには業務を断わって、ワークライフバランスを保つことも大切」だとアドバイスする立場。
そんな大室先生に、20代のための「いい断り方」を聞いてみると、「無駄を全部切り捨てるのは危険」という答えが返ってきた。その真意は……?
自己責任の社会が「断る若手」を生んでいる?
最近は、20代の若手でも自らの判断で「仕事を断れる」ような雰囲気になってきましたよね。モーレツ社員だらけで断る選択肢すらなかった頃に比べたら、今の労働環境は「だいぶマシになった」と率直に思います。
ではなぜ、最近は若手が仕事を断れるようになっているのか。それには二つの要因が考えられます。
一つは、20年以上前の「24時間働きます世代」の反動がきているということ。昔は定年の60歳まで全力疾走して働けば、会社もたくさん退職金をくれたし、国が年金で老後の面倒を見てくれました。その頃は、ありったけの力を振り絞って働くことが良しとされ、「上司の言うことにはなんでも『はい』と言え」と言われていたわけです。
その後、バブル崩壊と失われた30年を経て、いまや70歳まで働く時代です。にもかかわらず、もらえる年金はすずめの涙ほどですし、会社も昔ほどは僕たちのことを守ってはくれません。こんな時代に、上司の言うがままに何でも「はい、はい」と仕事を引き受けていたら、体を壊して倒れてしまいますよね。そのため今は昔と同じペースで「24時間モーレツに」働いてはいけないと言われます。だからこそ「断る力」がフューチャーされ、ビジネスパーソンにとって大切な力だと言われるようになってきたのです。
そしてもう一つの要因は、自分のスキルにならない雑用はやりたくないと思う若者自体が増えたこと。20’s type読者の皆さんの中にも、共感する方は多いのでは?
今、世の中の仕事は「メンバーシップ型」から「ジョブ型」へと変化しています。「メンバーシップ型」の仕事とは、会社内で人手が足りないところを補い合う仕事の進め方です。この仕組みの中では、人が嫌がることにも率先して取り組むことが評価につながる。例えば、誰もやりたがらないゴミの片付けや、備品管理などがそうですね。上司や周りの人には「よくやっている」と評価されるかもしれませんが、自分のスキルアップとは直接つながらなそうな仕事です。
一方「ジョブ型」の仕事とは、自分の担当業務に対してだけ、責任を持つという考え方です。テニスで言えば、下級生がやらされるような球拾いをすっ飛ばして、いきなりラケットを握るような働き方。ホリエモンがよく言う「寿司屋で10年も下積みする必要なんてない、たった一年の修業でミシュランは取れる」みたいな話も「ジョブ型」の志向です。
それはその通りですよね。いくら球拾いばかりしていたって、ラケットを振る技術は上がりません。最初からラケットを持って練習した人の方が、テニスは絶対うまくなるに決まっています。今の20代は、国や会社に「面倒見切れないから、何とか自分の力で生きていけ」と言われている世代ですから、そういったジョブ型の志向に変わっていくのは当然の流れだと思います。
その仕事を断るかどうか、働く目的に立ち返ってみて
こうしたプロセスを経て、今度は「何でも断り過ぎる若手」というのがあらゆる会社で問題になっているようです。しかし、これもまた“反動”の一つなんです。雑用や一見無駄だと思える仕事をどんどん断る若手が増えた結果、「若手が仕事を断るのはよくない」といった議論が盛り上がってきています。
これって20代の皆さんからしたら、「断れ」と言われたり「断るな」と言われたりするので混乱するかもしれませんが、実は何も矛盾していません。
毎日夜中に牛丼を食べているエンジニアに「もう少し野菜を取りましょう」と言いながら、野菜しか食べない女性に「もう少しタンパク質を食べたら?」と、真逆のアドバイスをするのと同じ。「健康のために必要なことをしましょう」というのが目的であって、その目的や状況に応じて、言うことを変えているに過ぎません。バランス感覚の問題です。
何が言いたいのかというと、今20代の皆さんには自分が会社で働く目的は何なのかをしっかり考えた上で、今一度「仕事を断る」ことについて見つめ直してほしいのです。
会社で働くのはそこで何かしらの成果を出すことが目的のはず。でも、目的を「自分自身の成長」だけだと思い込んで、自分の目先の損得ばかりを考えた結果、仕事を断り続けるのは違うと思いませんか? 何かしらの成果を組織の中にいながら出したいと思うなら、周りの人の協力が絶対に必要だということに気付くはずです。
だから僕は、スキルアップにつながる仕事じゃなくても、嫌だと感じる仕事でも、目の前にいる相手が困っているなら手助けをしてあげた方がいいと思います。それによって周りの信頼を得て、中長期的に大きな得をすることもありますし、それが本来の目的を達成するステップでもありますから。
「断ること」って一見自分の仕事を減らせるから得だ、と思うかもしれません。でもそれって実は一番自分へのリターンが少ない行為。もっと中長期的に見たときのメリットを考えた方がいいと思いますね。
自分の成長しか考えない人って、ウザくない?
そもそも、自分の成長のためだけに仕事をしている人間って、ウザくないですか(笑)? そんな人が上司だったら「この人、自分にしか興味がないんだな」ってシラケてしまいます。「俺が成長したいから」「俺が成長できないから」とか、そんなことばっかり言う“脳みそマッチョ”なんかと、仲良くなりたい人なんていないですよ。そうやって自分にしか興味がないと思われることって、何度も言いますが中長期的には大損です。そんな人に後輩はついてこないですし、自分が困ったときには先輩や上司にも助けてもらいにくいですから。
かえって打算的でいやらしい言い方かもしれないけど、困っている人にちゃんと優しくしておけば、それが「お互いさま」になって、人間関係は長続きしていきます。逆に相手が困っているときに不親切にしたら、当然ですがあなたが同じ立場に立たされたときには見限られてしまう。だから誰かが困っていたら、ためらいなく手を差し伸べて助けてあげる。そういう風に「仕事を断るべきか否か」を判断した方がいいと思います。
困っている人を助けるって、実はそんなに難しいことではありません。そのすごく良い例が、タレントの和田アキ子さんの行動です。なぜかというと、彼女はスキャンダルや不祥事を起こしたタレントさんたちに、必ず電話をして一言あたたかい言葉を掛けているそうです。だからこそ、つらい時期を乗り越えたタレントさんたちは、後で口を揃えて「つらかったときにアッコさんが助けてくれた」って言いますよね?
そのタレントさんの「世間的な評価」が大暴落しているときに、「相手の心」を電話1本で買っているとも言える。たったそれだけで後から「アッコさん、アッコさん」と慕われることが、芸能界における彼女の武器の一つになっていることは明らかです。
一方で、相手が大して困っていないのに、いわゆるテニスの「球拾い」的な作業を押し付けられそうになったら、断って大丈夫です。自分にも正当な事情があると主張して良いでしょう。断り方には気を付けるべきですけどね。「感じが悪いな」と思われたら、これもまた損ですから。「やりたいのは山々なんだけど、どうしてもできないんですよ、すいません!」ってうまく場を和ませながら、「断る力」を高めていけるといいと思います。
「断る」という選択肢が増えた現代社会のメリットを存分に生かしながら、誰かが困っているときには助け、困っていなさそうなら上手に断る。それを意識しながら、自分なりの「断る/断らない仕事」のボーダーラインをつくっていけばいいと思います。
取材・文/石川 香苗子 撮影/小林 正(スポック)
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