『BASE FOOD』開発秘話「働きながら健康的な食生活って無理じゃない?」
本連載第1回目に登場するのは、28歳の時に世界初の完全栄養の主食『BASE PASTA(現BASE NOODLE)』を開発したベースフードの橋本舜さんだ。
橋本さんは新卒でDeNAに入社し、ゲームプロデューサーや新規事業の立ち上げを経験。前職では「仕事に没頭しすぎて、居酒屋やファストフードなどで食事を済ますことが多かった」経験もあり「手軽に栄養が取れる主食」の発想を得たというが、当時の橋本さんは食品に関して全くの素人。彼は発想段階からどのような道のりを経て、今の事業に乗り出したのだろうか。
「毎日食べられる完全栄養の”主食”」が社会を救う
もともと、起業して社会に大きなインパクトを与えられる仕事がしたい、と考えていた橋本さん。DeNA入社後もさまざまな新規事業を興し、経験を積んでいた。起業のテーマを決めるにあたって重視したのは「社会課題を解決できるかどうか」。中でも注目したのが、「健康寿命」だった。
「社会保障費を支える労働人口が減るなかで、いかに医療の世話にならず、人々の健康寿命を伸ばすかが大きな社会課題になろうとしています。そのために欠かせないのが、適切な食事と睡眠、適度な運動、定期的な検診の4つの取り組みです。この中で最も難しいのが、バランスの良い食習慣を維持することだと思いました」
働き方改革が進み、運動をしたり健診を受けたり、健康に直結する活動の時間は確保しやすくなっている。だが健康的な食生活に関しては、時間があるだけでは不十分。栄養に関する知識を得たり、調理に手間をかけたりする必要があるからだ。
「忙しいとどうしても外食に頼らざるを得ませんし、食事の選択肢も限られてしまいます。栄養をバランス良く得ようと思ったら相応の努力がいる。私自身も前職では、忙しさを理由に毎日居酒屋など、遅くまで開いている飲食店でご飯を食べていましたし、栄養のことを考えている暇なんてなかった。そこで、誰でも簡単に健康的な食生活を実現できないかと考えたわけです」
当時からすでに完全栄養食と呼ばれる製品は存在していたが、その大半が効率的な食事を目的にしており、健康寿命について考慮されているものではない。そこで橋本さんが目をつけたのが、「完全栄養の”主食”」の開発だった。
「栄養を摂取する手段のほとんどはサプリやスムージーで、『おいしくて、日常生活に取り入れやすい』ものばかりではないし、毎日率先して置き換えたいと思える人は限られる。『それなら大半の人に馴染みがある主食で必要な栄養素が補えたらどうだろう?』という発想が、最初の製品『BASE PASTA』につながりました」
「誰でもおいしく簡単に、健康寿命を伸ばせる食事」という大きな目的から逆算して考えた結果が、調理や味のアレンジが簡単で保存がしやすいパスタだったわけだ。
しかし新卒で入社したDeNAで数々の新規事業立ち上げに携わった経験があるとはいえ、慣れ親しんだITとはかけ離れた食品業界で起業することに不安はなかったのだろうか。
「私はDeNA時代に、ソーシャルゲームのプロデュース、駐車場シェアリングサービスの立ち上げ、自動運転車によるサービス開発と、常に新しい領域にチャレンジしてきました。だから未経験の分野に挑む不安、というのはなくって。むしろ、どうせ起業するならこれまで経験してきたどの事業よりも大きな社会課題の解決につなげたい、というワクワク感の方が大きかったです」
支援者を見つけては、目の前の課題を“一撃必殺”で乗り越えた
しかしいくら起業に至る筋書きはあっても、食品製造の実務に通じていない現実は立ちはだかったままだ。そこをどのように突破したのか。
「パスタの開発自体を外注してしまうという選択肢もありましたが、栄養成分の配合や麺の開発プロセスは事業のコアに当たります。それを外注先に全て委ねてしまうことは、将来経営の足かせになるかもしれません。ですから、まずは自分で試作することに決めました」
まずは栄養士の友人に、商品の核となる“栄養バランス”の考え方や成分の算定方法などを尋ねた。
「アドバイスをもらいながら自己流で何百回も試作品を作りました。YouTubeで『麺の作り方』って検索して、家庭用の製麺機を使って。とにかく片っ端から食材を混ぜていたので、始めの頃はものすごくマズイ麺を作っていました(笑)」
製麺機にかけると生地がボロボロと崩れてしまったり、茹でると鍋の中で麺が溶けてなくなってしまったり……。何度も失敗を繰り返しながら、麺の開発を進めていった。
「とにかく分からないことだらけだったので、まずは自分で勉強をすること、そして試作をして課題を見つけるたびに専門家に相談して解決することにしたんです」
開発に当たっては「自分が一番“完全栄養の主食”について知っているべき」だと考え、栄養学の専門書を何十冊も買って勉強したり、NHK高校講座の化学や生物、物理を聴講したりしながら必要な分野の基礎知識を身に付けていった。
そうして試作品を作りながら、栄養バランスや味、食感の調整、さらに商品として流通に耐えうる保存方法の確立といったことは、各専門家のもとへ教えを請いにいったという。
「自ら食品業界の展示会などに足を運んで『BASE PASTA』に関心を持ってくれる人を見つけ、数珠繋ぎで各業界の専門家を紹介してもらいました。『麺の味を美味しくするにはどうすればいいか』に悩んだら食品メーカーの開発担当に相談したり、『どうやって素材を仕入れたらいいか』に迷ったら原料メーカーの人にアドバイスをいただいたり。そうやって、目の前にある課題を“一撃必殺”で、一つずつ乗り越えていったんです」
食品製造について詳しいのは製品メーカー、流通のセオリーを一番よく知っているのは問屋、といったように、各界のプロフェッショナルたちに助けてもらったのだ。
もちろん全ての人の興味関心が惹けたわけではないが、「健康寿命を伸ばすために完全栄養麺を作りたい」という橋本さんの情熱に心を動かされ、協力を申し出てくれる人は少なくなかったという。
「本気で開発に取り組んでいること、そしてこれが大義ある取り組みだと分かっていただくことで、少しずつ支援者が増えていきました」
商品開発に力を入れる一方で、もう一つ心掛けたのは、リスクを必要最小限に抑えることだと続ける。
「早々に手持ち資金が尽きてしまうようなことは避けなければなりませんし、家族にも迷惑はかけられません。製麺所を買ったり、店舗を構えたりせず、生産と販売は委託を前提に、最小限のリソースで開発に努めました。リスクにおびえ続けなければならない状態では安心して事業は継続できませんから、コストを割くなら商品開発に一点集中したかったんです」
そして着想から約1年後の2017年2月、満を持して『BASE PASTA』がAmazonで販売されることになった。同製品は瞬く間にランキング上位に上り詰めたという。
「人間、1年間一つのことに集中したら結構なレベルのところまで到達できるんだな、というのが正直な感想です。もちろん開発を進める上で『これじゃあ商品にできない』と思ったことは何度もありましたが、一つ一つ丁寧に課題に向き合っていけば、解決できないことはありませんでした」
2016年1月 完全栄養の主食を発想
・栄養士の友人にアドバイスをもらいながら、自宅で試作品開発を始める
・基礎知識を学ぶため、NHK高校講座の聴講を始める
2016年4月 DeNAを退職
・法人化(起業)とDeNA退職
・商品開発に専念
2016年5月〜2017年1月 商品開発に尽力
・1月からの約1年間で100回以上の試作を実施
・同時並行で、製造先を探す
・初めての社員雇用
2017年2月Amazonで『BASE PASTA』を販売開始
・瞬く間に人気商品となり、Amazonランキングで1位を獲得
・2017年グッドデザイン賞を受賞
2018年~
・2月 即席カップパスタ『BASE PASTA quick』を販売開始、全国のナチュラルローソンで販売される
・12月 世界初の完全栄養ラーメンを販売開始『BASE RAMEN すごい煮干し』人気ラーメンチェーン店『ラーメン凪』とコラボ
2019年~
・3月 完全栄養パン『BASE BREAD』を販売開始
・7月 『BASE PASTA』を『BASE NOODLE』に名称変更
・9月 米国西海岸に進出
・10月 『BASE BREAD』が2019年グッドデザイン賞を受賞
オリジナリティーや奇抜さよりも「当たり前」の積み重ねが大事
改めて、橋本さん流の「発想を形にするためのポイント」は2つだ。
【1】「この分野に関しては自分が一番詳しい」と言えるまで学ぶ努力をすること
【2】賛同・協力をしてくれる支援者を増やすこと
橋本さんはこの2つを正しく実行するには、前提となる条件があると話してくれた。
「一番大事なのは『本気で成し遂げたい目標』を掲げることだと思います。そうでなければ目の前の困難を乗り越えられないでしょうし、本気でない人の周りに支援者は集まりません。また、せっかく大きな目標を掲げても、失敗を恐れてすぐに手に届きそうな取り組みにばかり終始するのも止めるべき。守りから入る新規事業は小さく収まりはしても、想定以上に成功することはまずないからです」
もし、やりたいことから逃げずに向き合う覚悟があるのであれば、恐れずに挑戦すべきだと橋本さんはいう。
「私の場合は、DeNA時代から『それぞれのプロフェッショナルを巻き込むことができれば、新規事業は成功する』と思っていました。だからこそ、自分が本気で成し遂げたいことに向かって努力して、周りの人に応援してもらうことが大事だと。月並みな言い方になってしまいますけど、目標に向かって本気になれば、『自分が次にやるべきこと』は見えてくるはずですし、それを実直にこなしていくことが何よりも大事なんだと思います」
新規事業の立ち上げにおいては、効率よく成果を出せるような近道は存在しない。ひらめきを形にするには、まずは本気になれる目標を掲げること、それに向かって一つ一つ着実にステップを踏んでいくことが何よりも重要なのだ。
「新規事業とか起業って、まともにしづらいというか『やるならヘンな奴にならねば、オリジナリティーを出さねば』ってどうしても思ってしまう。でも、当たり前のことを当たり前に積み重ねていくことが一番なんだって、改めて知ることができたのは大きな収穫だったと思います。だからこれからも、『完全栄養の”主食”で健康寿命を延ばす』という大きな目標を、真面目にストイックに追い続けていきたいですね」
取材・文/武田敏則(グレタケ)
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