キャリア Vol.796

【Mr. CHEESECAKE 田村浩二】“人生最高のチーズケーキ”を生んだ男の仕事漬けの20代

“イイ20代の過ごし方”って何だ?
30代を迎えるとき、かっこよく、自分らしく働いていられるかどうかは、20代の過ごし方次第。だから聞いてみたい。つい憧れてしまう、イキイキと働く先輩たちに。「イイ20代の過ごし方って、何ですか?」

今、オンラインショップでの限定発売にも関わらず、瞬く間に売り切れになってしまう大人気のチーズケーキがある。その名も『Mr. CHEESECAKE』。今や幻とも言われているこのチーズケーキを手掛けているのは、ミシュランの星を獲得したフレンチレストランでシェフ(料理長)を務めていた、田村浩二さんだ。

フランス料理のシェフから、Mr. CHEESECAKEの代表へ。その背景には、彼の若手時代の経験が大きく影響しているという。「全てを料理に注いだからこそ、見えた景色があった」と話す田村さんの20代を、のぞいてみよう。

Mr. CHEESECAKE 代表取締役 田村浩二さん
新宿調理師専門学校を卒業後、レストラン『Restaurant FEU(乃木坂)』、『Edition Koji Shimomura(六本木)』、『L'AS(表参道)』を経て、渡仏。ミシュラン三ツ星レストランで修業を重ね、日本に帰国。 2017年には、ミシュランの星を獲得した『TIRPSE 』のシェフに弱冠31歳で就任。 World's 50 Best Restaurants の「Discovery series アジア部門」選出、「ゴーエミヨジャポン2018期待の若手シェフ賞」を受賞した。 現在は Mr. CHEESECAKE の他、複数の事業を手掛ける事業家として活動

「30歳までにトップに立つ」無気力状態に陥っていた僕が決めた新たな目標

僕が料理の道に入ろうと決めたのは、高校時代に親友の誕生日にケーキを作ってあげたことがきっかけです。それまでまともに料理をしたことはなかったのですが、友人が「すごくおいしい!」と喜んでくれて。自分が作ったものでこんなに人を笑顔にすることができるんだ、と内心すごく感激したのを覚えています。

実はその前に、大きな挫折をしていました。僕は小さい頃からずっと野球をやっていて、プロ野球選手になることが夢だったんです。しかし高校3年の夏に大学の野球入試を受けたところ、残念ながら全て不合格。夢を失い、しばらくは無気力状態に陥っていました

そんな僕にとって、自ら作ったケーキで喜んでくれる親友の顔はとてもうれしいものでした。「シェフを目指そう」。そう決めて料理の専門学校に入学したんです。

野球を途中で辞めてしまったからこそ、次の挑戦ではトップレベルにまで上りつめたい。だからこそ、料理では絶対に後悔はしたくありませんでした。「30歳になるまでに一流店でシェフになるか、自分の店を持とう」と目標を定め、厳しいお店に入って、自分を鍛えていこうと決めたんです。

最初に入ったお店のシェフは、フランスの三ツ星レストランで修行を重ねた有名な人でした。僕が勉強のためにレストラン巡りをしていた時に「絶対ここで働きたい」と思い、頼み込んで入社させてもらったんです。

そのシェフは仕事に対して非常に厳しく、誤ってスプーンを落としてしまうようなら、信じられないくらい叱責されるような環境で。そんな厳しい一流の環境で3年働き、その後はオープンしたばかりの六本木のイタリアン、表参道のフランス料理店と、店のジャンルを変えて経験を積んでいきました。

イタリアンは、オープンしたばかりであまりお客さまも入っていない店。僕は空いている時間を利用して肉や魚を焼く練習をしたり、お菓子の生地を作ってみたり、料理の勉強に当てていました。おかげでほぼすべての調理作業が自分なりにできるようになったんです。

次のフランス料理店は値段がリーズナブルかつ、作業の仕組みが効率化されている店。店の回転が早かったから、仕込みの量も非常に多く「誰にどの仕事を振って、何時までに終わらせるか」というコントロールやマネジメントを経験しました。食材の発注や管理も任されていて、業者との値段の交渉も行い、数字の面でも鍛えられましたね。

どの店にいても早朝から深夜まで働き通しで、休みの日は疲れ果てて家で寝ているだけ。起きている時間は全て料理に捧げていたといっても過言ではありません。正直に言うと、何度「辞めたい」と考えたか分かりませんけどね(笑)

でも「絶対にトップになる」と決意してこの道に入ったのだから、途中で挫折するわけにはいきません。だからどの店でも誰より早く出勤し、自分の仕込み分を先に終わらせ、先輩の仕事を奪い取る勢いで作業に取り組んでいきました。

超一流のフレンチレストランで料理人の基礎を叩きこまれ、イタリアンでは自分で考えて調理する術を身に付け、フランス料理店では経営やマネジメントを学べた。狙ってやったわけではなく、たまたま縁あって店を移ってきたのですが、振り返ってみるとそれぞれの経験が今の自分の土台をつくってくれたと感じています。

ミシュラン星付きレストランで、念願のシェフに。
夢を叶えたはずなのに、悶々とする日々

3つの店を経験した後、かつてより憧れていたフランスで1年間の修行を経て帰国。僕は30歳を迎えていました。そして「30歳までにトップになる」という目標には少し遅れてしまったけれど、31歳になった時、ついに世界最短でミシュランの星を獲得したレストラン『TIRPSE 』のシェフに就任したんです。

『ゴエミヨジャポン2018』というガイドブックでも『期待の若手シェフ賞』を受賞するなど、だんだん評価していただけることも増えてきました。もちろん、とてもうれしかったですよ。自分がずっと目標にしていた、トップレベルに近づいていると評価してもらえたんですから。

でも、僕は「この料理を作った人」というより「あの賞を取った人」として見られることが多くなりました。僕自身も僕の料理もまったく変わらないのに、お客さまの評価が変わり、同業者の見る目も変わっていった

憧れていた‟トップレベル”に近づいて、初めて分かったんです。結局、何を作っているのかより、作っている人の上にどんな肩書がのっているかを世の中の人は見ているのだと。

その瞬間、今まで目指していた「トップ」というものに価値を見出せなくなってしまいました。改めて、本当に自分がやりたいことは何だろうって悩むようになって。ひとまずは息抜きもかねて、「みんなが‟美味しい”と喜んでもらえるものを作りたい」という原点に立ち戻ることにしました。

そこで思いついたのが、チーズケーキなんです。小さい頃に母が作ってくれた、自分にとって「特別」なケーキ。誰よりもおいしく作りたい、と考えて自分なりに作りはじめ、その過程をInstagramのストーリーズにのせてみました。そしたらいろんな人から「おいしそう」「食べてみたい」という声をいただいて。

実際に2018年4月からInstagramのストーリーズに載せて販売してみたところ、「こんなおいしいチーズケーキは食べたことがない」とたくさんの方から感想をいただき、そこから広まったのが今の『Mr. CHEESECAKE』です。

自分でケーキを作って販売してみて、業界の評価よりも自分にとって大切なものが再発見できた感覚でした。

さらにチーズケーキのオンライン販売なら、シェフとして朝から晩まで働いている時とは違って、自分の時間にも余裕ができます。これから家族との時間も大切にしたい、と思っていたところだったので、これが自分の幸せのかたちなんだって、思うようになりました

しばらくしてレストランのシェフは辞めて、現在は『Mr. CHEESECAKE』のホームページで毎週日・月の午前10時にチーズケーキを販売しています。今のところ商品はチーズケーキだけ。一つ一つ丁寧に作業し、誰かの「人生最高のチーズケーキ」となるように心を込めて届けています。

今や販売開始5分で売り切れる、『Mr. CHEESECAKE』。

20代で仕事に真剣に向き合った経験は、キャリアを変えても絶対に無駄にはならない

改めて自分の20代を振り返ってみると、とにかく早くトップに立ちたくて、全てを仕事に注いできた10年間でした。仕事に関することなら、先輩にも臆せず食ってかかるような生意気な若造でしたしね(笑)。でも、それだけ仕事に対して真面目に取り組んでいた、という自負があります。

今は「料理人は10年修行すべし」みたいな時代ではないとは思いますが、僕はやっぱり20代のうちにじっくり丁寧に仕事に打ち込んで、技術とか仕事に対する姿勢を身に付けておくことって、大事なんだと思うんですよ。

生意気な若造だったけど、そんな僕がここぞというときにお店や人を紹介してもらえたのも、仕事をしている姿を評価してもらえたからこそ。だから20代のうちにジャンルの異なるレストランで、料理人としての幅を拡げていけたんだと思います。

そうやって実力を磨いていって、30代で目標だったところまでいけたから、「自分にとっての幸せとは何か?」を考える余裕もできました。全てを料理に捧げたあの時間がなかったら、今僕がやっていることなんて、考えもしなかったはずです。

「丁寧な仕事が大事」っていうのは、ものづくりに限らず、どの仕事でも同じ。技術が足りないとか、将来どうなるか分からないとか、20代は不安なことだらけの年代でもあります。でもとにかく目の前の仕事に実直に取り組めば、それを見てくれる人は必ずいるし、僕みたいにそこから新たな可能性は広がっていくはず。

自分で考え抜いて仕事に向き合った経験は、絶対に無駄にはならない。そのことを僕自身、これからも忘れないでいきたいですね。

取材・文/キャベトンコ 撮影/大室倫子(編集部)


RELATED POSTSあわせて読みたい


記事検索

サイトマップ