在宅でできる接客業“アバター店員”の可能性「リアルなコミュニケーションって、知らないうちに負荷が掛かっていたのかも」
中野に店舗を構える『AVASTAND』。外壁に立ち飲みカウンターを取り付けた小さなお店の店員は、なんとモニターに映るアバターだ。
飲み物や食べ物を運ぶのは生身の人間だが、接客は全てアバターが担う。また、店舗を訪れずとも、スマホアプリ『AvaTalk』を通じてアバター店員と会話を楽しむことも可能だ。
新型コロナウイルスの感染拡大により外出自粛を余儀なくされる今、店舗を訪れずともバーチャル上で会話ができる「アバター店員」には大きな可能性がありそう。
そこで、実際にAVASTANDでアバター店員として働く、てんまちゃんに話を聞いてみた。
※本取材は緊急事態宣言発令前に感染対策をした上で実施しました
店舗に来店したお客さんとテレビ通話で会話をするのみ。アバターなのでビールを運んだりテーブルを片付けたりすることもない。お店は木・金・土曜の週3日、18〜23時営業で、シフト制。
モニターをタップするとランダムで待機中のアバター店員に通知がいく仕組みで、待機中は自由時間となる。「在宅なので、お料理したり洗濯したりしながら通知を待ってます」(てんまちゃん)
月収:1カ月分の光熱費が賄えるぐらい+チップ
分給制で、モニターに映っている時間を換算した額が給与になる。他にお客さんからのチップも収入源。チップ入れに現金を入れると、全額が店員の給与として振り込まれる。
「アバター店員の収入だけで生活はできないですが、隙間時間に家でできる副業の一つとしてはめちゃくちゃいいと思います。人とコミュニケーションが取れればできる敷居の低さも魅力です」(てんまちゃん)
また、今後はスマホアプリ『AvaTalk』を通じてユーザーと会話することでも収入が得られる仕組みが導入される予定だそう。
「超絶怪しい!」がアバター店員に応募した動機
中野の飲み屋街を5分ほど歩いた先にある、異色を放つピンク色の小さなお店『AVASTAND』。2つ設置されたモニターをタップすると、アバター店員が現れる。
てんまちゃんがアバター店員として働き始めたのは、2019年6月から。求人サイトで募集を見たのがきっかけだ。
「何か変なバイトはないかな」と探してた時に「最新技術を使って中野でアバター店員になろう!」みたいな見出しの求人を見つけて。超絶怪しい!面白そう!と思って応募しました。詳しい仕事の内容は面接で知った感じです(笑)
仲介業者を通して面接をし、その後は在宅で仕事をしているため、AVASTANDの社員や店舗に立つスタッフ、さらには他のアバター店員とも、直接会ったことはほとんどない。
お店にはモニターが2台あって、他のアバター店員の声が聞こえるようになっています。「今日お客さん少ないね」といった会話はしますが、お店に立っているとき以外に他のアバター店員と話をすることはまずないですね。
お店を訪れるお客さんは20〜40代がメイン。一人でサクッと飲んで帰る人もいれば、お店がオープンする18時からクローズする23時までの5時間ずっと話す人もいるという。
「コロナやばいね」みたいな世間話から込み入った相談まで、会話の内容はさまざまです。逆に私が相談することもありますよ。普段は役者をやっているんですけど、オーディションの時期に「自分の良さが分かんない!」って打ち明けたら、奇跡的にお客さんが演劇鑑賞が趣味な人でアドバイスをもらったこともあります(笑)
正体を相手に知られない安心感が、自分の殻を取り払ってくれる
もともと人と会話をするのが好きだというてんまちゃんだが、「アバター店員でのコミュニケーションは普段と違うのが楽しい」と話す。
仕事で出会った人とは仕事の間柄になってしまうし、友達は同年代の人ばかり。その点、お店には上の年代の方も来てくださって、普段だったら砕けた会話をしないだろうなって人と、どうでもいい話から真面目な話までできるんです。素で話してくださる方が多いので、リアルだなぁと思って聞いています。
お客さんにとってはアバターが相手だからこそ気軽に話せる効果があるという。気軽ゆえに好き勝手なことを言う人もいそうなものだが、「ちゃんと人として扱ってくれるお客さんがほとんど」とてんまちゃん。
時にはセクハラめいたことを言う人もいますけど、こっちはアバターですからね。「モニター越しに何言ってんだよ」と思って、適当に流しています。自分に危害が及ばない中で普通に話をすればいいだけっていうのは、考えてみたらシンプルな環境ですよね。
接客をする側にとっても、アバターを介したコミュニケーションだからこそ、「いつもよりテンション高く、フランクに人と接することができる」という。
自分の正体が明かされていない安心感が、自分の殻を取り払ってくれる感じがします。これまで自分は話上手だと思っていたし、コミュニケーションをとるのも苦手じゃないと思っていたんですけど、アバターの時の方が無理がない感じがして。
そう思うと、リアルの場でのコミュニケーションって、知らず知らずのうちに、毎日ちょっとずつ自分に負荷が掛かっていたのかも。それが自覚できるようになって、しんどかったりつらかったりする時の気持ちの抜き方が分かるようになってきた気がします。
一方で、アバターだからこその難しさもある。
まばたきと口、あとは手の動きは私の動きと連動しているんですけど、微笑んでいるベースの表情は変えられません。
相手の表情を気にする人は、アバターに表情の変化がないことで不安に感じてしまう。万人がアバター相手にリラックスして会話ができるわけではないんだろうなっていうのは正直なところです。
アバターは会話のハードルを下げる手助けになる
外出を自粛せざるを得ない今、人との会話に飢えている人は多いだろう。特に一人暮らしの場合、人と話をすることはほとんどない。
とはいえ、気軽に連絡できる人がいなかったり、自分からコミュニケーションをとるのが苦手だったりと、会話の機会をつくれない人もいる。そんな人にとって、アバター店員は救世主になりうる。
対面で話すのに10のパワーがいるとして、アバター相手なら2〜3ぐらいで済む。アプリの『AvaTalk』なら自分もアバターなので、より気楽ですよね。
私自身、相手の表情や仕草を読み取るようなコミュニケーションがしんどいときもあって。そういう人にとって、アバターが会話のハードルを下げる手助けになるんじゃないかな。
人って、会話しないとどんどん荒んでいくじゃないですか。心がくさくさするというか。精神面で健康でいられるように、「アバターを通じたコミュニケーション」をうまく使ってもらえたらうれしいです。
てんまちゃんがアバター店員になって、もうすぐ1年がたつ。「怪しくて面白そう」という興味本位で始めた仕事だが、「本当にやってよかった」と振り返る。
電話と一緒で、身振り手振りや表情で誤魔化せないぶん、自分の人間性が出やすいのをつくづく実感しています。私の言い方にショックを受けてしまう人もいる。お客さんとお話をする中で、自分の考え方を改めなきゃって思うこともあって、いい勉強になっています。
本業では俳優をやっていますが、「人を楽しませたい」って気持ちは人一倍あるんです。私とお話して楽しかったと思ってもらえたら、それは一人のエンターテイナーとしてうれしいこと。これからもいろんな年代のいろんな職業の人とたくさん話したいなと思います。
取材・文・撮影/天野夏海
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