フードロス問題に立ち向かうイノベーター「楽な道を歩もうとしていた20代」を振り返って思うこと
今回話を伺ったのは、特殊冷凍テクノロジーでフードロス解決を目指すデイブレイクの代表取締役、木下昌之氏。冷凍技術を活用して国際的な課題にアプローチするという、意外な切り口の着眼点を探りました。
楽な道を歩もうとしていた自分を変えた父の一言
実家は祖父の代から70年以上続く老舗の“冷凍屋”。官公庁やコンビニ、倉庫などの冷凍設備に関わる施工や管理といった家業に携わるようになったのは、20代になりアルバイトとして働き始めてからでした。
子供の頃から勉強よりも、友達と楽しく遊びまわることが好きだったんです(笑)。大人になっても相変わらず楽なほうへ流れがちだった僕の性格を正したのは、当時、社長を務めていた父の「きつい道を選びなさい。仕事に打ち込んだら信頼という対価を得られるから」という言葉。その言葉をきっかけに“ 冷凍屋”として生きていく覚悟を決めた僕は、業務に関する知識を本格的に学び、毎年ひとつ以上は国家資格を取ることを目標に据えました。目の前にあるものに真剣に向き合っていると、信頼してくれる人が増え、どんどん仕事も入るようになりました。
食べ物を捨てる人に衝撃を受けたタイ旅行
やがて、自分が専務として会社を引っ張っていく立場になった頃、やり切った感覚がありました。「もっと自分にしかできない仕事があるのではないか?」と悩んでいた31歳のとき、小学校からの友人にタイ旅行へ誘われて同行することに。友人はIT系の会社を経営していて、海外進出のための視察を兼ねていたので、観光地以外のローカルな場所へも多く行きました。
そこで目にしたのはフルーツが山積みになった露店。売れ残った大量のフルーツは廃棄されると聞きました。お店の人は裕福そうには見えず、「もし、ここに並ぶ果物を冷凍保存できれば、もっと効率の良い商売ができ、みんな豊かに暮らせるようになるんじゃないか」と考えました。
まだ食べられる食品が廃棄される“フードロス”を解決したいというより、単純に自分が冷凍屋だったので「自分ならこうする」と思ったのが、デイブレイクの原点。現在、我が社の名刺にはそれぞれ好きなフルーツの絵が描かれているのですが、僕はあのタイの露店で目にしたマンゴスチンにしています。
周囲から猛反発された新会社
今まで経験を積んだ冷凍分野に、当時はまだそれほど進んでいなかったITを駆使したビジネスをやろうと一念発起。それまで扱ってきた冷凍技術と、鮮度を維持したまま凍結し、限りなく生に近い状態を復元させる特殊冷凍技術は全くの別物です。父の会社の関連事業として展開するには難しく、新会社を立ち上げることを計画しました。
しかし僕のアイデアに対して、父をはじめ従業員たちは猛反対。特に20代の自分を変えてくれた父が、新しいことに対して否定的だったことがとても寂しかったですね。対立した状態が続いていましたが、今は応援してくれていると思います。先日、初めて僕の会社に来る機会があったのですが「頑張ってるな」と言ってもらえましたから。
最初に人脈作りから始めて、3年ほどかけて事業の基盤を固めていき、2013年にデイブレイクを立ち上げました。僕たちの仕事は簡単にいうと代理店。営業で「各社の冷凍機器を比較できるようにしたい」と提案すると、メーカーからはものすごい拒絶反応が返ってきました。わざわざ比較しなくても商品が売れるという自信が各メーカーにあったからです。だからこそ僕は「もちろん、他社の商品と比較することになりますが、同時にほかのメーカーから御社の商品に乗り換えてもらえるチャンスでもあると思うんです」と伝えました。
ちょうど各メーカーから新商品の発表が相次いでいたタイミングでしたが、IT化が遅れていたのも事実。「アナログのままなら、いつか素晴らしい技術が無駄になります」と、正直にお話するとたいていは怒られました(笑)。しかし、そんな僕の提案を面白がってくれる男気のある社長さんたちにご協力いただき、現在取り扱っている各メーカーの売り上げは確実に上がっている状態です。
創業当初の取り扱いは1メーカーのみでしたが、そのメーカーの売り上げが約3倍の数億円に拡大したことで業界内から注目を浴びるようになりました。 創業2年目以降はオウンドメディア「春夏秋凍」を運営し、会社からほど近くにある研究施設で比較実験を行いながら、複数メーカーの冷凍機器の特色を踏まえて中立的にコンサルティングしています。お客様目線に立ち、食材や条件に合った製品を提案できれば、もっと食を発展させ、活性化できるからです。ライバル社同士、各製品を並べて温度や条件をそろえ、同じタイミングでテストをできる施設はほかにありません。これまでに国内5,000社以上の企業から相談を受けています。
「点ではなく縁でとらえる」ビジネスで新たな雇用創出を
デイブレイクが取り扱っている特殊冷凍技術とは、通常-1℃~-5℃の温度帯で起こり始める凍結を急速で行うこと。食品の細胞膜をあまり傷めることなく、解凍しても品質を保つことができます。
日本では、フードロスが年間640万トン以上発生していると言われています。フードロス削減に向けた第一歩として、2019年3月に販売をスタートしたのがオフィス向けフローズンフルーツ事業「HenoHeno」です。キズがついたり、形状が規格外となってしまったり、多く獲れすぎてしまったり、さまざまな理由で廃棄される果物を農家から直接買い取り、特殊冷凍技術を活用して無添加のままオフィスへお届けする福利厚生サービスです。開始半年で導入企業は100社を超えました。
この新サービスが順調に実績を出せた理由は「果物を手軽に摂取したい」というニーズにマッチしたから。加えて、 SDGs(持続可能な開発目標)が求められる昨今、目に見える形で社会貢献ができます。1パック50gの果物を食べると、同じ量のフードロス削減に貢献できたということ。個人や企業単位で食べた分をアプリで数値化しています。
今後は海外進出を目指しています。僕たちの培ったノウハウと販路先を提供するビジネスモデルでの展開を構想中です。
国内ではフードロス削減に取り組みつつ、地方の雇用を生み出したいと考えています。 現在、果物は生産地から都内へ輸送されていますが、より近場に工場があればコストが削減され、空き工場の活用や雇用創生にもつながるでしょう。創業当初からノウハウを多くの方へ提供するつもりで、膨大な特殊冷凍の実験データを蓄積し、作業をマニュアル化してきました。
フードロス削減に貢献できる拠点を100以上つくることができれば、年間1万トンものフードロスを減らすことができる試算。現在はこの新しいビジネスモデルの仕組みづくりに力を注いでいます。
ここまでやってこられたのは、関わってくれた方々が皆、食材に対して深い愛情を持っていたから。「自分にしかできないことをやりたい」とずっと思ってきましたが、これがお金儲けをしたいという感覚だったらきっと途中で心が折れていたと思います。10年前の自分に会えるとしたら「点ではなく、縁でとらえろ」とアドバイスしてあげたいですね。
※こちらの記事は『BRAND PRESS』より転載しています。
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