メンズメイクで“男性らしく”の固定観念を崩したい。男性向けメイクアップアーティストが目指す未来とは
近年、ドラッグストアやコンビニで、男性向けの美容系商品を目にする機会が増えた。男性がスキンケアをしたり、リップクリームを持ち歩いたりすることに違和感を抱く人は、もはやほとんどいないだろう。
そこから一歩進んで、注目を集めているのが「メンズメイク」だ。
資生堂が2019年10月に20〜50代男性を対象に行なった調査によると、メンズメイクを「してみたい」と回答した男性は半数以上、「機会があったらしてみたい」を合わせると、約9割の男性がメイクをしてみたいと答えている。
そんなメンズメイクの第一人者として活躍するのが、メイクアップアーティストの高橋弘樹さんだ。“美しくではなく、好感度を上げるメイク”を提唱し、メンズメイクを専門に活動している。
高橋さんが目指すのは、「ファンデーションを男性がつけても不自然じゃない世の中づくり」。そんな目標に込められた思いに迫った。
BtoBとBtoCの大きく2軸あり、BtoBはタレントやアーティストの撮影現場でのメイク、メンズコスメの商品開発やプロモーション撮影の手伝い、テレビ出演や書籍、企業から依頼されて行うメイクの講師など。
BtoCは、自社メディア『メンズメイク研究所』やYouTubeを通じた美容情報の発信、個人向けのメイクレッスンなどが該当する。
月収:45~50万円
女性向けのメイクアップアーティストと同じく、撮影現場でのメイクや講演などが主な収入源。
「男性向けのコスメブランドに所属している方以外に、メンズメイクを専門に活動しているメイクアップアーティストはおそらくいません。その分、BtoBの案件やメディア出演、書籍出版など、プラスαの収入があるイメージです。ヘアサロンで働く方向けのメンズメイクのレッスンなんかもやっています」
男性向けメイクの情報が全然ないのが苦しかった
高橋さんがメンズメイクを専門にしたメイクアップアーティストを志したきっかけは、10代の頃に抱いていた外見のコンプレックスにある。
当時は男性が見た目や美容を気にすることへの理解がない時代で、「男だから肌荒れなんて気にしなくていいじゃん」と言われてしまうことも。男性向けの美容情報を得られる場所もなくて、「どの化粧品を買えばいいか、誰に聞けばいいかも分からない」状態がすごく苦しかったんです。
自分がこれだけ悩むなら、同じように悩んでいる人は一定数いるのではないか。それなら、自分が情報の受け皿になればいい。そう考えた高橋さんは、四年制大学に通いながら美容学校を卒業した。
ただ、「男性の美容」はまだ歴史が浅いジャンル。ノウハウも少ないため、まずは女性向けの美容に関する知見を貯めるべく、美容部員や化粧品開発など、女性向けの美容の仕事を網羅していった。
今までのメンズメイクは「女性美容の延長」として提案されてきました。でも、美しさをゴールにして女性と同じようなメイクを男性がしても、違和感が生じてしまう。つまり、女性とは全く違う視点が必要なんです。そんな男女のメイクの違いを意識し、研究を重ねていました。
そうして26歳で男性向けメイクアップアーティストとして独立。高橋さんが提唱するのは、“美しくではなく、好感度を上げるためのメイク”だ。
男性のメイクは、中性的なジェンダーレスメイクと、身だしなみを整えるためのメイクの大きく2つに分類されます。後者の場合、僕は美しさはいらないと考えていて。「アイラインやアイシャドーをつけることで、周りから否定的に思われるならメイクはやらない」と仰る方も多いですし、違和感がないことを大切にしていますね。
「男性がメイクするなんて」はなくなりつつある
最近では、ビジネスパーソンに向けて「身だしなみとしてのメンズメイク」がメディアで取り上げられる機会も増えた。
今はUNOの男性用BBクリームがめちゃくちゃ売れています。近い将来、男性がメイクで肌を整えるくらいは当たり前になるんだろうと思いますね。
ただ、高橋さんの現場感としては「身だしなみとして取り入れるビジネスパーソンは全体の3~4割、残りの6〜7割はオシャレの一環としてメイクを取り入れている」のだという。
周囲からの見え方は「身だしなみ」なんですけど、メイクに興味を持ったきっかけは「自分をより良く見せたい」という、ファッションの延長であることが多いんです。特に20代以下はスキンケアをするのが当たり前の世代ですし、メイクを楽しんでいる印象ですね。
高橋さんがかつて肌荒れに悩んでいた頃は「メイクをする男性=オネエ系」といった画一的なイメージが強かったが、今は「男性がメイクするなんて」という批判的な反響はなくなりつつある。
SNSで美容アカウントの女性がメンズメイクをプッシュしてくれたり、メイクした男性のビフォーアフターの画像が女性からの好意的なコメント付きでバズったりと、女性がプッシュしてくれている背景もありますね。メンズメイクが市民権を得つつある感覚があります。
今はコロナの影響で景気が下がってきていますけど、景気が下がるとファッションは派手になる傾向があるんです。現場で男性たちを見ていると、「メンズメイクも色で遊ぶようになっていくのかもな」なんて思いますね。
とはいえ、まだまだ女性と比べて男性が美容情報に触れる機会は少ない。「メイクを体験する機会がないことは課題」と高橋さん。
最近だと百貨店のメンズ館の化粧品カウンターでメイクを試すこともできますけど、初めてチャレンジするにはハードルが高いですよね。低価格のコスメを試せたり、気軽にメイク体験ができたりする場が必要だと思っています。
そのきっかけとして、オフラインのイベントをやりたいんですけど、絶対数が集まる見込みがない中で踏み込みにくいところがあって。業界全体として、男性の購買層が見えない状態にあるというのは難しいところですね。
ニキビを隠すだけで、気持ちは前向きに
19歳でメンズメイクの道を志してから、10年以上が過ぎた。現在はかつての高橋さんと同じように情報の少なさに困っている男性に向けて、ノウハウや化粧品のレビューを自社メディアやYouTubeを通じて発信している。
メイク理論を踏まえて、「この商品の良さは〇〇ですが、こういう悩みがある人はこっちの商品が合っています」といったアドバイスができるのは、専門家としての発信だからこそ。「高橋さんの言った通りにやれば間違いない」といったコメントをいただくと、やっぱりうれしいですね。
やりがいを感じるのは、メイクの可能性を感じてもらえたとき。例えば大手マッチングアプリの企画で、20〜30代の男性会員にメイクを施したことがある。
メイク後の写真を女性会員さんに見ていただいたら、すごく好評だったんです。男性たちもすごく喜んで、それ以来、眉を整えたりテカリを抑えたりと、見た目を整える意欲が向上したそうです。アプリ運営企業の方からも「高橋さんにお願いしてよかった」と仰っていただいて。ちょっとは社会貢献できたかなって思えました。
「メイクによって気持ちが明るくなる」ことに性別は関係ない。顔立ちや雰囲気を変えることで自分に自信を持つことができるメイクの効果は、女性だけのものではないのだ。
テレビの企画で男性に軽いメイクをして、メイク前後で心理状態がどう変わるか調査したことがあるんですけど、「ほぼ全員気持ちが前向きになる」という結果が出ました。ビフォーアフターの写真も撮ったのですが、メイク後は皆さんめちゃくちゃキメ顔になるんです。
特に男性はメイク経験がない方が多いので、そのぶん新鮮な感動がありますし、自信が出ているのが目に見えて分かりました。顔の一部分、ニキビを隠すくらいでも、間違いなく気持ちは明るくなります。普段のメイクレッスンでも、「このままクラブに行ってきます!」という若い方は多いですよ。
メンズメイクは“男性らしく”の固定観念を取り崩すことができるもの
高橋さんが目指すのは、男性全員がメイクをする世の中ではない。メイクをしたい男性や、自分の顔にコンプレックスを感じている男性が、“メイクをしても変じゃない”世の中だ。
男性がメイクをするのは変だという環境のせいで諦めてしまっている人がいるのなら、僕はその環境を変えて、リミッターを外したい。「ファンデーションを男性がつけても不自然じゃない世の中づくり」がずっと掲げている目標であり、僕や美容業界の役割だと思っています。
高橋さんにとってメイクとは、「可能性を広める」もの。ちょっとでも今の自分に不満があるなら、メイクの可能性を試してほしいと訴える。
僕の経験上、みんなが絶対に良い素材を持っています。そこを見極めてメイクをすれば、人は本当に変わる。自分の顔に不満がある人は、良い素材を生かしきれていないだけなんです。
たとえ見た目を気にして生きてこなかった男性でも、メイク体験をするとめちゃくちゃ鏡を見るんですよ。人間の根底には「人に良く見られたい」「モテたい」みたいな気持ちがきっとあって、でも男性はそういうことを言えない時代が長かったんだと思います。
男性だってオシャレしたいし、そのやり方は服装や髪型だけじゃない。そんな認識を世の中に広め、男性がメイクするのが変じゃない社会をつくる。選択肢が多い社会に向けて、高橋さんは「男性の美容」からアプローチをしている。
メイクは性別に関係なく、心理的にポジティブになれるツールです。僕が提唱しているようなメンズメイクはアジアの文化だと思うんですけど、これを“男らしく”が根強い国を含め、世界中に広めていきたいですね。メンズメイクを通じて、“男性らしく”“女性らしく”といった、社会の固定観念を取り崩すことができるんじゃないかと思っています。
取材・文/天野夏海 写真/ご本人提供
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