
「失敗したくない」「人に笑われるのが怖い」
今の仕事で評価されている人ほど、人の目を気にしてしまい、未経験分野へのチャレンジには勇気がいるもの。
自分はこうあるべきなんじゃないかーー。そんな“呪い”を自分にかけて身動きが取れなくなってしまっている人は、どうすれば過去の自分に縛られることなく、新しい世界への一歩を踏み出せるのだろう?
今回お話を聞いたのは、「ぼくのりりっくのぼうよみ」としてプロのアーティスト活動をしていた、たなかさん、22歳。
2019年1月に“ぼくりり”を辞職し、名前を変えてYouTube配信やライブなどさまざまな活動を開始。4月からは新しく「やきいも屋」をはじめ、オンラインストアの運営や、Twitterでのリアルタイム販売を行っていた。
10代で脚光を浴び、音楽業界から高い評価を受けていたにもかかわらず、なぜ“ぼくりり”を辞め、「たなか」にならなければならなかったのか?そもそもなんで、やきいも屋に……?たなかさんにその理由を聞いてみた。
たなかさん(@aaaaaatanaka)
1998年2月生まれ。2012年頃から「ぼくのりりっくのぼうよみ」として活動開始。動画サイトに投稿した楽曲が評価され、15年メジャーデビュー。映画『3月のライオン』主題歌『Be Noble』や資生堂『アネッサ』のテレビCM挿入歌『SKY’s the limit』などを手掛ける。19年1月末をもってぼくりりを辞職し、3月より「たなか」として活動。20年4月、Twitterでやきいも屋になることを発表し、およそ2カ月間、Twitterライブを活用したリアルタイム販売などの活動に勤しむ。6月14日、Twitterライブ販売の最終回を迎え、やきいも屋としての活動を終了
instagram/YouTubeチャンネル/オンラインストア
結構楽しかったですね。Twitterライブをやりながら、リアルタイムで今何個売れているかが見えるので、「すげー、こんな感じなんだ」みたいな。
音楽家をやっているときには見たことのない景色でしたね。
新型コロナウイルスの感染予防のため、オンラインでお話を伺った
初回は「さすがにこのぐらいはいけるだろう」と思って50パックで始めたんです。そしたら一瞬で売り切れてしまったので、すいませんって感じでどんどん増やしていきました。
後半は毎週平均で1000パックぐらい売れていて、本当にありがたいですよね。
プランも何もなくて、行き当たりばったりですよ。
最初はワゴン車で売る計画だったんですけど、さすがにコロナで店頭販売は難しいとなって。じゃあ通販で売ろうと。それで芋を冷凍することになったんですけど、冷凍した焼き芋ってめちゃ美味しくて(笑)。じゃあこれをウリにしよう、みたいな。
たまたま友達がお茶のスタートアップをやっていたので、そういうのを諸々組み合わせて、通販でやっていくことにしました。
たなかさんの販売するやきいも『たなかいも』は冷凍やきいもと半発酵のほうじ茶をセットで提供。やきいもはレンジで温めて食べてもおいしいが、半解凍した「アイスやきいも」も絶品だそう。たなかさんによるTwitterライブでのリアルタイム販売は終了したが、7月以降もオンラインショップでの販売自体は継続予定
>>公式オンラインストア
まあ、ギャグですね。「たなかがやきいも屋をやってたらウケるだろうな」っていうのが最初にあって。
アーティストをしながら飲食店をやる方って結構いると思うんですけど、それをやってもつまらないというか。「馴染みはありつつ、外したところをいきたいな」と。
はい。「自分が面白い景色を見てみたい」気持ちがまずありますね。
飽きたらやめてもいいし、自由に好きにやっていく。そんな僕を見て、面白がってもらえたらなと思ってます。
いや、それよりはもっと積極的な理由ですね。
「音楽家やめた人はこうなるよね」みたいな、通常こうであろうと言われているルートとは全然違うところを僕がウロウロしまくることが、世の中にとっていいことなのかなと。
はい。そんな、世界を変えるとかじゃないんですけど(笑)
「自分はこういうことはしていいけど、こういうことはしちゃダメだ」みたいな思い込みって世の中にたくさんあると思ってて。
僕は「全然知見のない分野のことを唐突にやっても、意外となんとかなりますよ」というのをエンタメとして見せていきたいんですよね。そんなサンプルが一人いるだけで、後ろの人は続きやすくなると思うので。別に、みんなにやきいも屋になってほしいわけじゃないですけど。
あ、ただやきいも屋のTwitterライブは6月14日に最終回を迎えちゃったんですよ。
たなかいも。最後の発売Twitterライブ終わりました!!本日も1000パック完売!ほんとうにありがとうございますみんなに幸せな時間をお届けできていたら幸いでございます それではまた😎 pic.twitter.com/X59B4c6T1E
— たなかです (@aaaaaatanaka) June 14, 2020
はい。やきいもはこれからもネットで売っていくんですけど、商品自体に自信があるので、ここからは『たなかいも』をあまりたなかと紐付けずにやっていきたいなと。
この2カ月で『たなかいも』というプロダクト自体を好きになってくれた方が結構いたので。
う〜ん……。僕の意識として、アニメとかドラマのワンクールみたいな感覚があるんですよね。
ワンクールごとにやることがバンバン切り替わっていく方が、やっている方も面白いし、見てる方も楽しいですよね。
このやきいも活動自体も、あとで振り返ったときに、「たなかのやきいも期だったな」って言えたら面白いかなって。
はい、全然大丈夫ですよ。
そうですね……。理由はたくさんあるんですけど、一つを説明すると、「“ぼくりり”を破壊してゼロから積み上げる」、つまりたなかとして生まれ変わることは、僕にとっては非常に価値のあることだったんです。
なぜかというと、“ぼくりり”というブランドをつくったことは、ゼロをイチにした経験だったと思うんです。でもそれが一回できただけだと、たまたま宝くじが当たった人と変わんないと思うんですよね。
はい。特に音楽なんて水物なんで、運が良くないとできないですし。
だから、今度は自分の一番の武器である音楽を全面に出さずに、新たにゼロからイチをつくることができたら、それは素晴らしいことだと思ったんです。
その行為に再現性が生まれれば、ゼロをイチにする作業が何回でもできるだろうと。それはある意味、100億円持っているよりも大事な能力だなと思っていて。
……いや、やっぱ100億持ってる方が嬉しいかもしれないけど(笑)
そうです。「ゼロをイチにすることは自分にはできる。大丈夫」っていう感覚が、自分の中に実感としてあることが最も大切で。その事実を積み上げていきたい気持ちがすごくありますね。
そこら辺の、なんていうんだろうな……。「人からどう思われるか」については、とらわれないようにする訓練をしたというか。
“ぼくりり”の終盤はよくTwitterが炎上していたんです。不特定多数の人から結構な罵詈雑言を浴びせられていて。
でもこれにはある種の意図もあって、燃やされることによって自分の能力が一つ追加されると思ったんです。
精神的に強くなったといいますか、一度特大の火力で燃やされたことによって、弱火で炙られたぐらいではなんとも思わなくなりました。
しかも、燃え散らかした後にみんながどれぐらいのスピードで忘れるのかが、自分の体で実感できてるんです。理不尽な誹謗中傷を受けることがあっても、1〜2カ月経てば大丈夫だって。
それに、誹謗中傷や罵詈雑言をシャットアウトすることができるようにもなりましたね。「たなか」って名前だと、エゴサーチもできないし(笑)。そうやって「人からどう思われるか」をすごく気にしちゃう自分からは、解放された感じですね。
うーん……なんででしょうね? やっぱり、自分がそこにとらわれる恐怖心があったからじゃないですかね。
僕は進学校に通っていたこともあって、昔から「レールに乗っている感覚」がすごくあったんです。中高出て、良い大学行って、良い会社に就職してウンタラカンタラみたいな。
結局音楽家になりましたけど、じゃあアーティストとして自由にやれてたのかというと、意外にそうでもなく。実際はサラリーマンのレールから音楽家のレールに乗り換えただけだったんです。
はい。音楽家は見た目は華やかだし、「メディア出てすごいね」「主題歌やってすごいね」って感じになるんですけど。
逆にサラリーマンではなく、一見自由なアーティストっていうポジションになったからこそ、“呪い”はより強まると言いますか。「音楽家としてああしなければ、こうしなければ」という謎の義務感がずっとあって。
でも、そういうものにとらわれなくても大丈夫かな、まだ若いし、と。
きっと以前の僕のように、過剰なまでに「ここで勝たなければ」とか、「よくあらねば」みたいな呪いにとらわれてしまっている人って多いと思うんです。
でも実際は、誰かの期待に応えることをやめても、嘲笑を受けたとしても、こんなに幸せでいられる。
僕は「たなか」になることでそれを知ったので、同じような呪いにかかっている人たちに、それをメッセージとして伝えていきたいんです。
逆に、やきいもが仮に5個しか売れなかったとしても「めっちゃ仕入れたのに5個しか売れませんでした、悲しい」っていう動画をあげたら、それはそれでありじゃないですか(笑)。
そうです。負け筋が存在しないというか。人生って本来そういうものだと思うんですよ。
たなかとして次に何をするかはまだ決めてないんですが、これからどんな活動をするにしても、「人生に負けなんて存在しない」ってスタンスは変わりません。
こんな「たなか」という存在が、皆さんの“呪い”を解く…なんて言ったらおこがましいけど、和らげる一助になっていればうれしいですね。
取材・文/一本麻衣 編集/河西ことみ(編集部) 画像/本人提供