キャリア Vol.897

カツセマサヒコが送る“もう30歳になっちゃう病”への処方箋「自分の日常を好きだと思えたら、それはそれでよくない?」

社会人になって数年が経ち、入社当初に思い描いていた“30代のカッコいい大人”に近づいていないことに焦る人は少なくないはず。

30歳を目前にして「新しいことに挑戦したいけど、もう遅くないか?」と、モヤモヤする気持ちを抱えることもあるだろう。

そんな人たちに今回アドバイスをくれたのが、ライター・編集者としてWebメディアの第一線で活躍するカツセマサヒコさん

カツセマサヒコ

カツセマサヒコさん
1986年東京生まれ。大学を卒業後、2009年より大手印刷会社にて勤務。趣味で書いていたブログをきっかけに編集プロダクションに転職し、17年4月に独立。Webライター、編集として活動している。デビュー作『明け方の若者たち』(幻冬舎)が好評発売中 Twitter:@katsuse_m Instagram:@katsuse_m note:https://note.com/katsuse_m

Twitter上で「タイムラインの王子様」として人気を博していたカツセさんは、この6月に初の著書となる小説『明け方の若者たち』を上梓。即重版がかかるなど、文筆家としての影響力を確かなものにしている。

しかし実は、カツセさんのキャリアのスタートは、大手印刷会社の総務職。クリエーティブな仕事への憧れを捨てきれず、未経験から編集プロダクションに転職したのは、27歳のことだ。

新卒入社から6年目で、大手企業を辞め夢へと動き出したカツセさんが「もうすぐ30歳になっちゃう」と焦る20代に送る言葉とは?

誰かに引っ張り上げてもらいたくて、地道に種をまいた20代

僕は新卒で企画などのクリエーティブな仕事がしたくて、大手の印刷会社に就職しました。しかし最初に配属されたのは、まったく希望していなかった総務部。ショックは大きかったですね。やりたい仕事でもないし、適性があるわけでもなかったから、本当に仕事ができなくて。

運良く同僚には恵まれ、なんとか続けていくことはできそうだったのですが、ずっと「俺、このままでいいんだっけ?」という違和感はぬぐえませんでした。

そもそも大企業を選んでいる時点で、それなりに安定志向の人間。面白い仕事ができそうだからといって、創業して間もないベンチャーで挑戦するのは怖い。

自分から大きなチャレンジをできるほど度胸もなかったので、誰かが引っ張り上げてくれることを期待しながら、地道な種まきをするしかなかったんです。それで、会社終わりや土日を使って自主企画のイベントを開いたり、個人ブログを書いて発信したりしていました。

ブログを一年くらい続けたタイミングで、幸いなことに、ある編集プロダクションの代表から声を掛けてもらい、転職することになりました。今考えても、ラッキーでしかなかったと思います。

カツセマサヒコ

もちろん、大企業で得られていた安定や収入を投げ出す不安はありました。でも死に物狂いで働けば、お金はどうにかなるとも思えたんですよね。それより大きかったのは、ライターになったことによって「文章を書くことを嫌いになったらどうしよう」という不安です。

ずっと好きだったことなのに、仕事にしたら嫌いになるかもしれない。嫌いになったら、飽きたら、どうしよう? と思いながら、ライターになったのが社会人6年目。27歳のときでした。

別の仕事をしていた5年間のおかげで、
ハイジャンプできる「バネ」が生まれた

未経験の職種で入社して、改めて新人生活を始めること自体に、抵抗はありませんでした。社会人としての振る舞いやコミュニケーションの方法は、企業規模や職種が違っても、そんなに変わらない。実際、総務部で全然活躍できなかった僕でも、組織で働いた経験を生かせる場面はしばしばありました。

新卒でも第二新卒でもない、アラサーでの再スタートだったからこそ、いいこともあります。「やりたいことができずに苦しんでいた昔に比べたら、今は全然マシだ」と常に思えたんです。

どれだけしんどい量の原稿を抱えていても、面倒なテープ起こしが溜まっていても、「あの頃の自分よりはマシ!」と思える。5年分の“バネ”を蓄積していたからこそ、大変な仕事でも乗り越えて、ハイジャンプができたんだと感じます。

僕、総務で5年間働いたけど全然仕事ができなくて、自分の実績だ! と胸を張れる仕事なんて一度もしたことがなかったんです。でも、ライターになったらわずか一週間で、自分の書いた記事を世に出すことができた。これは僕の中で、本当に大きな出来事でした。

カツセマサヒコ

それからも文章を書くのがとにかく楽しくて、入社前の「書くのが嫌いになったらどうしよう」という不安は杞憂に終わりました。

ただ、やっぱり新卒の頃からライティングの経験を積み重ねてきた人には、勝てないという思いはあって……。そのキャリアの差は、 どうやっても埋まりません。

でも、真っ向勝負が無理だったら、自分が強みを発揮できる別のルートで闘えばいいと思うんです。僕だったら総務時代に「大手企業の全社員を相手にしていた」ことだったり、「会社の環境整備に尽力していた」ことだったり……。そういう経験をライター業務に何かしら生かしてこれたし、こうして小説のネタとしても使えたわけですから。

「もっと早く挑戦していたら」と思い続けていても、仕方ないんです。せめて自分の人生を肯定してあげられるように、考え方をシフトすることが大事かなと思っています。

1社目でベストな環境や組織に行けるなんて、ガチャで言えば 「SSレア」みたいなもの

僕には幸い、物書きとしての働き方が合っていたようで、今のところはなんとか周りに必要としてもらえるくらいにはやれています。

でも、この「今」があるから、総務部時代のことは「向いてなかった」って笑って済ませられるわけで……当事者だったあの頃は、そんなふうには思えなかったはずなんです。

その仕事しかやったことがない自分にとっては、仕事の「向き不向き」では終われない話。ただただ「俺はダメな人間だ」「こんなはずじゃなかった」って、頻繁に会社のロッカールームで泣いていました。

だから、あんまり簡単に「向いてなかった」で済ませたくない気持ちもあります。

カツセマサヒコ

だけど、今考えればそもそも1社目でベストな環境や組織に行けるなんて、ガチャで言ったらSSレア。アタリが出なくて当たり前だったんですよね。

それなのに無理やり同じ場所に留まって、自己肯定感を下げ続ける必要はない。違和感があるなら、仕事や環境を変えて、再スタートしてみたっていいんだって思えるようになりました。

その上で、良いキャリアチェンジをするためには「自分は今の環境の何が嫌なのか」を言語化することが大事だと思います。

例えば「体制が古い」「規模感の大きな仕事ができない」みたいに、今の仕事で気になる部分を洗い出して、次はそれを解消できるところに行けばいい。その繰り返しで、少しずつ調整していけるはずです。

昭和や平成初期は「会社ありきの人生」だったけど、令和はもっと「人生ありきの会社」でいい。ライフスタイルの変化や学びたいスキル、給料とのバランスなんかを足し算・引き算しながら、今の自分に合う会社を選んでいけばいいんです。

僕も、最初の会社を辞めて編プロに移り、フリーランスになったから、実質すでに3社目のようなもの。だからこそ、余計にそう思えるんですよね。

今の日常をちょっとでも好きだと思えたら、それでもうよくない?

ただ、全員が無理に転職をする必要もありません。30歳手前くらいになると、ある程度仕事もこなせるようになり、会社での人間関係も少しは良好になっていくはず。その生き方や居心地のよさを悪くないと感じるなら、年齢や世の中の風潮につられて焦る必要はまったくないと思うんです。

この記事もそうですけど、SNSやメディアには、キャリアチェンジに成功した人がたくさん登場します。そんなコンテンツばかり見ていると、つい自分も個人の活躍を期待してしまう。『明け方の若者たち』の主人公たちも、そういう世界に慌てているんです。

でも僕は、本当は全然焦らなくていいと思っていて。「自分はここでいい」と思えたら、目の前の日常をちょっとでも好きだと思えたら、それでもういいじゃんって思うんです。

それは、自分の人生を「諦める」とも「受け入れる」とも少し違う、もうちょっとポジティブな感覚で……。自分の手の中にあるものに気付いて、納得するみたいな瞬間があったら、きっと楽になれるし生きやすくなるんじゃないかなと。そういうことも言いたくて、この小説を書きました。

カツセマサヒコ

仕事だけじゃなく、結婚や子育てのようなライフイベントも同じです。年齢や社会の視線によってなんとなく焦りがちだけど、もう少し冷静に考えていいはず。

もちろん、本気で今すぐ結婚・子育てしたいならそれもいいんだけど、パートナーや子どもではなく、自分だけに100%のリソースを注げる「人生のゴールデンアワー」も、きっと20代の今しかないんですよ。

心の底ではまだ自分の時間を優先したいと感じているなら、焦らなくていい。ゴールデンアワーの真っただ中にいることを自覚して、できるだけそれを長くするように生きてみるのも、素敵だと思います。

……だから、そもそも30歳くらいで不安になる必要なんて、全然ないんじゃないですかね。

総務時代の先輩がよく言っていたんですけど、「不安は、やらなきゃいけないことに落とし込めていないときに出てくるものだ」って言葉があって。これは僕もずっと意識しています。

不安に思ったら、その不安を漠然としたままにせず、箇条書きして、対策を考えてみる。そうやって、クリアすべきタスクリストがつくれたら、少し前向きになれると思います。人生って、そういうことの繰り返しなんじゃないですかね。

カツセマサヒコ

人って、子どもの頃は「成人したら大人になれる」と思っていたし、学生時代は「大学を卒業したら大人だ」、今は「30歳になったら……」なんて思っているけれど、実はずっと子どものままですよね。

僕は今33歳だけど、ずっと大して変わっていない気がします。きっとこれからもこのままいくんだから、いちいち不安になってもしょうがない。不安になったら行動に落とし込みつつ、自分のことを肯定してあげられたら、それだけでなんとかやっていけるんじゃないかと思っています。

取材・文/菅原さくら 撮影/赤松洋太 企画・編集/大室倫子

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カツセさん初の小説『<a href='https://www.amazon.co.jp/%E6%98%8E%E3%81%91%E6%96%B9%E3%81%AE%E8%8B%A5%E8%80%85%E3%81%9F%E3%81%A1-%E3%82%AB%E3%83%84%E3%82%BB-%E3%83%9E%E3%82%B5%E3%83%92%E3%82%B3/dp/4344036239' target='_blank' rel='nofollow noopener noreferrer'>明け方の若者たち</a>』(幻冬舎)好評発売中!
カツセさん初の小説『明け方の若者たち』(幻冬舎)好評発売中!
何者でもない自分に絶望したり、 覆りようのない現実に泣いたりしていたのに、 振り返れば全てが、美しい。 人生のマジックアワーを描いた、20代の青春譚。

安達祐実、村山由佳、尾崎世界観、紗倉まな、今泉力哉、長谷川朗、推薦!近くて遠い2010年代を青々しく描いた、人気ウェブライター・カツセマサヒコのデビュー小説。
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