キャリア Vol.924

「手段を目的化するのは日本人の病」元最強の会社員・田端信太郎が語る“会社で働く”意味

NTTデータ、リクルート、ライブドア、LINE、ZOZO……。名だたる会社に就職し、会社員としての旨みを享受してきた田端信太郎さん。独立した今、これからの時代に会社員として働く意義をどう考えるのだろうか。

田端 信太郎さん

田端 信太郎さん

1975年石川県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。NTTデータを経てリクルートへ。フリーマガジン「R25」の立ち上げや、広告営業の責任者を務める。2005年、ライブドア入社、ライブドア事件を経て執行役員メディア事業部長に就任し、ライブドア事件後の経営再生をリード。10年コンデナスト・デジタルでカントリーマネージャーに就任。12年NHN Japan(現LINE)執行役員に就任。18年スタートトゥデイ(現ZOZO)コミュニケーションデザイン室の室長に就任し、19年12月退職。現在はオンラインサロン「田端大学」塾長の他、複数のベンチャーの顧問などを務める。最新著に「これからの会社員の教科書」(SBクリエイティブ) TwitterYouTube

「乗り心地がいいから」で会社を選ぶ人、多すぎない?

僕は会社って乗り物みたいなもので、会社選びは交通手段を選ぶのに似ていると思っています。目的地を定めて、そこまで最短で行くなら新幹線や飛行機を使えばいいし、寄り道しながら行くならレンタカーが適しているかもしれない。

僕は自分一人では行きにくいところに連れていってもらうための手段として、ある程度まで新幹線で行き、目的地に近づいたらレンタカーを借りて自分の思うように進むような組み合わせが一番いいと思って、昨年末に会社を辞めて独立しました。

とはいえ、今はレンタカーで自由気ままに楽しんでいるけれど、遠方に行きたくなったらまた電車に乗るでしょう。結局はその時々に何がしたいかですよね。

要は自分のゴールと行き先が一致している限りは乗っていればいいし、そうじゃなくなったら降りればいいわけです。例えば東京から奈良に行くのに、新大阪までは新幹線に乗るとする。その時に、乗り心地がいいからって新大阪で降りない奴はバカでしょ?

田端 信太郎さん

若い時から明確に目的地が決まっている人は稀でしょうけど、それにしても「東と西」「暑い場所か寒い場所か」くらいの大まかな方向性すら定まってない人が多いと思っていて。

「プラチナチケットのあの電車に乗らなきゃ」「座席の座り心地がいいらしい」など、行先も確かめず人気の列車の椅子取りゲームみたいになっている現状の就活にも疑問があります。

相手がどの新幹線に乗っているかも知らずに「あいつはグリーン車に乗っているからすごい」と思うことに意味はあるんですかね? いくら良い席だからって、東京から鴨川シーワールドに行くのに新幹線に乗るのは違うじゃないですか。

そもそも20代の皆さんの中には、良い大学があるのと同じように「良い会社」があると思っている人がいますよね。偏差値のような一つの物差しはなく、会社を測る尺度はさまざまです。結局のところ「その人にとっていい会社」があるだけで、万人にとっての良い会社はない

例えばセブン&アイ・ホールディングスはすごい会社だと思うけれど、僕は入社したいとは思わない。でも顧客として見たときに、複数のコンビニが並んでいたらセブンイレブンを選びます。つまり「良い会社」ってどの目線で見るかで変わるんです。

まあ、「とりあえず人気の列車に乗ってみたい」と思う気持ちはわからなくもないですけどね。ただ、その列車に最後まで乗れるわけではないし、定年を迎えれば強制的に降ろされる。その時に「本当にここに来たかったんだろうか」と気付いても手遅れです。

だから、もし今、僕が大学生だとして、会社に就職するかは「分からない」です。やりたいことがあれば起業するかもしれないし、特になければとりあえず就職するでしょう。就活自体はいろいろな会社を見て回る社会科見学として、面白い機会ですしね。

独立から半年ちょっと経って感じる、オアシスにいるジレンマ

僕自身は1社目でNTTデータに入って、間違いなくよかったし、すごく感謝しています。厳密に言うと当時の先輩や上司など、人への感謝。

僕は会社で得られるもののほとんどは「人」だと思っているんです。特に頭脳労働のビジネスは個人の頭の中にあるものが付加価値の源。社員が「いい会社だから」と居続けるのは、言い換えればそのネットワークにいることが自分にとって有意義だということです。

また、同じ会社であることには、人と人との距離や関係性を深める性質もあります。会社にいた時に全く縁がなかった人同士がOG/OBになってからつながることもあるわけですけど、「あの会社にいたなら最低限これくらいの実力はあるだろう」と、能力やモラルヘの信頼レベルが上がる。辞めてもなお「同じ会社にいた」という信頼感があり続ける会社は強いなと思います。

田端 信太郎さん

もう一つ、会社員の利点はコンフォートゾーンから出られること。成長のためにはコンフォートゾーンから出る必要があるけれど、それを一人でできる人はそんなに多くない。大坂なおみ選手にもコーチがいるわけで、他人からの無茶ぶりがあって初めて乗り越えられる壁は結構ある。

僕自身は若いうちからコンフォートゾーンにいてはダメだと思って約20年やってきたけど、40歳を過ぎてビジネスパーソンとしての人生を折り返した気もして。「そろそろ自分が好きなことだけをやるオアシスに行ってもいいのかもしれない」と、今年独立しました。

ただ、半年ちょっと経って思うところもあるんですよ。

例えば自分のオンラインサロンに不満があれば、メンバーはそっと去っていくだけ。怒られることはないわけです。当面はいいけれど、3年、5年と続けていった時に、出がらしみたいになりそうな気もしています。

このままオアシスに居続けるのは退屈な気もするけど、とはいえ会社員で部下を数百人抱えて、役員を担って……となると、今度は祭り上げられちゃうんですよ。

特に個人と会社の看板が一体化するほど、「恥をかかせちゃいけない」と周りが忖度して、ガチンコの真剣勝負の場からはどうしても遠のく。ある意味、大軍を率いて大将をやっていること自体がコンフォートゾーンになってしまうわけです。

そういう意味では自分一人になった方が身軽になってコンフォートゾーンから出やすくなるようにも思うんですけど……その辺は結構モヤモヤしていますね。

田端 信太郎さん

田端さんもモヤモヤするんだ……

「会社で働く意味」の答えは自分の状況次第で変わる

今回のテーマは「会社で働く意味」ですけど、結局のところ、答えはその時の自分の状況によって変わるんですよ。それに、就職の線引き自体も曖昧になっています。兼業やリモートがOKになって、フルタイムが全てではなくなった今、「会社員って何だっけ?」っていう。

この先はさらに境目が曖昧になり、グラデーションが広がっていくでしょう。会社に就職するっていうのは、「既存の集団に一定期間深くコミットする」ことで、それ以上でも以下でもない。そういう意味では、ゼロかイチかで考えても仕方がないかもしれないですね。

最初に会社選びを交通手段にたとえましたけど、当然いろいろな旅があっていいし、目的地は随時変えていい。時には隣の席の人と世間話が弾んで、目的地が変わることだってあるでしょう。

忘れてはいけないのは、乗ること自体は手段だということ。「なんとなく乗り心地が良いと聞いたから」って動機で就活している人が多いけど、乗ることが目的になってしまうのは寂しいと思うんですよ。それこそコロナショックで在宅勤務になって、グリーン席に座れなくなった人もいるわけだし。

手段が目的化しがちなのは、就活に限らず、日本人の病。就職が全てではなくなり、選ぶのはより難しくなったけれど、本質は「どこに行きたいか」であることは変わりません。それだけは忘れずにいてほしいなと思いますね。

取材・文/天野夏海 撮影/赤松洋太


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