【御用聞き営業の本質】街の電器店が年商10億円を稼ぐ理由「日本人の“血”が求めている」
毎日お得意さまのもとへ東奔西走。訪問するたびに行われる値下げ交渉の攻防や、リピートをもらうためのご機嫌取り。営業マンの中には、そんなスタイルを「御用聞き」と揶揄し、カッコ悪いイメージを抱いている人もいるかもしれない。
だが、そんな「御用聞き営業」を実直に重ね、大手量販店ですら苦戦を強いられる厳しい家電戦争の時代に20年間も黒字経営を続けている会社がある。東京都町田市に店舗を構える『でんかのヤマグチ』だ。
一見すれば、昔ながらの「街の電器屋」。しかし、その中身は大手も驚く顧客主義が貫かれていた。独自路線を突き進むでんかのヤマグチの姿から、今、改めて「御用聞き営業」の価値を問い直したい。
創業以来の経営危機。だからうちは「安売り」をやめた
創業してから50年。今でこそ徹底した「御用聞き営業」のスタイルで地元、町田市民に愛され続ける街の電器屋『でんかのヤマグチ』だが、今から約20年前、最大の危機に面していた。店舗の1.5km圏内に大型家電量販店が相次いで6店舗も進出し、深刻な顧客離れが危惧されたのだ。概算で約30%の売上減。創業者にして代表取締役社長の山口勉氏は、この未曽有のピンチを前に、そう予測を立てた。
「この3割の売上減をどうカバーするか。そこで考えたのが、粗利率の改善です」
当時の『でんかのヤマグチ』の粗利率は25%。これを35%まで引き上げようと決断した。粗利率を上げるには、卸値を抑えるのが鉄則だ。しかし、大量に仕入れられる大手量販店とは違い、小さな電器屋が、大手メーカーを相手に仕入れ価格をコントロールするのは現実的に難しい。そこで、山口氏は販売価格に目を向けた。
「よく『利は元(卸値)にあり』っていうけれど、うちはその逆。『利は売価にあり』の精神で、他店よりも高く売ることを決めました」
競合各社が「1円でも安く」と躍起になる中、時代に逆行するような高価格路線。例えば、量販店なら15万円ほどのテレビを、ヤマグチは30万円で売る。そんな大胆無謀な計画を成功させるために行ったのが、顧客リストの精査だ。
5年以上購入履歴のない顧客はリストから外し、他店のチラシを持って値引きを要求してくる相手にも「じゃあ、よそで買ってください」と応じた。結果、顧客リストはそれまでの3分の1にまで絞り込まれた。
「お得意さまが3分の1になった分、残ったお客さまには3倍のサービスを提供しようというのが、うちの考え。お客さまには失礼になってしまう言い方になりますが、お客さまがヤマグチを選ぶのではなく、ヤマグチがお客さまを選ぶという方針に切り替えたのです」
「遠くの親戚より、近くのヤマグチ」。転機は徹底した付加価値営業への切り替え
それが、現在まで続く「御用聞き営業」誕生の瞬間だった。3倍のサービスで、価格以上の価値を感じてもらう。いわゆる付加価値営業への転換である。しかも、この徹底ぶりが半端ではない。
テレビの配線や電球の取り換えなんて朝飯前。旅行に出かける顧客に代わって庭の植木に水をやったり、通院する顧客を車で病院まで送迎することは日常茶飯事だ。「街の電器屋」の枠を軽く飛び越え、顧客が困っていることがあれば何でも駆けつける。
「中には買い物に出かけたお客さまが、出先でエアコンを切り忘れたことに気付いて、うちの営業マンに電話してくれたこともあって。『悪いけど家まで行ってエアコンを切ってもらえないか。合鍵の隠し場所はどこそこだから』なんて頼まれたこともありました」
まさに「遠くの親戚より、近くのヤマグチ」という同社の標語を象徴するようなエピソードだが、「今では『近くの子どもより、近くのヤマグチ』ですよ」と山口氏は笑う。実の子どもにもおいそれと頼めないことも、ヤマグチになら気兼ねなく頼める。そんな盤石の信頼関係が築かれているのだ。
「粗利を追求していこうと決断して以来、うちでは売上計画というのをやめました。売上が目標にあると、どうしても利益そっちのけで、安く売って数字を埋めようとする。でも、それじゃいけない。代わって徹底しているのが、利益計画です。外回りから帰ってきたら、営業マンはみんな『今日上げた利益はいくらでした』って会話をしている。そのためにも、製品ひとつひとつの卸値まで全員にきちんと把握させています」
こうした抜本的な経営改革に最初は不安もあったと言う。しかし、1年1年と着実に粗利率は向上し、8年目で当初の目標であった35%に達した。売上の内訳を見れば約65%が訪問販売。顧客層は、50代後半以降のシニア層が中心だ。逆風の中、舵を切った「御用聞き営業」への特化が、『でんかのヤマグチ』を競合間の熾烈な価格競争にも負けない超優良店へと押し上げたのだ。
よそはよそ、うちはうち。量販店のチラシは20年間一度も見たことない
『でんかのヤマグチ』のオリジナリティは、こうした“我が子以上”の親密な関係性づくりだけに限らない。他にも象徴的なのが、店頭での週末イベントだ。店先にテントを出し、季節に応じて、ジャガイモやサンマ、鹿肉など様々な食材を使った料理を振る舞い、来店客にお土産として持たせる。普通の電器屋では見られないこんな特殊な光景が、もうかれこれ37年も続いていると言う。
今や近隣の住民にとって、ヤマグチのイベントは街の名物である。幼い頃から両親に連れられ、よくイベントに遊びに来ていた若い世代が、大人になってヤマグチに家電を買いに来るケースも珍しくない。異色の週末イベントが、世代を超えた顧客との関係作りに一役も二役も買っているのだ。昨今、大手量販店が顧客を囲い込むために軒並み導入しているポイントカードも、『でんかのヤマグチ』では扱っていない。
「うちは胃袋でお客さまの心を掴む。店先で鹿肉を食べたら一生忘れないでしょう(笑)」
この潔さが、山口氏の最大の武器だ。実際、山口氏は一度も近隣の大型量販店を覗きに行ったことがないそうだ。それどころか、他社の折込チラシの価格も一切チェックしないという。
「商売っていうのは、他人との戦いじゃなく、自分との戦い。それくらいでないと、こんな小さな電器屋はやってられませんよ」
ルートセールスに徹しているものの、口コミで評判を聞いた新規顧客の来店も後を絶たない。
「営業マンが話す100回のセールストークより、たった1回、お客さまから『ヤマグチっていいよ』とお知り合いに言っていただける方がよっぽど効果的。そのためにも私たちはとにかくお客さまのお困りごとに精一杯お応えするだけ。今いるお客さまを大切にすることが、一番の顧客獲得なんです」
この信念の土壌となっているのは、山口氏自身の幼少期の経験だ。町田に生まれ、実家が農家だった山口氏は、味噌や醤油が切れたら気軽に隣近所と貸し借りし合う環境で生まれ育った。そうした頼り頼られる昔ながらのコミュニケーションを、平成の世に『でんかのヤマグチ』で実践しているのだ。
「昔はそうやってちょっとした困りごとは隣近所で助け合って生きてきたんです。表面上は欧米化されたところがあるとしても、本質的には私たち日本人は大らかな農耕民族。ちょっとくらい他より高くても、そういう恩や縁があれば、ちゃんとうちで買ってくれるんです。若い人は御用聞きなんて効率が悪いと思う人もいるかもしれませんが、やっぱり直接お邪魔してご要望を伺う御用聞き営業は、商売の原点なんですよ」
競争の激化する家電業界で、着実に成長し続ける『でんかのヤマグチ』。その経営の本質には、古き良き日本の原風景があった。
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取材・文/横川良明 撮影/竹井俊晴
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