転職 Vol.212

「起業直後にこそ営業力は必要」ベンチャー企業の生死を見てきた男が見出した、彼らを救う“蜘蛛の糸”とは

近年、3Dプリンターやクラウドサービスの登場などの環境の変化により、エンジニアのバックボーンを持つ人が起業する例が増えている。

そんな中、2015年6月にマイクロソフトなどで数多くのベンチャー企業への技術面、ビジネス面でのサポートを行ってきた経験を持つ馬田隆明氏が『セールスアニマルになろう スタートアップ初期の営業戦略』というスライドを公開して話題になった。

このスライドの中で、馬田氏は、特にエンジニア出身社長が立ち上げたベンチャーの多くが、ある「幻想」に陥っていると語っている。

「特に起業したばかりの人の多くが、『良いものを作れば売れるはず。だから営業しなくてもいい』と考えていますが、それは勘違いです。ベンチャー企業にこそ営業力が必要なんです」

その真意についてインタビューすると、こうしたベンチャーが陥りやすい問題点と、その打開策が垣間見えた。

馬田隆明氏

馬田隆明氏

2007年、マイクロソフト株式会社に入社。Visual StudioプロダクトマネージャとしてVisual StudioやMicrosoft Popflyのマーケティングに携わる。Microsoft Ventures Tokyoのエバンジェリストおよび代表代行として数多くのベンチャー企業を対象に技術面およびビジネス面でのサポートで活躍。2015年4月に退社し、現在はベンチャー企業に対するビジネス支援活動などを行っている

「良い製品を作れば売れる」という幻想

馬田氏は、ベンチャー企業に営業力が必要な理由について、次のような時代背景をあげた。

「近年、SNSや新製品やサービスを取り上げてくれるメディアなどの登場で、お金をかけずに、自分の手で情報発信をしやすくなった面はあります。そのため、露出すれば売り上げにつながると考えがちですが、そうではありません。裏を返せば、顧客の得る情報が増えることで、彼らの選択肢も増えているということでもあるのです」

馬田隆明氏

買い手の選択肢が増えるということは、選ばれるために商品力を強化しなくてはならない。そのような状況にもかかわらず、エンジニア主体の会社はユーザーニーズとズレた商品開発に注力してしまう危険性があると馬田氏は話す。

「ベンチャー企業の武器は新しい商品やサービス。しかし、これは弱点にもなり得ます。特に経営者がエンジニアだと、純粋に自分が作りたいものを作ったり、商材が新しいために、本当にターゲットのニーズに合致しているかどうかが不確かなまま、開発を進めたりということも少なくありません。作りたいものを作ることは決して悪いことではありませんが、会社として拡大していく上では障害になることもあり得るのです」

もちろん、市場のニーズに合致していて、優れた商品を作るベンチャーもある。しかし、全部が全部ではない。

「残念ながら、製品やサービスの性能や技術面は優れているにも関わらず、会社を畳んだベンチャー企業をいくつも見てきました」

ニーズを見つけ、商品に反映できる企業が生き残れる

「今思い返せば、彼らに必要だったのは『需要を掘り起こし』、『製品・サービスのブラッシュアップに活かす』スキルでした。市場のニーズとズレたベンチャーが生き残るためには、全く新しい商品に関してのニーズを見つけ、それに商品を合わせていかなければならないのです」

買い手に選ばれる商品をつくるには、ユーザーニーズを汲み取り、商品に反映することが必要。そしてその両方に、営業力が必要なのだと馬田氏は話す。

馬田隆明氏

「全く新しい商品の需要を探るためには、買い手側と密にコミュニケーションを取っていなければなりません。過去に例がない新しい商品であればあるほど、買い手側が求めていることを正確に把握しなくてはならないのです。買い手側との接点をつくり、そこで商品テストができるほど打ち解けるための営業力が必要だと思います」

また、その汲み取ったニーズを商品開発に落とし込む際に活躍するのもまた営業力だ。

「ニーズを汲み取っただけでは何も変わりません。重要なのは、それを社内に説明し、商品の改善に活かすこと。そのときに、社内のステークホルダーを納得させるような説明をしなくてはなりません。つまり、商品力を高めるためには、顧客に深く入り込み、彼らのニーズや商品への要望を探り、自社に戻って開発部署にフィードバックすることができるという双方向へのコンサルタントのような営業力が必要なのです」

インサイト営業にこそベンチャー企業の未来がある

しかし、市場ニーズを商品に反映できたとしても、それで終わりではない。次にベンチャー企業が直面するのは他社に「模倣」されることだ。

魅力的な製品やサービスを中心に、スピード感を持ってビジネスを展開していくのがベンチャー企業の特徴。しかし、3Dプリンターなどの出現もあり、いかに優れた製品でも、まねされやすくなったり、ベンチャーが軌道に乗せたビジネスモデルを大企業が模倣し、市場を占有してしまう例も見られる。

「例えば今、プログラミングを教える教育・研修ビジネスが続々と登場していますが、ユーザーにとってはどこも似たようなサービスに見え、違いが分かりにくい。この状況を打破するために、違いを伝える“売り込む”スキルが必要なのです」

さらにこの“売り込む”スキルも、従来型のただ商材の説明をして売るという方法では立ち行かなくなると馬田氏は続ける。

馬田隆明氏

「誰もが欲しい情報を簡単に得ることができ、企業と顧客の情報レベルの差がなくなりつつあります。そのため、需要を満たすための解決策を顧客がすでに知っている可能性が高い。そのため、現在のビジネスの主流である、解決策を“提案する”ソリューション営業では売れにくくなっているのです。そのような場合、買い手自身が持つべき需要に売り手側から“気付かせる”『インサイト営業』が有効です」

インサイト営業で発展した例として馬田氏が挙げたのは、今や大企業になった2社の例だ。

「Microsoft創業者のビル・ゲイツは、まだ商品が何もない段階で『商品ができたから買ってくれないか』と鎌をかけて顧客のニーズを表面化させ、契約を取りました。彼が商品を作り始めたのは受注してからなのです。また、大阪に本社を持つ電子機器メーカーのキーエンスは、営業マンが顧客の製造現場にまで入り込み、コンサルティングとも言える専門性ときめ細かさとで顧客自身も気付いていないニーズを先取りしていくという営業姿勢で成長を遂げてきました」

将来、日本からもAppleのように世界的なイノベーションを起こす企業が出るかもしれない。その企業は意外にも、エンジニアリングだけに特化した企業ではなく、営業力に優れたベンチャー企業なのかもしれない。

取材・文/浦野孝嗣 撮影/竹井俊晴

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