「いま、恐怖の中にいる」西野亮廣が“崖っぷちの場所”にあえて身を置き続ける理由
55万部超え(11月25日現在)のベストセラーとなった絵本『えんとつ町のプペル』が映画化され、12月25日より全国公開される。
映画の製作総指揮・原作・脚本を務めた西野亮廣さんは、絵本の世界に舵を切ってから、常に周囲を驚かせるチャレンジを続けてきた。
登録者数が7万人を突破したオンラインサロンの運営、総工費15億円をかけた美術館の建設、クラウドファンディングを活用した海外の子どもたちの支援など、その活動内容は全容を把握しきれないほどだ。
西野さんのように挑戦し続ける人生は、輝いている。でも、「会社員の自分には関係のない話」と、最初から諦めている人はいないだろうか。
一方、西野さんは「会社員はフリーランスよりも圧倒的に挑戦しやすい環境」と断言する。その理由とは?
世間のニーズに合わせるのは、やめた
――絵本『えんとつ町のプペル』の発売から約4年、ついに映画化が実現します。どんなお気持ちですか?
実は、先に映画の脚本があったんです。8年前に。それを見てもらいたかったんですが、知らない作品を観に映画館に足を運ぶ人はいないだろうなと思って、脚本全体の結構な部分を間引いてスピンオフとして出したのが絵本『えんとつ町のプペル』です。
そこで認知を獲得してからの映画化なので、8年越しなんです。それしか方法がなかったんですけど、ずいぶん時間が掛かったなという感じですね。
――4年どころか、8年越しの夢を実現されようとしているのですね。絵本と映画では、内容は大きく異なるのでしょうか?
内容は全然違いますね。そもそも、絵本には主人公がまだ出てなかったので。
――えっ、絵本に主人公は登場していなかったのですか?
まず、絵本ではルビッチとゴミ人間のプペルが一応の主人公なんですが、実は物語の一番の軸はこの二人ではなく、ブルーノというルビッチのお父さん。彼が、『えんとつ町のプペル』の主人公なんです。
でも、ブルーノは絵本には出ていないんですよ。出しちゃうと、話が長くなってしまうので。
――もし絵本が広く知られることがなければ、映画化が実現せず、主人公であるブルーノは表に出ないままだった……という可能性もあったわけですよね?
そうです。だから意地でも売るっていう(笑)
スピンオフから世に出すのって、そういうリスクがありますよね。でも、全く知らない作品の映画って見ないと思うので、それしか方法がなかったという感じです。
――映画化にあたり、西野さんが一番こだわったポイントは何ですか?
「世間の人がこれを求めているからこういう球を投げよう」というのはやめて、自分が作りたくて仕方がないものを作ってしまって、それを何とかして届ける、ということですね。
先にマーケティングがあるような商品を作るのではなくて、作品を作ってからマーケティングをやる。この順番はちゃんと守りました。
ただ、映画の制作中にはいろんな声がありましたよ。「恋愛シーンを入れた方がいいんじゃないですか」とか。
そういうのは「売れるもの」を作るためには大事なことかもしれませんが、自分は作品にしか興味がない。『えんとつ町のプペル』はファミリー向けの話ですし、恋愛要素はストーリーに関係ないから、そういうものは入れませんでした。
――なるほど。周囲の声に惑わされず、西野さんが作りたい作品を作ったんですね。
と言うのも、そもそも『えんとつ町のプペル』という作品は、自叙伝的な話なんですね。
僕は別に特別な人間ではないですが、僕に刺さる作品を作ってしまえば、僕と似たような境遇にある人には刺さるはずじゃないですか。そういう人は結構いるだろうなと。
だって、挑戦する人が迫害を受けるというのは基本的には世の理で、みんなその洗礼を浴びているはずなので。「今◯◯が流行ってるから……」とか、そういうことはせずに、とにかく自分が好きなものを作る。自分に刺さる作品を作るというのは、最後までブレなかったですね。
――自分と同じような人がたくさんいると考えたのは、なぜですか?
絵本の部数がどうとかではなく、『えんとつ町のプペル』がいろんな人に刺さっているのを現場で見てきたので。
例えば、『えんとつ町のプペル 光る絵本展』というのを国内外で開催してきたんですが、特に海外でやるときは、自分かスタッフが旗振ってやるんです。エッフェル塔とかニューヨークとか。東京タワーや地元の満願寺というでっかいお寺で開催した時も自分たちでやりました。
でもそれ以外の、国内何十カ所で開催された『えんとつ町のプペル 光る絵本展』は、全部お客さんが旗振りをやってるんですよ。この絵本展を自ら主催したいと手を挙げてくださったお客さんがたくさんいたんです。これって結構すごいことだなと思っていて。
要するに、その人がどうしても『えんとつ町のプペル』という作品を「届けたい」と思ったわけじゃないですか。自分の休みの日とかを潰してまで。
今みたいな部数になる前からその運動は起きていて、深く刺さってるんだなというのはそこで分かったので。こういう人がいるのは確実なので、ここから動かなくていいじゃん、と。
「ここでコケたら終わり」という状況にあえて身を置きたい
――映画『えんとつ町のプペル』の脚本のあとがきには、西野さんが絵本の世界に飛び込んだ時の思いが書かれていました。25歳当時、なぜ周囲の芸人と全く違うルートを選択できたのでしょうか?
自分は非常に欲が強いんですよ。エンタメで世界をとると言っている手前、「この辺でいいか」みたいな折り合いはつけられないですね。
――周囲からどんなに反対されても、気持ちは1mmも揺るがなかったのですか?
芸人としてデビューしてから25歳までの間で、やり切ったと言えばやり切ったんですよ。
もし自分があの時サボったなとか、そういうのがあったら、もうちょっと続けてたかもしれないですけど。ずっと起きて、ずっとネタを作って、ずっとお笑いやって……。もうやり切ったなと感じていました。
でも、やり切ったのにここにいるってことは、やり方が間違ってるんだろうなと。
だって、世界を取ってないわけですから。当時は、ただレギュラー番組がいっぱいあるだけだった。そんなやつがアメリカに行ったところで、誰も知らないわけじゃないですか。それは嫌だったんです。
――お笑いというジャンルに対して燃え尽きたわけではなかったんでしょうか?
それ結構言われるんですけど、「もっと面白いことをしたい」だけの話なんです。漫才よりも、テレビよりも、もっと面白いことをしたいっていう非常にシンプルな感情で。
「劇場で漫才してたけど、M-1出たい」みたいな感じです。もっともっと面白いステージに上がって、もっと面白いことをしたい、というだけ。
――今の西野さんは、まさにスケールの大きなエンタメに挑戦しているのですね。
世界に出て、海外の人も巻き込んで、そういう挑戦ができることに本当にドキドキします。
エッフェル塔で個展を開いた時とかも、お客さんはパリの人だけじゃなかったんですよ。いろんな国の方がエッフェル塔を訪れるので、多国籍なんです。なので、そこでちゃんと世界で通用するのか否かを確認できました。
個展開催の前日とかは、結構ゾクッとしますよ。自分たちの作ったものが、果たして通用するのか、次の日には結果が出るので。
それでスルーされたら、「自分たちは何年もの時間を費やしたのに、これはダメだったんだ」「世界に通用しないものだったんだ」ってなってしまう。ゾクゾクしますね。
――作品を通じて届けたいことが、ちゃんと人の心に届いてるのかということですよね。
そうですね。それが届いていたら、あとは広げていくだけ。六千人に見られているのを、六万人、六十万人とか、六百万人にしていく。なので、まずはちゃんと刺さっているかどうかが大事で。
怖いは怖いんですが、「ここでコケたら人生終わるな」みたいなところに身を置いておきたい、というのはあります。
今回の映画もそうですけど、「8年間かけて映画爆死しました」なんて言ったらもう、僕なんて一瞬で終わりですから。
――チャレンジできることが西野さんにとって大切なんですね。
そうですね。それこそ『映画 えんとつ町のプペル』でいうと、制作費の回収という面で言えば100万人の動員でもまだ失敗なんです。桁がヤバいじゃないですか。興奮します。
フリーランスよりも、会社員の方が挑戦できる
――20’s typeの読者は、会社員として働く人が多いのですが、「挑戦がしづらい」と思っている人も少なくない気がします。
僕は会社って、結構良いシステムだと思うんです。どれだけミスっても給料はもらえるから、むちゃくちゃ挑戦できるじゃないですか。
僕みたいなフリーランスは無理なんですよ。失敗して結果を出せなかったら、お金が発生しない。そう考えると、会社員の方が挑戦しやすいんです。
平日は働いて、土日を使って思いっきりめちゃくちゃな挑戦をやって。仮に土日を使ったプロジェクトが集客ゼロで、大コケしたところで、また平日働けば、生活は回る。でも、フリーランスはそうじゃない。
常に結果出さないと明日食えないので、結果が出やすそうなところに張ってしまう。ところが「おおよそここは結果出るだろうな」みたいなところは、基本的にレッドオーシャンです。皆がそこに集まるから。
それでいうと、会社員はコケても大丈夫という状況で張れるので、とんでもないことに挑戦ができる。会社員が知っておいた方がいいのは、そういうとんでもないメリットがあるっていうこと。
圧倒的に挑戦できる環境にいるんだから、挑戦した方がいい。
――確かに。それは、盲点でした……!
もう一つ言うと、会社に勤めているのであれば、いつでも辞められる状態で勤めた方がいいと思います。
――というと?
つまり、いつでも独立できる力と知識を持っていた上で会社にいないと、基本的には会社の言いなりになっちゃうので。
会社をプラットフォーム的に使うために「僕、別にこの会社にいなくても大丈夫なんですけど」って状態にしておけば、上司も社長も話聞くじゃないですか。
――それって、西野さんと吉本興業の関係にも当てはまるのでしょうか?
そうですね。もし吉本から明日解雇と言われても、自分の生活には何の支障もない。僕は「分かりました」と言うだけの話なんです。
いつでも辞められる状態にした上で、「ここは一緒に仕事しましょうね」「僕に対して副業禁止とか言うなら辞めます」という感じで、会社とちゃんと交渉ができるので。
そもそも会社ってよくできてるシステムで、だからこそ、もうちょっと上手に使った方がいいです。
――会社と対等に交渉できる関係を築ける人になるために大事なことは?
僕はもっと勉強した方がいいと思っています。
日本人はだいたい24歳ぐらいで勉強やめるじゃないですか。それ以降は死ぬまで勉強しない。本を読んで知識を仕入れ続けている人ってほんの一部で。それだとちょっと辛いかもしれないですね。
あとは、自分のファンを持つことだと思います。
フォロワーというよりファンです。その人のことを応援する人が1000人いたら、会社は手放さないので。だって商品は売れるし、お客さんを呼んでくれるわけだから。「給料上げてください」ってその人が言ったら、その交渉は通りますよね。
――ファンをつくるには、どうしたらよいですか?
スナックに飲みにいくのが一番いいですね。
――スナックですか?
そもそもスナックって、お酒とかつまみ目当てで行くところじゃないですよね。みんなコミュニケーション目当てで行くので、スナックで朝まで飲むと一生の友達になれます(笑)
だから、僕らの会社では実はそれを大事にしてますね。うちの新入社員やインターン生が自分たちでやってるんですけど、だいたい週末になると全国のスナックに行くんですよ。
東京はもちろん、鹿児島にも北海道にもいろんなところに行くんです。各地方のスナックで5~6人と飲んだりして、2軒回ったら10人とか確実にファンにして帰ってくる。これを10回やれば、100人のコアファンができるので。
先日、全国スナックツアーをずっとやってた一年目の社員の子が、クラウドファンディングをやったんです。それで1800万円が集まったんですが、その子を支援したのはスナックで一緒に飲んだ人たちでした。それがやっぱり大きくて。
僕らの会社では、スナックに飲みに行くなら経費を出すんです。札幌のスナックで飲むなら、飛行機代は経費で。社員がスナックで飲んでファンをつくってくれたら、会社としてはプラスなので。
――スナックで飲み明かして、最終的に1800万円も集めたってすごいですね!
ファンを持ってる社員はめちゃくちゃ強いですよ。もう、ほぼ無敵ですね。
――明日からファンづくりを意識して働いてみたいと思います! 西野さん、本日はお話しありがとうございました。
取材・構成/一本麻衣 撮影/竹井俊晴 編集/栗原千明(編集部)
映画情報:『映画 えんとつ町のプペル』
製作総指揮・原作・脚本:西野亮廣
監督:廣田裕介
声のキャスト:窪田正孝、芦田愛菜、立川志の輔、小池栄子、藤森慎吾、野間口徹、伊藤沙莉、宮根誠司、大平祥生(JO1)、飯尾和樹(ずん)、山内圭哉/國村隼
アニメーション制作:STUDIO4°C
原作:「えんとつ町のプペル」にしのあきひろ著(幻冬社刊)
配給:東宝=吉本興業共同配給
コピーライト:©西野亮廣/「映画えんとつ町のプペル」製作委員会
公式サイト:https://poupelle.com/
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