キャリア Vol.979

サッカー中村憲剛「勝利は自分にフォーカスした人にだけ訪れる」引退後に振り返る、結果を残す人のマインド

スポーツもビジネスも、勝ち続けるのは困難だ
ビジネスパーソンは、常に目標をクリアしていかなければならない。毎日厳しい仕事に立ち向かうその姿は、1試合の勝利のために練習を重ね、努力し続けるアスリートのよう。ビジネスの世界に通ずる「勝利の哲学」をさまざまなスポーツのプロフェッショナルたちに学ぶ!

昨季限りで、サッカーJリーグ・川崎フロンターレでの18年にわたる選手生活に別れを告げた中村憲剛さん。現役時代は、大卒ではJ1最多出場となる471試合に出場し、三度のリーグ優勝に大きく貢献。また、2010年ワールドカップ南アフリカ大会代表に選出されるなど、日本を代表する選手の一人としてサッカー界を支えてきた。

しかし40歳まで第一線で活躍し続けてきたレジェンドも、決して順風満帆な道を歩んできたわけではない。その人生をさかのぼると、体格に恵まれずくじけそうになった少年時代、無名のテスト生からスタートしたフロンターレとのプロ契約など、いくつもの逆境に立ち向かってきた。

それでもなお、プロサッカー選手として輝かしい成績を残せたのはなぜなのか。“中村憲剛の勝利の哲学”を聞いてみると、20代ビジネスパーソンが「結果を出す」ために必要なマインドが見えてきた。

中村憲剛

中村憲剛さん

大卒ではJ1最多出場となる471試合に出場し、三度のリーグ優勝に大きく貢献。2010年ワールドカップ南アフリカ大会代表に選出されるなど、日本を代表する選手の一人としてサッカー界を支えてきた。昨季限りで選手を引退

プロ2年目で迎えた転機。
2-0勝利のコンサドーレ札幌戦「今も鮮明に覚えてる」

周りに比べると成長の速度が遅く、小学6年生で身長は140cmにも満たなかった少年時代。自らが思い描くようなプレーができなかった中村さんは、中学時代に入ると、そのイライラを、チームメイトや監督、環境などに責任転嫁し、自暴自棄に陥った。

中学時代、一度はクラブチームへ入団したものの、半年後にはサッカーから離れることに。それでもしばらくすると、やはり「自分にはサッカーしかない」とフィールドに戻る決意を固め、そこからは脇目も振らずにサッカーに打ち込んでいったという。

「当時は本当にしんどくて、人生最大の挫折と言ってもいいくらい。でも今になって、あの時大好きなサッカーを一度辞めたことで、サッカーへの情熱が増し、どんなにつらくてもやり続けるという考え方を持つことができました。

そこからですね、うまくいかない時に『自分の長所と短所』、『得意なことと不得意なこと』をちゃんと分析するようになったのは。試合に出るためにはどうすればいいのか、そのためには普段の練習で何をやればいいのかを常に意識するようになりました」

中村憲剛

その後、大学までサッカーを続けたものの、スカウトには呼ばれずテスト生から川崎フロンターレに入団。決して目立つ選手ではなかった中村さんに転機が訪れたのは、プロ2年目のことだった。

今でも鮮明に記憶しているという、2-0で勝利した第10節アウェイコンサドーレ札幌戦。当時23歳の中村さんにとって、この試合が自身のターニングポイントとなった。

「札幌戦まで試合の度に(ボランチポジションの選手が)替わっていたんです。僕はこの年、トップ下からボランチにコンバートされたんですが、この試合でスタメン出場して、前半にゴールを決め、チームも勝利して。

この試合をきっかけにボランチとしてのポジションをつかむことができたんですよ。プロ選手としてやっていけるという手応えを感じられたのもこの時。あのゴール、あの試合がなければ、今の僕はいなかったかもしれません」

中村憲剛

チャンスは誰のもとにも訪れる。しかし、そのチャンスをつかめるのは一握りの人間だけだ。なぜ中村さんは、自らの手でつかみとることができたのか。

「当時から、扉を一つずつ開いていくように、目標設定を少しずつ高く設定するようにしていたんです。プロ入り後はまずベンチ入りメンバーに入ることが目標でした。

達成できたら次は常時スタメンで試合に出場。それをクリアしたらJ1昇格、中心選手としてプレーする……というように。その準備をしていたから、チャンスが来た時に活躍できたんだと思います。

僕は選手として長期的なプランを立てるというよりも、短期的に目の前のことに全力で取り組むタイプ。それが結果的によかったのかもしれません」

目の前のことに必死だった20代、付いたあだ名は「シャカシャカ君」

中村憲剛

さらに「これは20代の頃に限らずですが、選手として常に危機感を持っていたからこそ、チャンスをつかむ準備が整っていた」と続ける。

「いつクビになってもおかしくないですし、常に『自分自身に価値がないといけない、チームにとって自分の存在が有益でなければならない』という意識が強くて。だから試合も練習も、何をするにも常に全力でしたね。とにかく爪痕を残したくて。

20代の頃は特に、必死で目の前のことに取り組んでいました。アジリティトレーニングの時はいつもトレーニングウェアが擦れる音がするから、チームメイトからは『シャカシャカ君』って呼ばれていたんですよ(笑)。それほどいつも100%の力を振り絞っていたんです」

37歳で悲願のリーグ優勝。「やってきたことは、今も昔も変わらない」

2017年にはチームを悲願のJ1初優勝に導き、計三度のリーグ制覇に大きく貢献した。今でこそ「常勝」のイメージが強い川崎フロンターレだが、中村さんのプロ入りから初制覇までは14年。1勝の重さ、勝ち続けることの難しさは誰よりも痛感している。

「サッカーではよく『一度優勝したチームは、その後さらに強くなる』と言われるのですが、本当にその通りなんですよ。なぜなら、優勝すると自信が生まれるんです。勝利とは、自分たちがやってきた準備、努力が肯定される瞬間なので」

中村憲剛

「でもぶっちゃけ、僕がやってきたことは、今も昔も変わらないんです。どうすれば自分がチームにとってポジティブな存在になれるかを分析し、どうやれば成長できるかを考えながら、昨日より今日、今日より明日……という気持ちでプレーする。

優勝できたのはそれまで培ってきたベースに加えて、鬼木(達・川崎フロンターレ監督)さんのマネジメント力が非常に大きかったですね。鬼木さんがチームにタイトル獲得を意識付けてくれたので、必然的にみんなの目線も上がっていったんです」

37歳で初優勝した後、真っ先に思い浮かんだのは、「この先もフロンターレが勝ち続けるために何をすべきか」ということだった。

かねてから40歳あたりには引退しようと思っていたというが、常に「自分に価値がないといけない、チームにとって存在意義がなければならない」という気持ちは途切れなかったという。

中村憲剛

引退後の現在は、FRO(フロンターレ リレーションズ オーガナイザー)として、川崎フロンターレのアカデミー、普及・育成部門での活動に携わりながら、試合の解説など幅広く活躍している。

「今はまだ進路を決めていないのですが、いろいろなことができるようにはなりたいですね。選手の時もそうでしたが、『これしかできない』というのはチームにとっても自分にとっても良くないと思うので。選択肢を持てるような準備をしたいと考えています」

無駄を恐れず、やる・やらないで悩んだら「やってみる」

常に「自分の価値」を念頭に行動してきた中村さん。今回の取材でも「20代のビジネスパーソンに、自分が伝えられることは何か」と、真剣に考えてくれていた。

「僕が若い人たちに伝えたいことは、とにかく“やってみる”ことの大切さです。やる、やらないで悩んだら、とりあえずやってみること。僕もそうやって20代を過ごしてきました。

何にでも手をつけるから無駄も多かったし、とりあえず勢いで突っ走ってきたところもあります。でもいろいろなことにチャレンジした結果、30代になって自分のプレーを整理することができたし、効率も良くなりました。その結果、選手として寿命も延びたのかな、と」

とにかく目の前のことをやる。それはスポーツの世界でも、ビジネスの世界でも、どちらにおいても重要なことだろう。さらに中村さんは「やるべきことを決めたら、周りは気にしないこと」が大切だと続ける。

「例えば、10人が見て10人が『え?』と疑問視しても、自分が良ければそれでいいんですよ。もちろん、あまりにも評価が得られない場合は、見直しする必要性もありますけどね。でも変にプライドを持つより、良い意味で自分の軸を持つことの方が大事です」

中村憲剛

「それに、他人との比較はまったく意味がないです。自分が属する組織の中でいかに有益な存在であるかと考えた時に、他人との比較っていらないんですよね。他人がどれくらいやったとか、どんな評価を受けたか、とか。僕も学生時代に周りのことを気にして“自分はダメだ”と思っていたタイプでしたけど……。ある時を境に気にしなくなりました。

でも結局、周りがどうであっても最終的に責任を取るのは自分だし、誰も助けてはくれません。それに、自分にフォーカスして目標に向けてまい進している人ほど、その努力が見えるから自然と周りが応援してくれるものだと思います。

これって、サッカー選手に限った話ではないはず。きっとどんな仕事だって本質は同じだと思うんですよね。何かで結果を出したいなら、目標を決め、自分にフォーカスしながらそこに向かって全力で生きていくといいと思いますよ」

取材・文/モリエミサキ 撮影/竹井俊晴


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