30代で料理人・実業家の道へ。鳥羽周作にチャンスを引き寄せた「あきらめの悪い」キャリア道
「僕は『あきらめの悪い』やつを採用するんです。そういう人は見込みがありますから」
代々木上原のミシュラン一つ星レストラン『sio』のオーナーシェフ兼実業家の鳥羽周作さんは、人懐こい笑顔でそう語った。
鳥羽さんはプロサッカー選手を目指しながら小学校の教員となり、30代になってから本格的に料理の世界へ入ったという異色の経歴の持ち主だ。
現在はレストラン経営に加え、クライアント企業の商品開発やYouTubeでのレシピ公開など、従来のシェフの枠組みを超えた活躍を見せている。
紆余曲折の20代を経て、鳥羽さんはどのように天職に辿り着いたのだろうか。料理というフィールドで独自の道を突き進む、鳥羽さんの「自分軸」を聞いた。
サッカーに挫折した20代があったから、料理の道を選べた
一番なりたいものになれなかった。一言で言うと、それが自分の20代でした。
小4から目指してきた、プロサッカー選手の夢。練習時間を確保するために臨時採用枠の小学校教員になり、働きながら本気で努力してきましたが、ついにチャンスは訪れませんでした。
「もうプロになるのは無理だろうな」と思いながらも、惰性でサッカーを続けてしまった時期はすごく苦しかったです。
でも今の自分があるのは、あの辛い時期があったから。「30代はこうならないようにしよう、別のジャンルでもう一度挑戦しよう!」という前向きな気持ちになれたのは、自己実現できない20代を過ごしたからだと思っています。
振り返ってみると、20代は自分についてよく知る時期でもありました。
世の中には「仕事とやりたいことは別」という人も多いと思います。でも自分は、仕事とやりたいことは一致していた方がいい。もっと言うと、本当にやりたいこと以外はやれないタイプだということが、学校を辞めて飲食店で働き始めてから手に取るように分かりました。
誰かが自分の料理を食べて、美味しいと言ってくれるのがうれしい。そしてどんなに疲れていても、人に料理を作ることが苦にならない。
そんな自分の存在価値は料理の世界にある。そう確信し、「今までサッカーに注いできた情熱を、これからは料理に注ごう」と決めました。
その後、一つ星レストランのシェフとなり、業態の異なる八つの飲食店を運営する社長となった自分は今、50人の社員を抱えています。
一緒に働く仲間には「自分が野球選手だとしたらどのポジションなのか?」をプレゼンしてもらっています。それは、誰もが適材適所のポジションで働くべきだと考えているからです。
何も、全員が四番バッターを目指す必要はありません。二番バッターが向いている人は、二番バッターを目指した方がいい。
自分自身を客観的に理解した上で「自分に何が合っているのか?」を考える視点は、全ての人が持つべきものだと思っています。
ミシュランは通過点。本当のゴールは「存在しない」
「誰かをハッピーにできるか」が、鳥羽周作の自分軸です。料理という手段を通じて世の中の人々を幸せにすることが、自分の最大の生きがいだからです。
しかし、人を幸せにするというのは、終わりがない仕事でもあります。
「100人幸せにしたら目標達成」というわけでも、「10億の会社をつくったら終わり」というわけでもありません。
自分が歩んでいる道にゴールがないことに気がついたのは、レストラン『sio』が初めてミシュラン一つ星を獲得した2019年でした。
それまでは、ミシュラン掲載に向けてひたすら努力してきました。ところが達成した瞬間、「これは通過点に過ぎない」と気づいたんです。
普通、一つ星を獲ったシェフは二つ星を目指すものだと思います。でも自分は、すでに存在している評価軸の中で評価を高めていくことに興味を持てませんでした。
レストランに来てくれる一部の人だけではなく、もっと多くの人を幸せにしたい。
「これからは幸せの分母を増やしたい」という思いを持つようになった結果、2021年にシズる株式会社を立ち上げました。
将来的には商品の開発から販売、流通、広報までワンストップでできる「食のクリエイティブカンパニー」にして、より多くの人を料理で幸せにしたいと思っています。
振り返ってみると、20代の頃は「自分がどれだけ頑張ったか」という主観的な基準が全てでした。でも今は「世の中全体を見たときに、自分たちはどこに向かっていくべきか」という基準でやるべきことを判断するようにしています。
世界基準の物差しを使っている限り、自分たちの挑戦に終わりはありません。
終わりがないからこそ、この身をいくら投じてもモチベーションが下がらないのだと思います。
仕事とは、あるべき姿へ向かうための「手段」
20代の人には、まずは自分のなりたい姿をきちんと見つけてほしいと思います。
なぜなら仕事とは、あるべき姿へ向かうための「手段」に過ぎないからです。10年後の自分という「目的」をきちんと想像すれば、どこで働くべきか、何をするべきかは自ずと決まってくるでしょう。
まずは「なりたい姿」という目的を決めて、そこに近づけそうな「仕事」を選ぶ。その際に、自分の特性をどう生かしていくかを考えるという順番で考えると良いと思います。
もしかすると、若い人の中には「どうすれば希望の会社に入れるか?」というように、いかに希望するキャリアの「入口に立つか」にばかり意識が向いている人が多いかもしれません。
でも実際は、入口に入るよりも、その後に続ける方がよっぽど困難です。
今の時代、誰でも料理人と名乗れば今日から料理人です。社長になるのだって簡単です。でも、本当になりたい姿を目指すのならば、自分が選んだ場所でやると決めたことを、最後までやり遂げなくてはなりません。
選択するハードルよりも、選択したものをやり遂げるハードルの方がずっと高い。そのことを十分に心得た上で、それでもやり遂げたいと思える仕事を選ぶ「覚悟」を持ってほしいですね。
20代は即断即決。チャンスを逃さない力を磨く価値
ちなみに当社の面接では、「ほんとにできるの?」という雰囲気を一度は出します。それでも食らいついてくるあきらめの悪い人を採用したいからです。
「無理だよ」と言われても、「ここじゃなきゃダメなんです!」と言える人には、見込みがあると思っています。
なぜなら、かつての自分がそうだったから。修業したい店に「人が足りてるから無理だよ」と言われても、「俺はここで働きたいので!」とねばることで、働きたい店で働いてきました。
ここぞというときには、人間そのぐらいの熱量を持てた方がいいと思うんです。
「自分にはここしかない!」と思える職場に出会えたときに、どれだけあきらめが悪くなれるか。キャリアを大きく左右するのは、そういうねばり強い姿勢ではないでしょうか。
特に20代は「即断即決」が重要です。チャンスを逃さないためには、何事も悩まずに瞬間的に決める力が欠かせません。
自分は修業時代、シェフに「できるか?」と聞かれたことは、経験のないことでも「できます!」と即答していました。それを続けているうちに、「あいつにやらせてみよう」と思われるようになり、いろいろな仕事が回ってくるようになりました。
もちろん、最初から完璧にはできないでしょう。だったら、できるまでやればいいんです。
失敗してしまったことを「失敗」と取るか、「学び」と取るかはその人次第です。
チャンスを引き寄せるのは「あきらめの悪い」人だということを、若い人には忘れないでいてほしいなと思います。
書籍情報
『本日も、満席御礼。』(幻冬舎)
「幸せの分母を増やす」。プロサッカー選手になることを諦め、先生になった。その後、鳥羽は料理の世界へとギアを変え、数多くの苦境や挫折を乗り越えてミシュランの星を獲得するスターシェフへと登りつめた。最注目シェフ兼実業家による人生哲学を紹介する1冊
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