キャリア Vol.1070

希望の就職先で1年目に挫折。「向いてないかも」から脱却し、自分らしい働き方を見つけるまで/霞ヶ関ばたけ・松尾真奈

連載:「私の未来」の見つけ方
生き方も、働き方も、多様な選択肢が広がる時代。何でも自由に選べるってすてきだけど、自分らしい選択はどうすればできるもの? 働く女性たちが「私らしい未来」を見つけるまでのストーリーをお届けします

社会人になったばかりの頃、日々の仕事や働き方に対するイメージと現実にギャップを感じる瞬間は、多かれ少なかれ、誰にでも訪れるものだろう。

新卒で農林水産省に入った松尾真奈さんもまた、そんなギャップを感じた一人だ。

「農業や農村のための仕事をしたい」という思いと目の前の仕事がひもづかず、1年目に約1年間休職。希望して選んだ道なのに、「自分には向いていないのかも」と不安を抱いた時期もあった。

そこから約10年がたつ今、松尾さんは当初の思いはそのままに、自分らしく働く道を見つけている。

そんな彼女の「私の未来」を取り戻すまでのストーリーを紹介しよう。

松尾 真奈さん

千葉県農林千葉県農林水産部 農林水産政策課 兼 流通販売課/霞ヶ関ばたけ代表
松尾 真奈さん

1989年京都市生まれ。大学在学中、京都府京丹後市の野間という集落で『田舎で働き隊!』として活動。そこで出会った人や環境に魅了され、2013年新卒で農林水産省に入省。17年に第1子、20年に第2子を出産し、それぞれ約1年間育休を取得。23年4月より千葉県庁に出向し、現職

「行政は自分に合わないかも」休職後も迷い続けた

私は新卒で農林水産省に入省しました。

大学3年生の時にイギリスへ1年間留学し、自分のアイデンティティーは日本にあるのだと気付いたことをきっかけに、日本、そして日本の田舎に興味を持つようになって。

実際に京都府北部に位置する京丹後市の農村に半年滞在し、そこで出会った人や環境、体験した農業に引かれ、「この先も農業や農村に関わる仕事がしたい」と思ったことが、農林水産省で働きたいと考えた理由です。

ところが入省からわずか1年たらずで、私は休職してしまいます。

1年目の仕事は調整業務や法令業務などデスクワークが中心。現場どころか省庁の外に出ることもない日々が続き、「この仕事が農林水産業の振興にどうつながるのだろう」と苦しくなってしまって。

「20代の大事な時期にこんなことをしていて大丈夫なのかな」と不安に感じたこともありました。当時は仕事の全体像が全然見えていなかった。

今思えば勉強不足でしたが、農業や農村に対する思いだけで農林水産省に飛び込んだところもあり、イメージと現実に大きなギャップを感じてしまったんです。

結局、深夜や休日まで働く日々に対して「その働き方はおかしい」と民間企業で働く友達から指摘されたことで、心が折れてしまいました。

そこから約1年休職し、2年目の終わりに復帰しましたが、「これでいいのかな?」という迷いはその後もずっとあったなと思います。

休職してしまったこともあって、自分に国の仕事は向いていないんじゃないかと感じてしまっていました。

その一方、復職した頃に同期からの誘いを受けて参加した『霞ヶ関ばたけ』というコミュニティーの活動はとても楽しくて。

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月に1回開催している霞ヶ関ばたけの活動の様子

霞ヶ関ばたけは、行政や民間、生産者、消費者など、異なる立場の人が集まり、食や農林水産業について学び、対話をする場。農水省の先輩が朝の勉強会としてスタートした活動です。

農業の現場と関わりながら仕事をしたいと思っていた私にとって、農業のリアルについて話し合える機会は新鮮で、とても楽しいものでした

「向いていない」からの思考の転換

迷い続けていた私にとって転機となったのは、入省5年目、1人目の育休中に受けたコーチングだったように思います。

行政の仕事は向いていない気がするけど、霞ヶ関ばたけの活動は自分に合っているし、すごく楽しい。そういう仕事ができる会社に転職するのがいいのかもしれない。

そんな話をするうちに、「それって、今の状態ではできないことなのかな?」と思ったんです。

それなら、まずは霞ヶ関ばたけで、もっと自分のやりたいようにやってみよう。そう思えたことで、「今辞めるのがベストな答えではない」という思考の転換がありました。

実際に、自ら責任をもって霞ヶ関ばたけの活動をしていきたいと思い、先輩に掛け合って代表に就任。それ以来、およそ100回の勉強会を開催してきました。

農林水産省の仕事も、辞める決心がつかないのであれば、まずは育休から復帰して、その後辞めたくなったら辞めればいい。

そうやってある意味開き直ったことで、迷わず仕事ができるようにもなりました。

それに、農林水産業に関わり続けたいのはまぎれもない私の本心

そこに対して農林水産省が果たす役割は大きいわけで、たとえ転職したとしても、この分野に関わる以上は別のかたちで対峙し続ける相手です。

それならここでもっとしっかり仕事をした方がいい。そうやって自分の意識が変わったことで、折り合いがつけられるようになりました。

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2023年9月に農林水産省が進める「ニッポンフードシフト」と霞ヶ関ばたけが連携して開催したイベントの様子

あとは、立場が変わったのも大きいでしょうね。若いうちは自分の意思をうまく通せないことも多かったけど、今の私は自分で決められることが増えました。

だから今は「農林水産省で働き続ける道を選んでよかった」と思います。

変な言い方ですけど、今の私は組織の課題すら貴重なもののように感じているんです。

中にいる人間でなければ見えない課題の解消に取り組むことは、農林水産分野にポジティブな変化をもたらす可能性を秘めていますから。

こう考えると、改めて自分の視座の持ち方次第なのだなと思います。不満や文句に対して、「じゃあ私はどうなの?」という視点で考えると、もっとやれることがある。

それは若手であっても同じです。新人だからといって我慢して働く必要はなく、むしろ若いからこそ感じることがあるはず。それはしっかり伝えた方がいい。

その一方で、意見して終わりでは仕事になりません。「これが嫌だ」「間違っている」だけでなく、「どうしたらいいと思うのか」をセットで話すことが重要です。

1年目に苦しくなってしまった当時の私も、そうできればよかったのだろうなと思います。

「こうしなければいけない」から抜け出せた理由

今の私は自分らしく生きられている感覚が強くありますが、1年目の時は真逆の状態でした。

振り返ると、結局は素直に自分の気持ちと向き合うのが一番なのだと思います。

人からどう思われるかよりも、「こうあらねばならない」よりも、自分がやりたいことをやって、自分が響く生き方をした方が人生は明るい

元々そういう価値観だったけれど、社会人になって初めて「こうしなければいけない」と自分を追い込んでしまった。その結果、自分を見失ってしまったなと思います。

そこから抜け出せたのは、「自分がどうしたいのか」に思いを巡らせる機会が多かったことが影響しているかもしれません。

私は6年ほどシェアハウスに住んでいたのですが、独立している人も多く、「合わないなら辞めたら?」「本当にやりたいことは何?」といった問いかけをよくされました。

農水省の考え方とは全く違う世界にいる人たちと接していたことが、自分の感覚をチューニングする機会になっていたような気がします。

自分の価値に気付く上でも、会社以外の場所があることは大切なんだと思いますね。

どういう組織で、どんな仕事をするのか考えるのも大事だけど、日常の何気ない業務の中に、その人が生み出している価値がある。それはきっと、どこでも通用する普遍的なものなのだと思います。

そういう価値は、デスクに座って考えているだけではなかなか見えてこない気がします。価値に気づいてくれる人が職場にいるとも限らないから、複数の居場所を持つことが近道かもしれないですね。

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毎年行っていたシェアハウスでのクリスマス会

私もまた、霞ヶ関ばたけの活動が自分の価値に気づくきっかけの一つになりました。

活動をメディアに取り上げていただいたことで、「松尾さんは企画や外部への発信が得意な人」という認識を農水省内でも持ってもらえて。

その結果、企画や新規プロジェクトに関わる機会も増え、充実した日々を過ごしています。

早々につまずいた後悔は今もある。でも、それでいい

実は、社会人1〜2年目の貴重な時期をうまく生かせなかった後悔は今でもあります。

社会人になったばかりの頃は変化が大きくて本当に大変だけど、そこで身に付けるスキルは一生ものなのかもしれないと思うこともあって。少なくとも、省庁にはそういう側面があります。

振り返れば、もっと広い視野で物事を見られていれば、全然違う働き方ができたのだろうなと思います。

当時の私は「世の中にこの仕事がどう役立つのか」を誰も教えてくれないことに不満を持っていたけれど、今思えば自分の能力不足。

目の前の作業に追われ過ぎていたけど、もっと気を楽にして、考える余地を確保できたらよかったですね。

もし1年目に戻れるなら、もう1回やらせてほしい。そのくらい、貴重な時期だったなと改めて思います。

ただ、そう思えるのもこれまで辞めずに頑張ってきたから。あのとき辞めずによかったな、と思っています。

休職したことはビハインドだと思っていますが、早々につまずいた経験を持つ人は意外といるし、人生は長いし、むしろ早めに転んでおいたことで、自分がどういう人間なのかに気付く機会になりました。

20代の頃の自分は「もうおしまいだ」と感じてしまっていたけれど、そうじゃない。それは今だから思えることですね。

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この先も、私は生産者の皆さんのために仕事をしていきたいと思っています。それが私の変わらぬモチベーションの根幹です。

消費者としても生産者の方々には感謝していますし、変な言い方かもしれませんが、生産者さんは農水省にとってのお客さまのような存在だと思っています。

生産者の課題やニーズに真摯に耳を傾けながら、社会にとって必要な制度設計や施策立案をやっていきたいですね。

農水省という立場を度外視してシンプルに考えると、農業や農村のことを知って、気持ちが豊かになる人が増えたらいいなと思っています。

都会の仕事に疲れてしまった人が田舎に移住する動きもありますが、実際に体を使ったり良い空気を吸ったりする中で、生きる意味を実感することもあると思っていて。

だから、農業に興味がある、農村に行ってみたいといった人に向けたビジネスを、将来的に自分でするのもありかもなって。もしやる人がいなければですが。

そういう明るい未来に向けて、今は行政の立場から、できることを楽しみながらやっていきたいと思います。

取材・文・編集・撮影/天野夏海(写真は一部ご本人提供)


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