キャリア Vol.319

あのトースターを作ったバルミューダの寺尾玄氏が考える「全人類が欲しがる商品」とは

2016年11月10日、さまざまな背景を持った人たちが「共生」するためのヒントを考えるイベント『Cybozu Days 2016』が幕張メッセで開催された。

その中のセッションの一つ、バルミューダ代表取締役の寺尾玄氏のセッションを紹介する。

バルミューダといえば、独特のコンセプトの家電製品を次々と生み出す家電メーカー。2015年に発売したトースターのヒットも記憶に新しいだろう。

同社を率いる寺尾氏は数々の商品を世に送り出していく中で、「人類全員が欲しがる商品」に気付いたのだという。それは一体何なのか。

彼のモノづくりの信念からひも解いていく。

バルミューダ代表取締役 寺尾玄氏

バルミューダ代表取締役 寺尾玄氏

「モノより体験」で売る

「私たちは、モノより体験を買ってもらおうと思って、モノづくりをしています」

そう考えるようになったきっかけは、寺尾氏が購入した一冊の本にあるという。

「ある日書店で、浅草の『レストラン大宮』という老舗の洋食屋さんが出しているレシピブックを見つけたんです。そこにはハンバーグの作り方が載っていて、思わず私はそれを買っていました。そして本を買った週末に子どもにレシピ通りハンバーグを作ってあげたんです。そうしたら『お父さんすごい、おいしい!』と喜んでくれたんですよね」

この一連の経験は、寺尾氏の心にある疑問を抱かせた。「私が買ったのは、本という“モノ”なのだろうか」と。

「本当にこのハンバーグを食べたければ、浅草のお店に行けばいい。なぜわざわざレシピブックを買ったのか。それは、子どもに褒められる自分を想像していたからではないかと。その週末の体験が素晴らしくなるだろうと期待して、買ったんじゃないかと思ったんです」

体験をモノと結びつければ売れる。しかし、バルミューダはいわゆる白物家電のメーカーだ。“体験”と白物家電をどう結び付けるのか。その答えの一つが、あのトースターだったと寺尾氏は言う。

「食べる、ということは五感の全てを使う珍しい行為。これを全て表現できたら会社が次のステージに上がれると思ったんです」

17歳の頃の“体験”があのトースターを生み出した

人の五感全てに訴えかける――。それは口で言うほど簡単ではない。寺尾氏はどのように実現したのか。彼はそのヒントを自身が17歳のころの体験に見出した。

「高校を中退して、地中海沿岸地域に放浪の旅に出たんです。日本から数十時間かけてスペインのロンダという街にたどり着いたときには、長旅の疲れとろくにスペイン語も話せないことから、不安と心細さでいっぱい。その上、お腹もすいていました。そんな時、街の片隅のパン屋からいい香りがしてきたんです」

香りに導かれるようにして入ったパン屋。たどたどしいスペイン語で、寺尾氏はなんとか一つのパンを買った。

「片手に収まるくらいの小さなパンでしたが、それが焼き立てで、割ってみると温かな湯気とともにとてもいい香りが立ち上りました。中身もふわふわで、それを口にした瞬間、涙があふれたんです」

はちきれんばかりのなんとも言えない感情。その時の想いをユーザーに体験して欲しい。そのために、彼は自社のテクノロジーを使い、例のトースターに辿りついた。

自社サイトのトップページに込めた想い

「皆さんは2万円以上もするトースターを欲しいと思いますか? 私なら買わないです、高すぎるから(笑)。でも、毎朝、世界一のバタートーストを食べてみたいと思いませんか? 毎朝、究極のチーズトーストを食べてみたいと思いませんか?」

バルミューダのサイトのトップページにヒット商品であるトースターの姿はない。そこにあるのは美味しそうなパンの写真だけだ。こんなところにもバルミューダの“モノより体験”というビジネススタンスが表れている。

今後もバルミューダではいくつかのキッチン家電をリリースするという。また、来年にはロボティクス商品も発表する予定だ。これら全て、人に与える「体験」をベースに設計しているのだという。

「結局のところ、体験の積み重ねが人生じゃないですか。モノや価値観があふれているこの多様化の時代、何を売ればいいか分からないという悩みをほとんどの会社が抱えているはず。しかし、全ての人間が欲しがる商品が、ひとつだけあると私は考えています。それは、『素晴らしい人生』です」

セッションの冒頭、「共生」というこのイベントのテーマを、「“共に生きる”も大事だが、“俺は生きる”と思ってもらえればいい」と話した寺尾氏。

「泡沫候補と思われていた人が大統領になる時代ですから、“俺は生きる”くらいの気概を持ってサバイブしていってください」

顧客の五感を刺激し、モノではなく、「素晴らしい人生」を売る。それが予想のつかないこれからの時代でも、営業としていき続けるための道になるのかもしれない。

取材・文・撮影/佐藤健太(編集部)

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