キャリア Vol.623

ドワンゴ川上量生の‟ブランド人”戦略「No.1人材になるなんて簡単なこと」

周りより頭一つ抜けたい、仕事で圧倒的な成果を出したい。そう野望を抱いても、このままでは「大勢の一人」として埋もれてしまいそうで不安な若手ビジネスパーソンはいるだろう。

そんな悩みを「一番になるなんて、簡単なこと」と一蹴するのが、ドワンゴCTOの川上量生さんだ。

日本のエンタメ・Web業界を牽引してきた経営者が教える、“No.1”になるためのキャリア戦略とは? 姉妹媒体『エンジニアtype』の記事から一部編集して紹介したい。

株式会社ドワンゴ 取締役CTO 川上量生さん

株式会社ドワンゴ 取締役CTO 川上量生さん

1968年生まれ。京都大学工学部を卒業後、ソフトウェアジャパンに入社。97年ドワンゴを設立し、代表取締役に就任。11年ドワンゴの会長職のままスタジオジブリに入社。鈴木敏夫さんの「見習い」として働く。2014年KADOKAWAとの経営統合を実現させ、2015年6月KADOKAWA・DWANGO(現カドカワ)代表取締役社長に就任。2017年12月より現職

ライバルのいない会社に入ったから、「優秀な人」として仕事ができた

――川上さんは「事業も技術のことも分かる」経営者ですが、そこに至るまでのキャリアについて教えてください。

僕は学生の頃プログラミングをずっとやっていて、当時は「これで食べていけるな」というところまでいきました。ひょっとしたら一流のプログラマーにもなれるかもしれない……なんて考えもしたんですが、逆に言えば“そこ止まり”だなと思ったんです。

僕が就職した時代、世の中を変えるのはエンジニアでした。一人のスタープログラマーが作った製品が大ヒットして、それで会社ができて、大きくなるということがよくあったんです。

でも僕には、就職した30年前の時点で、「一人のプログラマーが社会を変える時代は終わるぞ」という感覚がありました。実際に今は、技術者であっても経営やデザイン、マーケティングも分からないと社会を変えるようなプロダクトは作れない時代になりましたよね。

だから当時の僕は、プログラミングの知識を持ちつつ別の仕事をしようと思って、コンピュータ関連の流通商社に就職したんです。

――では、就職先選びで最後の決め手にしたのは何だったのでしょうか?

とにかく‟ライバルのいない会社”かどうかですね。僕が新卒で入った会社の同期には、四大卒って僕しかいなくて、プログラミングができる人も他にはいませんでした。それだけで社内では希少な人材になれました。

でも、ぬるい環境で楽をしていたらスキルレベルは上がりません。スキルを維持するために、会社とは別にネット上のコミュニティーで技術力を磨き、雑誌でプログラミング関連の連載をしたりしていました。会社内ではそんな人はいないですから、大きな仕事を任せてもらっても、あまり周りから口出しされにくくなりました。そうやって、若いうちから技術力をフックにして、会社で技術以外の経験を積めたのは大きいですね。

「一つの分野を極める」なんてしんどすぎる。
キャリア形成は「スキルの組み合わせ」を考えるべき

――川上さんは昔からかなり戦略的に生きてこられたんですね。では、「仕事で1番になりたい」と考える若手は、どのようにキャリアをつくっていくべきでしょうか。

いろんなスキルセットを身に付けて、そのスキルを組み合わせれば誰でも一番になれますよ。

さまざまな要素の“組み合わせの数”はすぐに天文学的な数字になるという意味の「組み合わせ爆発」という言葉があります。それは、キャリアにも同様のことが言えると思っているんです。

――スキルの「組み合わせ爆発」を起こすということですか?

なにか特定の一つの分野を極めるってしんどいじゃないですか。それは将棋の羽生善治さんとか野球のイチロー選手のようにならなければいけないわけです。一番になるために、己を律した厳しい鍛錬の日々……僕はそんな険しい道ではとても勝てる自信がありません(笑)。

でも、スキルセットが2つあれば、一番になれる確率は一気に上がります。スキルセットって世の中に1万以上はあるはずなので、2つ組み合わせたら1万×1万=1億通りになります。なのでスキルセットを複数もっている時点で、今の人口なら日本で一番になれる可能性も全然あるんですよ。

株式会社ドワンゴ 取締役CTO 川上量生さん

――確かに、川上さんも「技術一辺倒ではないエンジニア」ですよね。成果をあげたいなら、その「組み合わせるスキル」を探すことがキーポイントになりそうです。

スキルを組み合わせる場合は、近しいジャンルでスキルの組み合わせを探さない方がいいです。できるだけ2つのスキルがかけ離れたものがいい。あと、組み合わせるスキル自体の希少性があるのもいいです。

例えば、うちでディープラーニングを担当しているエンジニアに、プライベートで競馬の予想をやっている社員がいます。彼はそのスキルを生かして競馬予測AI『Mamba』の開発に携わり、その買い目を公開するという実験サービスに結び付けました。彼の場合は、競馬予想という個人の趣味が、ディープラーニングと組み合わさったわけです。

まあ、他にも彼のような人間はいそうですが、彼はこの事業で回収率120%以上と安定した結果を出している。おそらく、まだディープラーニングと競馬を組み合わせた人間でオッズに影響を与えるほどの人はいなかったでしょう。それだけ希少性はあったということになります。

それからもう一つ大事なのは、それぞれのスキルセットでプロと言えるレベルのスキルを持つことです。

――プロのレベルというと?

スキルを身に付けたいときって、とりあえず勉強すればリターンがあると思いがちじゃないですか。ちょっと本を買ってきて読めばいいとか、休みの日にちょっと何か組んでみましたとか。少しでも知識を積めばそれなりのリターンがあるという世界観になりがちです。でも、そういうことじゃないんですよね。それじゃ差別化にならない。

いろんなスキルの上っ面をただ触っただけではなくて、最低でも「単独で仕事を頼まれるぐらい」にはなるべき。つまり“仕事が舞い込むレベルのスキル”をいくつ持っておけるかが、勝負だということです。

――なかなかハードルが高そうですね……

いや、大したことないですよ(笑)。世の中、10年間修行しないと身に付けられないような仕事なんて本来はないです。一生懸命やれば、ほとんどのスキルは1年で仕事になるぐらいのレベルになります。それぐらいなら、働きながら勉強したっていいですし。

僕も今数学の勉強に熱中しているんですが、AIやディープラーニングをやろうとしている人でも、意外とちゃんとした数学の知識を持っている人は少ない。そこである程度のスキルセットが付けば、それが財産になるし、希少な人材になれると思っています。

株式会社ドワンゴ 取締役CTO 川上量生さん

――「スキルの組み合わせ爆発」を成功させるコツはありますか?

「誰もがやりたがる仕事」は選ばないことでしょうか。大多数がある程度のレベルを持っているようなところでの勝負は難しいです。

一方で、誰もやりたくなくて放っておかれている仕事なんて最高ですよ。例えば誰よりも早くシュレッダーのゴミに気付いて捨てられる、とかその程度だって構いません。誰もやらないけどやった方がいいこと、自分だったらできることを選び、スキルにすることが大事なんです。

「どうでもいいだろ、そんなスキル」と思うかもしれませんが、そう思われる仕事を黙々とやっている姿を偶然に知ったときに、他人が自分に対して決定的な判断をすることはよくあることです。それだけで評価されることを期待すべきではありませんが、最後の決定的なひと押しにはなったりするものです。

僕も、過去、苦労しているときに助けてくれた人に対して、あとになって理由を聞いた時に、そんなことで信用してくれたんだとびっくりすることがあります。人間は一人では成功できません。そして人間が誰と一緒に仕事をするかを決める理由って、実は大した根拠はなかったりするものです。感覚的にあなたと相性がよくて、仕事をする言い訳を探しているだけかもしれません。

そう考えると、身に付けたいスキルを探すのって大変なことじゃないし、プロになるのも簡単、一番になることだって超簡単。あなたが人生で出会う人が、見方によっては、あなたが一番だ、と思えるぐらいになればいい。そんなに難しいことじゃありません。とにかく一度、やってみればいいんですよ。

取材・文/石川香苗子 撮影/吉永和久


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