この連載では、注目企業のCTOが考える「この先、エンジニアに求められるもの」を紹介。エンジニアが未来を生き抜くヒントをお届けします!
川上量生のキャリア戦略「圧倒的な努力がなくたって、“一番”には誰でもなれる」【ドワンゴ・CTO】
周りのエンジニアより頭一つ抜けたい、誰もが驚くプロダクトを作って“一番”になりたい。そう野望を抱いても、このままでは「大勢の一人」として埋もれてしまいそう……。
そんな若手エンジニアの悩みを「一番になるなんて、簡単なこと」と一蹴するのが、ドワンゴCTOの川上量生さんだ。日本のエンタメ・Web業界を牽引してきたCTOが考える、圧倒的な成果を生みたいエンジニアのためのキャリア戦略とは?
「技術力だけでは世界を変えられない」ことに、30年前気付いた
CTO自体は今までずっと継続していたので、専念しようとしたというわけではなく、ただ会長を辞めてCTOが残っただけのことです。会長職は辞めたのに、CTOの肩書きを他の人に移譲していない理由は、マーケティングや事業戦略とテクノロジーは分業できるものではないと思っているからです。
今、Web系の企業では、エンジニアリングのことが分からない人が創業して、エンジニアという特殊な技術を持った“傭兵”をたくさん雇い、その傭兵をまとめる人がCTOというケースがとても多い。でも僕は、その姿はおかしいと思っています。
Web系企業は本来であれば世の中の技術動向から会社の戦略や意思決定、製品開発をしていかなければいけないはず。だからCTOをおいて、技術的な視点からマネジメントや経営をするべきなんです。エンジニアは「自分たちはエンジニアリングだけをやればよい」と考えがちですが、そうではないということを示すためにCTOという肩書きを自らに付けています。
就職がターニングポイントだったと思います。僕は学生の頃プログラミングをずっとやっていて、当時は「これで食べていけるな」というところまでいきました。ひょっとしたら一流のプログラマーにもなれるかもしれない……なんて考えもしたんですが、逆に言えば“そこ止まり”だなと思ったんです。
僕が就職した時代、世の中を変えるのはエンジニアでした。一人のスタープログラマーが作った製品が大ヒットして、それで会社ができて、大きくなるということがよくあったんです。
でも僕には、就職した30年前の時点で、「一人のプログラマーが社会を変える時代は終わるぞ」という感覚がありました。実際に今は、技術者であっても経営やデザイン、マーケティングも分からないと社会を変えるようなプロダクトは作れない時代になりましたよね。
だから当時の僕は、プログラミングの知識を持ちつつ別の仕事をしようと思って、コンピュータ関連の流通商社に就職したんです。
とにかく‟ライバルのいない会社”かどうかですね。僕が新卒で入った会社の同期には、四大卒って僕しかいなくて、プログラミングができる人も他にはいませんでした。それだけで社内では希少な人材になれました。
でも、ぬるい環境で楽をしていたらスキルレベルは上がりません。スキルを維持するために、会社とは別にネット上のコミュニティーで技術力を磨き、雑誌でプログラミング関連の連載をしたりしていました。会社内ではそんな人はいないですから、大きな仕事を任せてもらっても、あまり周りから口出しされにくくなりました。そうやって、若いうちから技術力をフックにして、会社で技術以外の経験を積めたのは大きいですね。
「一つの分野を極める」なんてしんどすぎる。
キャリア形成は「スキルの組み合わせ」を考えるべき
昔に比べて、エンジニアが一般化したというか、“普通の会社員”という感じの人が増えたように思いますね。昔のエンジニアなんて、信じられないくらいコミュニケーション力が低い人も多かったから。隣の席の人にチャットで話しかけるとかは普通でしたし。ドワンゴの場合は特に、他にはいない変わった人が多い印象で、“一般的”とは程遠かったんです。
それが今では、新卒でエンジニアが入ってくると、新卒研修で誰と誰が付き合っているみたいな話が出てきたりする。「え、今の若手エンジニアってそんなことできるの!?」という感じです(笑)。創業した頃のドワンゴだったら考えられませんでしたよ。
もちろん(笑)。あと、一般化してよかったことは、さまざまな領域にエンジニアの活躍の場が広がったから、より一層「ナンバーワン」とか「オンリーワン」になることを目指しやすくなったんじゃないでしょうか。
いろんなスキルセットを身に付ける人が増えてきたので、そのスキルを組み合わせれば誰でも一番になれるということです。
さまざまな要素の“組み合わせの数”はすぐに天文学的な数字になるという意味の「組み合わせ爆発」という言葉があります。それは、キャリアにも同様のことが言えると思っているんです。
なにか特定の一つの分野を極めるってしんどいじゃないですか。それは将棋の羽生善治さんとか野球のイチロー選手のようにならなければいけないわけです。一番になるために、己を律した厳しい鍛錬の日々……僕はそんな険しい道ではとても勝てる自信がありません(笑)。
でも、スキルセットが2つあれば、一番になれる確率は一気に上がります。スキルセットって世の中に1万以上はあるはずなので、2つ組み合わせたら1万×1万=1億通りになります。なのでスキルセットを複数もっている時点で、今の人口なら日本で一番になれる可能性も全然あるんですよ。
ぼくは現在はエンジニアではありませんが、ある程度以上の規模の会社の経営者としては、そこそこの知識は持っている。それは強みだと思っています。
スキルを組み合わせる場合は、近しいジャンルでスキルの組み合わせを探さない方がいいです。できるだけ2つのスキルがかけ離れたものがいい。あと、組み合わせるスキル自体の希少性があるのもいいです。
例えば、うちでディープラーニングを担当しているエンジニアに、プライベートで競馬の予想をやっている社員がいます。彼はそのスキルを生かして競馬予測AI『Mamba』の開発に携わり、その買い目を公開するという実験サービスに結び付けました。彼の場合は、競馬予想という個人の趣味が、ディープラーニングと組み合わさったわけです。
まあ、他にも彼のような人間はいそうですが、彼はこの事業で回収率120%以上と安定した結果を出している。おそらく、まだディープラーニングと競馬を組み合わせた人間でオッズに影響を与えるほどの人はいなかったでしょう。それだけ希少性はあったということになります。
それからもう一つ大事なのは、それぞれのスキルセットでプロと言えるレベルのスキルを持つことです。
スキルを身に付けたいときって、とりあえず勉強すればリターンがあると思いがちじゃないですか。ちょっと本を買ってきて読めばいいとか、休みの日にちょっと何か組んでみましたとか。少しでも知識を積めばそれなりのリターンがあるという世界観になりがちです。でも、そういうことじゃないんですよね。それじゃ差別化にならない。
いろんなスキルの上っ面をただ触っただけではなくて、最低でも「単独で仕事を頼まれるぐらい」にはなるべき。つまり“仕事が舞い込むレベルのスキル”をいくつ持っておけるかが、勝負だということです。
いや、大したことないですよ(笑)。世の中、10年間修行しないと身に付けられないような仕事なんて本来はないです。一生懸命やれば、ほとんどのスキルは1年で仕事になるぐらいのレベルになります。それぐらいなら、働きながら勉強したっていいですし。
僕も今数学の勉強に熱中しているんですが、AIやディープラーニングをやろうとしている人でも、意外とちゃんとした数学の知識を持っている人は少ない。そこである程度のスキルセットが付けば、それが財産になるし、希少な人材になれると思っています。
「誰もがやりたがる仕事」は選ばないことでしょうか。大多数がある程度のレベルを持っているようなところでの勝負は難しいです。
一方で、誰もやりたくなくて放っておかれている仕事なんて最高ですよ。例えば誰よりも早くシュレッダーのゴミに気付いて捨てられる、とかその程度だって構いません。誰もやらないけどやった方がいいこと、自分だったらできることを選び、スキルにすることが大事なんです。
「どうでもいいだろ、そんなスキル」と思うかもしれませんが、そう思われる仕事を黙々とやっている姿を偶然に知ったときに、他人が自分に対して決定的な判断をすることはよくあることです。それだけで評価されることを期待すべきではありませんが、最後の決定的なひと押しにはなったりするものです。
僕も、過去、苦労しているときに助けてくれた人に対して、あとになって理由を聞いた時に、そんなことで信用してくれたんだとびっくりすることがあります。人間は一人では成功できません。そして人間が誰と一緒に仕事をするかを決める理由って、実は大した根拠はなかったりするものです。感覚的にあなたと相性がよくて、仕事をする言い訳を探しているだけかもしれません。
そう考えると、身に付けたいスキルを探すのって大変なことじゃないし、プロになるのも簡単、一番になることだって超簡単。あなたが人生で出会う人が、見方によっては、あなたが一番だ、と思えるぐらいになればいい。そんなに難しいことじゃありません。とにかく一度、やってみればいいんですよ。
取材・文/石川香苗子 撮影/吉永和久
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