キャリア Vol.664

20代を“ダラダラし続けた”小説家志望の男が、就職したら2カ月で文学賞&賞金1200万円を手にした話【倉井眉介】

“イイ20代の過ごし方”って何だ?
30代を迎えるとき、かっこよく、自分らしく働いていられるかどうかは、20代の過ごし方次第。だから聞いてみたい。つい憧れてしまう、イキイキと働く先輩たちに。「イイ20代の過ごし方って、何ですか?」

20代から華々しい活躍を遂げる人がいる。一方で、なかなか芽が出ず30代になり、一気に才能が開花する「遅咲き組」もいる。最近まさにその“遅咲き”を叶えたのが、34歳にして新著『怪物の木こり』で、『このミステリーがすごい!(このミス!)』大賞を受賞した倉井眉介さんだ。

21歳で作家を志した倉井さんは、大学を卒業した後、コンビニでアルバイトをしたり無職になったりと、お世辞にも”立派な社会人”とは言えない生活を送る。そして、34歳で初めての就職をした矢先に『このミス!』大賞を受賞した

宝島社が主催する『このミス!』大賞といえば、『チーム・バチスタの栄光』シリーズの海堂尊さんを筆頭に多くのベストセラー作家を輩出してきた、名誉あるエンタメ文学賞。その賞金はなんと1200万円というから驚きだ。

まさにドラマのような逆転劇を経験することになった倉井さんの、「小説家になりたいくせに、書かずにずっとダラダラしていた20代」にクローズアップしてみよう。

倉井眉介(くらい・まゆすけ)さん

倉井眉介(くらい・まゆすけ)さん

1984年、神奈川県生まれ。帝京大学文学部心理学科卒業。第17回『このミステリーがすごい! 』大賞を受賞し、2019年に受賞作『怪物の木こり』でデビュー。

会社に入っても社長にはなれない。だったら、小説家になろう

僕が本を好きになったきっかけは、大学の図書館にあったホラー小説の『黒い家』(角川/貴志祐介著)を読んだこと。それまでは、ほとんど本を読んだことがありませんでしたが、映画が面白かったので原作を手に取ってみたんです。

それからミステリー小説が好きになって、いろいろと読み漁るようになりました。でも300冊を超えたくらいで、自分が読みたいと思う本がなくなってきて。「この本はこういう話の方が面白いんじゃないか」とか「こんな話の本があればいいのに」と、自分の頭の中で物語を空想するようになりました。そのときに、自分が作家になることを意識し始めたんです。

でも大学4年生になると周りが就職活動を始めたので、僕も同じように普通のレールに乗っとくか、と思って就活をスタート。何社か選考を進めていたんですけど、あまり上手くいきませんでした。面接を受けてると「何か違うな」って、ずっと違和感があったんです。

しばらくしてその違和感の正体に気付きました。それは「こんな小さなことで苦労してるくらいでは、自分は社長になれないな」ということ。昔読んだ『銀と金』(双葉社/福本伸行著)という漫画に「人生、金を掴まなきゃ嘘だ」という台詞があるんですけど、それに影響を受けて「金を稼ぐなら、社長になるしかない」と密かに思っていたんです。でも多分僕は、会社に入っても社長にはなれない。それなら就職活動なんて意味がないなと思い、「普通の生き方」は諦めました。

その一方で、僕の「頭の中の物語」は今売られている本よりも面白いから、小説家としてならやっていけるんじゃないか、という根拠のない自信がありました。それに、小説家になった方が社長になるよりも大金を掴める可能性がある。もともと昔から「人生は普通の道を生きるか、夢に向かって挑戦するかの2択しかない」と思っていたこともあり、僕は後者を選んで生きることに決めました。

アルバイトは週2〜3日。
時間は有り余ってるのに、小説を書かずにダラダラし続けた

倉井眉介(くらい・まゆすけ)さん

今はガスを扱う会社で働く倉井さん。この日は“いつもの作業着”で取材に来てくれた

大学卒業後は、小説を書きながら、週2~3回は深夜のコンビニでアルバイトをしていました。僕は実家暮らしだったこともあって、月に10万円くらい稼げれば普通に生きていけたんですよね。普段から友達にも会わないし、図書館で本を借りて読んだり、たまに自転車で少し遠出をしたりするぐらいで、あまりお金を使うこともなかったんです。何かを我慢してたとか、つらいことはほとんどありませんでした。何なら意図せず毎月数万円も貯金できていたくらいです。

運悪く2回、バイト先のコンビニが潰れてニートになることもありました。その時は、親に無職だってバレたくないから、夜中にバイトにいくフリをして、自転車で夜の街中を走り回ってました(笑)。それはそれで楽しかったですよ。

これだけ時間があるなら、さぞたくさんの小説を書いていたと思うでしょう? でもその全く逆で、かなりダラダラしていました。小説は書かずに本を読んだり寝たりして、1日が終わってましたね。年に1~2回は文学賞とかに応募していたんですけど、いつも本気を出すのは、締切り直前だけ。しかも、締切りギリギリで送るから推敲もまともにできていない「未完成」な状態で提出したこともありますし、そもそも応募の締切日に間に合わないことも多かったです。

「もっとちゃんと推敲して、書き直したいなぁ」って毎回思うんですけど、またダラダラした毎日に戻って、結局間に合わないという。今振り返ると、僕の20代って相当ひどいことを繰り返していたと思いますね。時間がありすぎて、何もしない。本当に絵に描いたような「ダメな生活」をしていました。

倉井眉介(くらい・まゆすけ)さん

とにかく明るく「ダメエピソード」を話してくれる倉井さん。

34歳で初めての就職。会社員になったら、2カ月で受賞作が書けた

30歳を過ぎた頃、これまで「自分の好きに生きろ」というスタンスだった父親にもついに「何かしろ」と言われ、ハローワークに行きました。そこで、希望の職種などを書かされたんですけど、何も思い浮かばなくて、ちょっとしたパニックになったんです。

そのときに初めて、「自分の中で大きな不安が育っていた」ということに気付きました。「このまま小説家になれなかったらどうしよう」って。それでも現実と向き合いたくなくて、そのままコンビニのバイトを続けていました。

そして34歳になった頃。例のごとく、小説の応募締切りに間に合わなくて。こんなことをもう何年も繰り返しているので、「僕は40歳まで同じことを繰り返しているかもしれない……」と自分に絶望しました。ようやく「小説家を目指すにしても、まずは会社員としてちゃんと就職して、生活を立て直そう」と思ったんです。

倉井眉介(くらい・まゆすけ)さん

「就職しても小説は書ける、って気付くまでに10年かかりました」(倉井さん)

僕って何気に強運なので、就職活動をしたらタイミングよく求人が見つかって、そのまま入社が決まりました。すごくラッキーでしたね。今も続けてるんですが、ガスを扱う会社で、ガスを容器に詰めて出荷する仕事をしています。そこで初めての会社員生活をスタートさせました。

就職したのは2018年の4月でしたが、まだ小説家の夢は諦めていませんでした。今まで中途半端に仕上げていた小説を、しっかりと推敲して、納得した状態で作品を完成させよう。今まで受けた小説に関する周りのアドバイスなんかもしっかり振り返って、作品に真剣に向き合いました。

そしてちょうどその年の5月31日が締切りの『このミス!』大賞に応募したんです。それが、今回大賞を受賞することになった『怪物の木こり』。あんなに時間があったときはできなかったことなのに、会社員として規則正しく働くようになってから締切りが守れるようになりました(笑)。自分が心を入れ替えた後の作品は、選考員の方にもしっかり評価してもらえて、今回の受賞に繋がった。

きちんと推敲する、人のアドバイスを聞く、締切りまでに終わらせる……「基本的なことをちゃんとやる」ことって大事なんだな、と身を持って学びましたね。

倉井眉介(くらい・まゆすけ)さん

「受賞を聞いたときはうれしすぎてやばかったです。実家で腕立て伏せして、エネルギー発散してましたから!」(倉井さん)

家族にもすごく喜ばれたし、受賞してからは職場で「先生」ってあだ名を付けられました。大賞賞金の1200万円がいきなり入ることになって、お金がいっぱいあるとも思われています(笑)。お金に関しては正直、使い道もないんですけどね。もともと月10万円あれば余裕で生活できてたので……。それよりも、これからやっと本格的な作家人生をスタートできることがうれしいです。

30代でも逆転ホームランは打てる。自信があれば、20代を賭けてみる価値はある

若かりし僕の理想では、34歳ではとっくに「売れっ子作家」の仲間入りをしていて、「自転車で旅をしながら小説を書く」という悠々自適な生活をしているはずでした。

でもまぁ、回り道はしてしまったけれど、僕の20代に後悔はありません。なんだかんだで、望んだ道を歩んでいることはできているので。あの頃の自分には「ペンだこができるくらいにもっとたくさん書いておけよ」とは言いたいですけどね(笑)。

一つ、後悔しない人生を送るために、僕なりに意識していることがあります。それは「他人と自分を比較しない」こと。

僕は小説に関することなら、周りの意見は素直に聞き入れますが、自分の人生に関することは、口出しされても深刻には受け止めません。親からも何度も「ちゃんとしろ」と言われてきましたけど、普通に生きたって結局、不幸になるときはなりますし。自分の理想に妥協して、しんどい仕事に就いてしまったら、きつい人生を生きることになりますよね。それってすごい不幸だし、それなら自分が信じることをやってみた方がいいと思うんです。だから20代のうちは、周りの評価なんて気にせず、自分の道を信じた方がいい。

ただし、その道に自信がないなら、さっさと辞めたほうがいいです。どう考えても危険なので。僕だって、もし今回大賞を獲ることができていなかったら、「20代は親のスネをかじり倒した34歳のやばい奴」のままですから(笑)。でも僕には作家になる自信があったから、ここまでやってこれたんです。30代だって「逆転満塁ホームラン」は打てる。そのために自分の20代を「賭けてみる」のもありってことです。

取材・文/青野祐治 企画・編集・撮影/大室倫子

Information

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倉井眉介(くらい・まゆすけ)さん

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