普通の会社員が“早起き”で5000人を変えるまで「勢いに巻き込まれて絶体絶命の窮地に立ったら、道が拓けた」【朝渋 5時こーじ】
ビジネスパーソンの間で話題の朝活コミュニティ『朝渋』の運営責任者“5時こーじ”こと井上皓史さん。 彼は子どもの頃から家庭の方針で、朝5時起きの朝型生活を続けてきた。
「僕の長年の早起き習慣が、いつしか人のためになり、今は仕事にもなっています」と微笑むが、もともとは大きな志があるわけではない、普通の会社員だったという。そんな井上さんはどのようにして、“5時こーじ”として活躍するようになったのだろうか。
「特別な志があったわけではない」普通のサラリーマンが朝活コミュニティ『朝渋』を始めるまで
――ビジネスパーソンの間で『朝渋』が話題ですが、具体的にはどんなことをやっているんですか?
「日本の朝を変える」を理念に、渋谷で朝活のコミュニティをやっています。特に好評なのは、朝7:30から渋谷・道玄坂のブックカフェで話題の本の著者をお招きする「著者と語る読書会」。 乙武洋匡さん、箕輪厚介さん、はあちゅうさんなど話題の人をお呼びして読書会を行なっています。20代の会社員を中心に、これまで5000人以上が参加してくれました。僕はそのコミュニティの責任者として、企画や運営をやっています。
――出社前の時間を使って学びたい、成長意欲の高いビジネスパーソンが集まりそうですね。でも、今26歳の5時こーじさん自身は社会人3年目頃までは「何も軸がない平凡な会社員だった」とお聞きしました。
そうなんです! 若手ってよく「やりたいことを持て」とか、「何者かになれ」と言われますよね。でも僕は全くそんな風に思っていませんでした。いわゆる普通のサラリーマンで、平日は会社へ行き、休みの日は友だちと遊んで、日曜の夕方に「明日から仕事か……」って憂鬱になる。売上目標を達成したらボーナスがちょっと増えて嬉しい、みたいなささやかなことがモチベーションの、志のない会社員でした。
――志がないことについて、ご自身ではどう思っていたんですか?
特に焦りはありませんでした。漠然と「平均よりはちょっと上でいたいな」とは思っていましたが、まあ、「会社の査定で良い評価がついたらいいな」という感じ。
もともとめちゃくちゃ突き抜けたいとか、天下を取ってやるみたいな考えはなかったんです。競争も好きじゃないし、誰かより抜きんでることも、人を蹴落とすのも嫌で。新卒で内定を3社いただきましたが、選んだのは一番小さな会社。それも大手企業の中で大勢の同期と競争するのが嫌だったからです。
――そこから、どうして『朝渋』を始められたんでしょうか?
「早起き」で立て続けに2人の人生を変えたことがきっかけです。
新卒で入社した会社の仕事は営業がメインでで、もう少し世の中に新しいことを提供したい! と思って新卒2年目の時に社員数5人のベンチャー企業に転職しました。創業期のベンチャーだったので皆終電まで働いているような環境だったんですが、僕一人だけ朝7時から働いて、夜はさっさと帰っていました。そうしたら社長から「俺も頑張って早起きして、働く環境を変えたい」と言われたんです。
同じ時期に、当時会社のあるプロジェクトで打ち合わせをした複業研究家の西村創一朗さんにも「朝型になりたいからコツを教えてくれ」と言われた。
――2人にコンサルを頼まれた、と。それはどういった内容だったんですか?
僕が子どもの頃からやっていた当たり前のことを伝えただけです。「寝る2時間前は食べない」とか「夜22時に就寝する」とか。あとは「朝起きたら僕にメッセージを送ってくださいね」と約束したくらい。それで2人とも1カ月くらいであっという間に朝型に変わりました。
社長は会社の始業時間を10時から9時に早めちゃうし、西村さんは「これは世紀の大発見だ! ありがとう!」って言ってくれて。2人とも、「早起きをすると頭が冴えた状態で効率良く仕事ができることに気付いた」と。それがきっかけで、西村さんと朝活コミュニティーの朝渋をやろうということになったんです。
――スタート当初から、5時こーじさん主導で活動していたんですか?
いや、正確には西村さんに引っ張られるかたちでスタートしました。彼が「朝活ってすごくいいね! 早起きの良さを広めるためにコミュニティつくろうよ!」と盛り上がってくれて。フロントに立ってくれたのは西村さんで、僕はどちらかというと裏方という感じでしたね。
早起きは僕にとっての「当たり前」。仕事になるなんて、思ってもみなかった。
――早起きのコンサルティングが、5時こーじさんの人生も変えたんですね。
「自分にとっては当たり前だった早寝早起きが、これだけ人に感謝されるんだ」という出来事が立て続けに起こり、自信がついていきましたね。コミュニティを立ち上げてからは、メンバーからも「早起きできるようになって、人生が劇的に豊かになった」と言われて嬉しかったです。それから2年くらいは、本業と並行して朝渋の活動をやっていました。
――そこから朝渋一本に絞って、独立したのはなぜですか?
正確に言うと、独立したわけじゃありません。2018年8月に起業家であり、朝渋運営メンバーだったの中村(朝紗子さん)と結婚したことを機に、彼女が経営するMorning Laboに朝渋の事業ごと入社した、というのが正しい表現です。
本業を辞めて朝渋に専念することに決めたのは、本来複業であるはずの朝渋がどんどん大きくなってきてしまったから。2017年3月に新刊書籍の著者にお話しいただく「著者と語る読書会」をスタートさせたところ、次第に前田裕二さんや岡島悦子さんといった著名人が来てくださるようになって。多忙な方でも朝早い時間だとスケジュールが空いていることが多いので、意外にも著名な人たちが続々と参加してくれたんです。人気の高まりと同時に僕の業務も増えていったので、本業で働いている時間以外はずっと朝渋のことをやっていました。
――朝渋で頭がいっぱいですね。
すでに一緒に住んでいた中村からは、「朝渋をやっている時の方が楽しそうだから、そっちを頑張ってみれば」と何度も言われました。
同時にその頃、会社を経営をしている中村も経営者としてとても悩んでいました。それなら僕がMorningLaboに入社して、営業や経営を見ながら朝渋の事業を伸ばしてこうと。人生オールインの公私混同経営を中村に提案して、今のスタイルが実現しました。
――パートナーのお名前に「朝」が入っているのも、会社名に「モーニング」と入っているのも運命的ですね!
そうなんです! 今は、朝渋と、Morning Laboの事業全体を見ているのが半々くらいの割合ですね。
――本業を辞める選択に、不安はなかったんですか?
不安はありましたが、一番大切な人が困っているのに、手を差し伸べない理由はありませんでした。また、朝渋の活動で自分の給料はギリギリ担保できそうなくらいの売上があったので、なんとかなるかなと。
――やっぱり、好きなことを仕事にするのって楽しいんですか?
それ、よく言われるんですよ。「好きなことを仕事にできていいね」って。でもそれはちょっと違うんです。僕の場合は習慣を仕事にできた、なので。習慣って、他の人は苦労していることだけれど、僕にとっては全然苦じゃないこと。そこが仕事になっているのは、本当に不思議だなと思います。
「誰かに巻き込まれる」ことで、自分のレベル上げをするのもいい
――朝渋を始めたことで、自分自身にはどんな良い影響があったと思いますか?
小さな成功体験を重ねることの大切さに気付けたのは、自分にとって大きかったです。
――小さな成功体験というと?
ある時、共同運営者の西村さんが朝渋から外れることになり、急に自分で「著者と語る読書会」のファシリテーションを務めることになったんです。それまでは西村さんがフロントに立っていたので、急に一人になってすごく不安でした。
毎週、雲の上にいるみたいなすごい著者の方々が来て、吐きそうになるぐらいプレッシャーを感じながら、それでも何とかイベントを終える。参加者の反応を見て「今日はダメだったな」「いや、ナイスチャレンジだったぞ」って、振り返るんです。
そんな週1回の成功・失敗体験を繰り返して、超高速でPDCAを回せたのが良かったなと。
――それが現在の朝渋の成功にも繋がっているわけですね。
そうですね。普通の会社にいたら、自分の通信簿って3カ月に1回の評価面談の時ぐらいだと思うんです。だけど、苦しい中でも高速でPDCAを回すことで、いつの間にか少しずつ自分らしいファシリテーションのスタイルを確立できるようになり、ビジネスパーソンとしてもレベルアップしていくことができました。
僕にきっかけをくれたのは西村さんでしたが、そこにちゃんと自分でしがみついて、必死にやってこれたのは良い経験でしたね。僕みたいな普通の人間でも、誰かの勢いに巻き込まれて、崖から突き落とされるみたいな経験をしたら成長できるんだなと。
――今、活動を振り返ってみてどんなことを思いますか?
「誰かをサポートしたい」という気持ちが、自分の強みとか、生きていく軸になるなんて、人生何が起きるか分からないなと。考えてみれば、僕は昔から自分が輝きたいと思ったことはなくて、いろんな人を輝かせたいと思い続けてきたんです。学生時代から、「皆でこういうことをやりたい」という世界観を実現するのが好きで、それを通じて人の心が動く瞬間をサポートするのが大好きでした。だからこそ今、「早起きしたい人をサポートする」、「パートナーを支える」という働き方がすごくしっくりきています。
――最後に、これからは朝渋をどのようなコミュニティーにしていきたいですか?
今まで通り、早起きを通じてメンバーそれぞれの基盤づくりをサポートしていきたいと思っています。朝渋に籍を置くことで早起きができるようになったら、午前中に頭が冴えた状態で効率的に仕事ができるし、今まで仕事に充てていた夕方以降の時間にも余裕ができるはずはず。その結果として、職場やプライベートの活動、家庭など、皆にそれぞれの持ち場で活躍してほしいです。僕はメンバー一人一人と向き合っていきたいのでコミュニティを急激に大きくはしたくないですし、今くらいの規模を維持しながら、居心地の良いぬくもりのある場所を維持していきたいですね。
取材・文/石川 香苗子 撮影/大室倫子(編集部)
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