“最恐エゴイスト”だった社会起業家が20代で下した一大決心「早く行きたいなら一人でもいい。でも遠くに行きたいなら皆で行け」【安部敏樹】
「個の力を高めよう」。自分の市場価値を高め、個人のブランドを確立したいと考えるビジネスパーソンは多い。一方で、「個の力だけでは、事を成せない」と話すのは、一般社団法人リディラバで代表を務める社会起業家の安部敏樹さん。
安部さんは17歳のときに漫画『ドラゴン桜』を読んで偏差値30台から東京大学に合格、21歳でリディラバを立ち上げ、29歳で「フォーブスが選ぶアジアの若手社会起業家」に選ばれ、話題を集めた。
現在も起業家として社会問題に真剣に向き合う一方、マグロ漁師や理化学研究所での脳波の研究、東大での講義など、これまでの活動は多岐にわたる。その活動の幅は広く、かつ難易度も高いものばかり。経歴だけ見ると圧倒的な“個の力”を持つように思える安部さんだが、「もっと大きなことを成し遂げたければ、自分は変わらなきゃダメだ」と25歳の頃に気付いたという。
31歳の今、「あのとき変わろうと決断して良かった」と話す安部さんに、当時の葛藤と、変わろうともがいた日々を聞くと、そこには「個の力を高めたい」と躍起になる20代への疑問があった。
「なんで自分と同じようにできないの?」 “無意識なエゴイスト”だった20代
僕は10代から結構苦労してたので、その分「やる」って決めたらとことん努力して、わりと何でもやり遂げることができるタイプでした。17歳のときも勉強なんて全くしてこなかったけど、『ドラゴン桜』みたいに東大を目指そうって目標が決まれば、結果的に東大に入れた。真剣に研究がやりたいって思えばさらに努力して、理化学研究所で働いたり、東大の教壇に立ったりすることもできました。
そういった経験を振り返ると、「本気を出して突き抜けた成果を出す」みたいなことは人よりも得意だったんだと思います。目立つことも好きでしたしね(笑)
21歳のときにボランティア団体としてつくったリディラバも、僕が「社会問題への無関心を打破したい」と心から感じて、理念を決めたら、学生時代の友だちが集まってボランティア組織ができました。リディラバのメインの活動は、多くの人に社会問題が起きている現場を見てもらう「スタディツアー」の企画です。性教育から防衛問題まで、250以上のテーマを掲げて、これまで1万人以上の人に社会問題の現場に足を運んでもらってきました。
立ち上げて3、4年もすると軌道にのってきたので、法人化することになりました。それまで無償でやってきたボランティア組織を、お金を払って人を雇う法人にするのは、とても大変でしたね。当時の僕は24歳で、大学院で脳や社会について研究活動をしていました。就活もしたことがなければ企業に勤めたこともなく、お金を払って人を動かしたこともない。仕事というものが何なのか分かっていなくて、ただ実現したいビジョンにまっしぐらだったんです。
だから社員にも、自分と同じ熱意や行動を求めてしまったんですよね。僕は「自分と他人は違う人間なんだ」という当たり前のことが、分かっていなくって。だから無意識にいろんな人を傷つけてばかりいました。
今だから分かるんですけど、僕ってめちゃくちゃ理屈っぽくて、すぐ人を詰めてしまうところがあったんです。当時は本当に不思議だから聞いていただけのつもりだったんですが、「なんでできないの?」、「なぜこんなことも分かんないの?」、「どうしてそんな意味不明な方向へ突っ走ってしまうの?」って、よくメンバーに問い詰めていました。今となってはとても反省してますが、完全にパワハラ野郎ですよね(笑)
自分の指示を理解してくれているように見えた社員からのアウトプットを見たら、意図が全然伝わっていないこともよくありました。僕は疑心暗鬼になって、「この人は俺を困らせるつもりなのか……?」なんて思っていましたね。そのとき社員に「正直言って、皆安部さんが言っていることの1割も理解してませんよ」と言われたこともあり、愕然としたことを覚えています。
そのあとにも大手企業から転職してきてくれた優秀な社員から経営会議中に「君とはやっぱり合わないね」と言われて翌日辞表を出されたりと、思うようにいかないことが続きました。皆がなぜ自分と同じようにできないのかが、本当に理解できなかったんですよ。そもそものスキルや知識、マインドは人それぞれ違うっていう当たり前のことが。
そんな感じだったので、20代半ばは、なんでこんなにうまくいかないんだろうと、モヤモヤした時期が続きました。それはそれは、失敗だらけだったんですよ。
白馬の王子様はいない。学生からの指摘で、自分の未熟さに気付かされた
そんな失敗続きだったある時、学生インターンとして来ていた学生に「安部さんって、白馬の王子様を待っているタイプですよね。そんなの絶対来ませんよ」って言われて。僕と同じぐらい事業にコミットして、それをやりきるスキルもある人なんて、おとぎ話に出てくる王子様やヒーローみたいなもの。その話をしてくれた子にも「安部さんと同じ人がいるわけないでしょう」ってはっきり言われました。
そこでやっと気付くことができたんです。そんな人を待ってイラつくよりも、すでに僕の周りに集まっている、「リディラバの事業で社会を良くしたい」とか、「安部と一緒に仕事がしたい」と思ってくれている人たちに目を向けないとって。
冷静になって振り返ってみると、僕の周りには優しい人しかいなかったんですよ。幹部が突然辞めてしまったときも、あるメンバーは「安部さん、私たちも一斉に辞めてしまうって思っているでしょう? 大丈夫です、ちゃんとここにいますから。明日からもう一回立て直しましょう」って言ってくれていたんです。そのときの僕は「優秀な幹部に辞められて困る」ってことで頭がいっぱいだったのに。もっといえば、その幹部だって、ずっとリディラバや僕のことを心配してくれていたのに。
そんな人たちの顔を思い出しながら、これから先もリディラバに人生を賭けて、本当にいい事業にしていくために必要なことを改めて考えました。ここまで想ってくれる人たちや、自分より何段階も優秀な人と一緒にやっていけるようにならなきゃいけない。そのためには、今の自分は未熟すぎる。僕が自分のエゴばかり通していたら、いつかここにいる仲間たちもいなくなってしまう。そんなのは絶対に嫌だと思ったんです。
心が痛む数々の失敗を経てもなお、それでも側にいてくれる奴らを失いたくない。その一心で、自分を変えるんだって、決めました。
それから一番気を付けたのは、目の前にいる人を信じて疑わないこと。他社から内定が出ていたり、優秀なスキルを持っていたりするのに、理念に共感してあえて大変そうなリディラバに来てくれるような人が、自分や組織を陥れようとするはずがない。
大切な仲間を失わないためには、目の前の人を信頼すること。数々のろくでもない失敗を通して、そのことがようやく分かりました。意識して周りを信頼するようになってからは「最近、優しくなりましたね」って言われるようになりましたよ(笑)
そうして数人から始まったリディラバも数十人規模のチームへと成長し、できることもどんどん増えてきた。法人化して4年後の2017年にはForbesの「アジアを代表する30歳未満の30人 (Forbes 30 Under 30 Asia) 」にリディラバや僕が選ばれるような組織になってきたんです。
事業も研究もマグロ漁師も、仕事をする上で必要な力は全て同じ
こうして10年ほど事業を率いてきて分かったのは、「どんな仕事にも応用できる力」というものがあること。
僕はリディラバの他に自分の研究や、大学の講義、マグロ漁師、芸術祭のオフィシャルサポーターなんかもやってきたんですけど、どの仕事もやることは一緒なんですよ。現状に何らかのアクションを加えて、適切な変化を起こすことで、理想の未来を実現する。それが、仕事の正体だと思うんです。
そこさえ押さえてしまえば、プロ野球選手も、営業も、エンジニアも同じです。そのために必要な力を20代のうちに身に付けてしまえば、何度ジョブチェンジしたってやっていけるし、ゼロリセットにもならない。
その力の正体は3つに分類されます。常に高いモチベーションを維持する力、自分で課題設定をする力、そして異質な他者と合意形成する力。この3つが事を成すためには必要不可欠です。
僕は自分自身で何かを決定したり、目標に対してコミットする力はあったと思いますが、3つ目の合意形成の力が足りなかった。そのことに25歳で気付かせてもらえたことは大きかったですね。
今は世の中全体として「個の力が大事」って言われていますけど、個人が一人でできることには、しょせん限界がある。組織には、個人と社会の間をつないで、個人がより大きなインパクトを出せるパワーがあります。だからやりたいことをスケールさせていくためには、良いチームをつくることが必要です。その方が大きな影響力を発揮できる。
そのためには合意形成力が欠かせませんから、人生で何か事を成したいって思うなら、自分のスキルを磨くだけでは不十分。20代のうちからチームで働く環境に飛び込むことも大事なんじゃないかと思います。自分とは生きてきた環境や価値観が全く違う人たちと何かを成し遂げることで、合意形成力は身に付くものですから。
「早く行きたいなら一人で行け、遠くへ行きたいなら皆で行け」っていう言葉がありますが、まさにこれです。個人のレベル上げだけに躍起になるのではなく、一緒に働きたい仲間や、側にいてくれる人を増やして、あえて群れる。僕はこれからもそういう方法で、社会に対して大きなインパクトを出していきたいと思っているんです。
取材・文/石川 香苗子 撮影/大室倫子(編集部)
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