暗闇ボクシング『b-monster』を21歳で創業した塚田眞琴「2億円の初期投資に不安はなかった」
クラブのような真っ暗なスペースに光るさまざまな色の照明、EDMを中心とした爆音のダンスミュージックが流れ、ずらっと並んだ白いサンドバッグにパンチを打ち込む。そんなNY発の“暗闇ボクシング”エクササイズを日本で大流行させたのが、『b-monster』だ。
仕掛けたのは、創業当時21歳と22歳の大学生だった塚田姉妹。昨今の若手起業家といえば、初期投資の少ないWebサービスなどから事業を立ち上げることも多い中で、彼女たちは初めに2億円を投資し、銀座に店舗をオープンさせたというから驚きだ。
塚田姉妹はなぜ、20代前半という若さで、フィットネスジム事業を立ち上げることができたのか。大きなリスクを背負って起業した、その勇気の源はどこにあるんだろう。今回は、当時大学2年生だったという妹の塚田眞琴さんに、起業に至った「初めの一歩」を聞いてみた。
姉妹で本場NYの暗闇ボクシングを体験
「事業にしたら絶対にウケる」
――眞琴さんはそもそもなぜ「暗闇ボクシング」に興味をもったのでしょうか。
大学2年生の時、姉と一緒に「ダイエットして痩せよう」と目標を立てたんです。そこでボクシングの体験に行ったのですが、鏡張りの明るいジムで運動している姿って、すっごく恥ずかしくて。結局、全然集中できなくって。
――あぁ、分かります……。特に慣れていないときは、クラスで浮いているような気もしちゃいますよね。醜態をさらしている気分になるというか。
そうなんです! 自意識過剰かもしれないけど、とにかく人の目が気になってしまう(笑)。そんな時、今NYで暗闇ボクシングが流行っていると知りました。ちょうど姉とのNY旅行が決まっていたので、現地に体験しにいったんです。
実際にやってみると、真っ暗なスタジオに音楽がガンガンかかっていて、周りなんて全く気にならない。サンドバッグと自分だけに集中できる環境で、めちゃくちゃテンションが上がったんです。「これが日本にあったら、絶対にウケるだろうなぁ」と姉に話したら、彼女も同じことを考えていたみたいで。成功を直感して、事業にしようと考えました。
――そこで普通は「事業にしよう」とは思わないと思うのですが……。普通の大学生なら「これが日本にあればいいのになぁ」で終わりませんか?
それは両親の影響が大きいと思いますね。うちは両親共に経営者で、母は全国展開しているエステサロン、父はコンサル系の会社を経営しているんです。
――両親共に! かなり特殊な環境ですね。とはいえ、姉妹ともに当時は大学生ですよね?
そうですね、ビジネスに関する知識も全くありませんでした。でも、自分たちがどんなターゲットにどんな体験をしてもらいたいのか、ペルソナやコンセプトをがっちり固めて、両親にプレゼンしました。
――ご両親はなんと仰っていましたか?
2人がそこまでいうなら、と事業計画にかなりアドバイスをしてくれて。結果的に、両親個人から2億円を借りて、銀座に1号店をオープンすることが決まりました。
――眞琴さんの場合は大学を辞めてまで起業の道を選んでいますよね。さらに、固定費の大きい店舗型事業をやること、背負う金額の大きさ、不安要素はたくさんあったかと思いますがどうでしたか?
それが、不思議と不安は全くなかったんですよ。両親からずっと「何事もやりたいなんて言ってる暇があるなら、やった方がいい」と言われて育ったので。
その分、両親にはたくさん意見をもらって、経営に関してはかなり練り込みました。 当時は実家で両親と同居していたんですけど、朝ベッドから起きて寝ぼけながらリビングに行ったら、父から事業計画に関する説教。寝る前にテレビを見ていたら、突然母からプロモーション計画に関する説教。正直、すごい嫌でした(笑)
「報連相やコミュニケーションがうまくいかない……」
社員に詰め寄られて気付いた、自分の至らなさ
――眞琴さんの起業家としての「初めの一歩」は、とにかく行動あるのみという感じで始まったんですね。
そうですね。もともと私は「やりたい」と思ったらそれを行動に移せるタイプで。「自分でどうにかする」ことは得意な方だったんです。でも、問題はその後でした。
――起業への一歩を踏み出した後に、苦労したという感じでしょうか?
会社って「自分だけじゃどうにもならないこと」が多くて、皆で力を合わせて成果を出していくものですよね。でも私は、人と関わるのがそんなに得意じゃなくって。起業準備中に採用した10名のパフォーマー(※実際にレッスンをしてくれる講師)とのコミュニケーションには苦労しました。
――『b-monster』は実際に教える人がいないと成り立たないですもんね。
当時は「暗闇ボクシング」なんてまだ日本にはなかったから、「こんな感じのレッスンにしたい」と口頭で伝えていたんです。「クラブのような空間で、サーキットトレーニング・シャドーボクシング・サンドバッグ打ちをする。基本の説明は全部英語で、要所要所で『Great!』みたいな感じで煽ったりしてください」とかって(笑)。そんな曖昧な説明を元にプログラムを組むから、なんかしっくりこなくて。社員も困っていましたね。
――あれを口頭で教えてもらうのは難しい気が……。
そうなんですよ。だから結局、全員NYに行って本場の暗闇ボクシングを体験してもらいました。プログラム以外の、フロントなどの空気感も共有できたのは大きかったです。そこからはNYで学んできたものにb-monster独自のエッセンスをプラスしたりして、オープンまでスムーズに進みましたね。
――念入りに準備されたこともあって、オープン後はすぐに会員数が伸びたと聞きました。なぜいきなりそんなに集客できたのでしょうか?
そうですね、ありがたいことに2カ月で目標集客人数の1000人を超え、すぐに2スタジオ目を出そうという話になりました。
それはPRの力が大きかったと思います。最初に、モデルの道端アンジェリカさんとお笑い芸人の松村邦洋さんを起用して、大々的な記者発表を開催したり、インフルエンサー向けに体験会を企画したり。メディアに取り上げていただき、一気に認知が広がりました。コンテンツ自体には自信があったので、認知さえしてもらえれば体験・入会に繋がるだろうと思っていましたね。
――いきなりPRにコストをかけるという戦略は、ベンチャー企業としては珍しいですね。
実は父の経営者としての教えなんです。「広告費を使わずに会員数を少しずつ増やしていくよりも、一気に会員数を増やすために、最初に広告費を使った方がいい」と言われて。すごく納得しました。
――お話を聞いてると「お金持ちだったからできたのでは……」と思ってしまうのですが。さすがに順風満帆すぎませんか?
それはよく言われることですし、もちろん親が資金を貸してくれたり経営ノウハウを教えてくれたことはとても大きい。それでも私たちなりに、難しい問題一つ一つに向き合ってきました。
オープンしてすぐ軌道に乗り始めはしたけど、その分社内のトラブルもありましたし。先ほども言ったのですが、私はやっぱりコミュニケーションが苦手で。社員に自分たちが今何をしているかとか、どんなことを考えているかを話していなかったんですよね。するとある日社員に「お二人は毎日何をやってるんですか? 僕たちに日報書かせるならまずあなたたちが書いてくださいよ!」って詰め寄られました。
――上司の動きが不透明なことに、社員たちの不満が溜まってしまったと。
私は社会人経験がないので、経営者が社員に日々のスケジュールを報告するという概念があまりなくって……。そんなことを社員に言わせてしまったことは私達の落ち度でもあるなと思い、それからは私たちの仕事が何であるかをしっかり伝えるようにしました。
一見パフォーマンスには関係のないような経営の話でも、必ず社員には話すようにしています。今は国内8スタジオ、上海に2スタジオにまで拡大して社員も約150人に増えたので、より一層社員とのコミュニケーションは大事にしていきたいと思っていますね。
――社員150人! ここまで会社が大きくなることは想像していましたか?
創業当時はこのスピードで、ここまで大きくなることは想定していませんでした。前だけを見て進んでいったら、ここまでになったという感じです。それも社員の皆が育ててくれたおかげですね。
先日、150人の全社員が集まる会議を行った時に「私にはここにいる全員の給料を払う義務がある、社員の家族や子どもたちまで、私が守らなきゃいけないんだ」と強く責任を感じました。自分だけで突っ走るのではなく、社員と力を合わせていかなければいけないなと、最近は改めて感じています。
重要な選択に迷ったら「あみだくじ」で決めればいい
――これまでを振り返ってみて、『b-monster』を始める前の自分にアドバイスしたいことはありますか?
そうですね……。アルバイトではなくインターンなど、より社会人に近い経験をして、会社組織について学んでみてもいいんじゃないかな? と言いたいです。起業後に、社会保険や福利厚生など、社会人として働いていれば誰でも知っているような常識すら知らずに、困ることもあったので。
でも、暗闇ボクシングを展開するならあのタイミングがベストだったので、もしあの時に戻れたとしても同じことを繰り返すかなとも思います。
――とはいえ、新しいことに踏み出す、特に誰もやったことがない事業を興す、というのには勇気がいりますよね。眞琴さんの勇気の源というか、行動に移せる秘訣を教えてほしいです。
基本的には直感を信じているので、「やりたい」と思ったらまず行動しちゃうタイプなんですよね……。あ、あと私には「最終兵器のあみだくじ」っていうのがあります!
ここぞという時こそ、あみだくじで人生のターニングポイントを決めるんです。さすがに経営など他人を巻き込むような責任のあることには使いませんが、私生活では昔から「大事なことこそあみだくじ」と決めていて。学生時代の進路もそれで決めました。
――え。運任せってことですか?
いや、実はあみだくじって、自分の感情と冷静に向き合える絶好のツールなんですよ。まずあみだを作るときに、どっちに当たってもいいような選択肢を決めるじゃないですか。その時点で、それは両方ともやりたいことのはずで、どちらの道に進んでも問題ないんです。
――その方法で決めると、「あの時あっちを選んでおけばよかった」と後悔しませんか?
だから後でそう思わないように、何をやるのかが決まったら「これでやってくぞ」とちゃんと覚悟するんですよ。どちらを選ぶにせよ、それをベストなものにしていくのは自分自身ですから。
――なるほど。
あみだで決まった選択肢をどういうものにしていくかは、自分の覚悟次第。だからまずは「何をやるか」を決めて、そのあとはグダグダ言わずに行動あるのみだと思うんですよね。自分の中で覚悟さえ持てば、あとは前を向くしかなくなるというか。
私自身も『b-monster』の事業をやるって決めたら「あとは行動あるのみ」で、前だけ向いてやってこれました。その後に問題が出てきても、その都度ちゃんと反省して調整していけばいいだけですし。
もちろんそこには責任も伴いますけど、「覚悟のある仕事」ってすごく楽しい。だからこそ『b-monster』を興すと決めたあの時から、大変なことがあっても常に充実感のある人生を送れているんだと思います。
取材・文/石川 香苗子 撮影/大室倫子(編集部)
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