バーチャル空間で働く“VR出社”の実態を聞いたら、普遍的な仕事の質を上げるヒントが見えてきた【動く城のフィオ】
“ニューノーマル”に向けて、今世界中で働き方が大きく変わっている。特にリモートワークやオンライン会議はこの数カ月で広く普及し、これまでは対面で“何となく進んでいた仕事”が見直される場面も増えてきた。
では今後、ますます新しい働き方が広がってきたら、「対面の雰囲気に流されることのない、本質的な仕事」がより重要になってくるのでは?
そこで今回は、2年前からVR空間上のオフィスにアバターとして出社している『動く城のフィオ』さんへのインタビューを実施。VRで働くことから紐解く、「本質的な仕事」とは?
「死にたい毎日」を救ってくれたVRの世界
おお! 取材の時も、アバターなんですね。かわいい~!
ありがとうございます! 中身はおっさんなんですけどね。
おっさん(笑)! フィオさんは、そもそもなぜVR上で活動することになったんでしょうか?
きっかけは、うつ病になってしまったことです。僕はもともと一部上場企業で営業や企画職を経験した後に、ベンチャー企業に転職して経営者として働いていました。
だけど、ある日突然、うつ病の症状が強く出て、1週間以上ベッドから出られなくなってしまって。今まで好きだったことにも興味を持てなくなってしまったんです。
それはつらいですね……。
しかも群衆恐怖症と対人恐怖症を併発してしまい、外に出るのも人と話すのも怖いから、会社にも行けなくなって。その頃はFacebookなどの通知が来るのも怖くて、SNSをすべて辞めて、家族以外との接触や連絡手段を絶ったんですよ。
家族以外の人間関係を全て断ち切ったと。
はい。当時、すでに結婚して子供も2人いたので、このまま社会復帰できないとマズいのでは……と不安な毎日を過ごしていました。
そんなときに出会ったのがVRの世界?
そうです。2017年末頃に、バーチャルYouTuberというのが流行り始めたのをたまたまネットで見かけて、それまで何にも興味を持てなかった僕が久々に心を動かされたんです。それで、まずは3Dで自分のキャラクターを作ってみたら、夢中になっちゃって。
VRのどんなところが、そんなに魅力的に思えたのでしょうか?
「バーチャルの世界では、どんな姿にもなれる。どんな場所にでも行ける。なんでも創れる。」そんなキャッチフレーズにすごく憧れを感じましたし、他の人が作る個性的なアバターに囲まれるのも幸せでした。もともとモノづくりとか、クリエーティブなことが好きだったというのもあります。
バーチャル空間では「フィオ」として自由にコミュニケーションをとることができたんですね。
そうです。でも妻からしたら昨日まで「死にたい」とか言っていた夫が、夜な夜なPCの前でVRゴーグルをつけてはしゃぐようになっちゃったので驚きですよね。
「急にどうしたの!?」って感じですね(笑)
でも本当に、バーチャル空間でアバターとして生活するのが、自分にとってすごく居心地が良かったんですよ。自分の趣味全開のかわいい女の子の姿を、バーチャル空間のみんながまるっと肯定してくれて、受け入れてくれるのが救いになりました。見た目は違っても、中身は自分のままでいいんだなって、ちょっとだけ自己肯定感を取り戻せたんです。
優しい世界ですね……!
リアルオフィスへの出社は2年で3回だけ。
メンバーのほとんどがフィオの素顔を知らない
その後、現在取締役をされているHIKKYに入社していますよね。これはどういった経緯で?
僕はVRを始めて数カ月で、オンライン上のイベントを開催したり、VTuber(VR YouTuber)を始めてみたりして、いつのまにかVR界隈で「企画系VTuberの第一人者」みたいになっていたんです。
それに注目してくれたHIKKYが2018年に「VRの企画会社を立ち上げるから、参加してくれないか」と声を掛けてくれました。
HIKKYには、アバターのまま出社されているんですよね?
そうです。バーチャル空間にあるオフィスに出社しています。
2018年に入社してからリアルのオフィスに行ったのは、2年間で3回くらい。もし今僕がフラっと会社に立ち寄っても、メンバーの大半は気付かないと思います(笑)。バーチャル空間やSlack上にいれば、みんな「フィオちゃん!」と話しかけてくれるんですけどね。
2年で3回! それで仕事がまわるのがすごいですね。具体的にはどのような業務を担当されているんですか?
主に『バーチャルマーケット』というイベントや、その姉妹イベントの企画をしています。
『バーチャルマーケット』は、会場に展示された3Dアバターなどを自由に試着、鑑賞、購入できる、VR空間上の展示即売会です。アバターがバーチャル空間における「服」だとしたら、ファッションモールのVR版のようなもの、というと分かりやすいでしょうか。
会場の世界観はファンタジーだったり、SFだったりするため、厳密にファッションモールかと言われると違う、新しい概念。なので「バーチャル空間上で開催されるマーケットフェスティバル」と呼ぶようにしていますが。
なるほど、イメージしやすいです!
これは2018年から始めたイベントなんですが、ありがたいことに2020年末には第5回目の開催を控えていて、今回は年末年始にかけて約1カ月間実施する予定です。
1カ月開催! かなり大きな規模なんですね。 このイベントを企画・実施するために、バーチャル上のオフィスをどのように活用しているんですか?
常にみんながVR上に集っているというよりは、普通にslackやメールを使うこともあるし、TPOに応じていろんな場所を使っている感じですね。
例えば今、『バーチャルマーケット』プロジェクトでは、お互いにアバターの姿しか知らないフルリモートのメンバーが30名くらいいるんですけど……。
(さらっとすごいこと言ってる)
そのときは、空間にペンでイラストが描けるミーティングルームを使ってみたり、イベントを実施する会場もVR空間なのでそこに集まったりしています。みんなでイベント会場を見ながら、アバターを通して「もっと天井を高くしない?」とか話してますね。
未来感ハンパないですね……!
仕事の質は「自分のモチベーションで動けるか」で変わる
今「withコロナ」の働き方が注目されていますけど、「VR出社」も新しい選択肢の一つですよね。一足先にそれを実践しているフィオさんですが、アバターとしてVR上で働くとき、どんなところに難しさを感じますか?
リモートワークでも同じことが言えると思うんですけど、対面せずに働くときの一番の障壁って「各人が今何をしているのかが分からない」ことなんですよね。
アバターで働いている人同士だと、オンラインでの密な報連相が自然と身に付いているのですが、それに慣れていないメンバーとは気を付けながら進めないといけません。
具体的に何か対策はされていますか?
HIKKYでは「私は今」というDiscordチャンネルがあって、そこで各メンバーが「今ご飯食べてます」とか「今日はあまり体調が良くないです」など、今自分が置かれている状況を自由に書けるようになっています。誰に振るでもない雑談だとしても、相手に自分の状況を密に伝えるようにしているんです。
リモートワークを導入する際に、そのような工夫をしている会社も増えてきましたよね。
そうですね。ただ大事なのは、時間がズレていたとしても自分にメンションがついている連絡は既読スルーしないとか、困ったことがあればすぐ報告するとか、当たり前のことを当たり前のようにすることだと思います。
「当たり前のことを当たり前のようにやる」って意外と難しいですよね……。分かっちゃいるけどうっかりしちゃうこともあります。
それは、自分の仕事が何に結びついているのかをちゃんと考えることで解決するかもしれませんね。自分が「このために仕事をしている」と分かっていれば、一見当たり前のように見える作業でも、意味のあるものにできるんじゃないかなと思います。
だって「この作業って何のための仕事なんだろう」と思うことのために、頑張れないじゃないですか。
たしかに「やらされ仕事」って、うっかりケアレスミスとかしちゃう……。
特にうちだと多くの人がアバターで楽しくリモート作業していますから、誰かに監視されたり指示されながら仕事をする人はいないですね。自分の中でモチベーションをつくって動ける人じゃないと、アバターとして働くのはもちろん、リモート勤務自体も厳しいと思います。
自分の中でモチベーションをつくる?
例えば僕が今取り組んでいる『バーチャルマーケット』を、単なるイベントと捉えるか、バーチャル空間をより豊かにする機会だと考えるかで、仕事の質は変わってきます。後者の人なら、当たり前に報連相を行うし、当然のようにいろんなアイデアを出し合うことができるから、結果的に成果を出すことにもつながります。
自分のモチベーションがどこにあるのかを知ることで、自分から動ける人になれるんですね。フィオさん自身は、どんなモチベーションで働いているんですか?
僕のモチベーションは、チームの目標でもあるんですけど「バーチャル空間の中にもう1つ現実を作る」という夢。僕自身、バーチャル空間とアバター文化に救われた人間です。あのとき、もしフィオとして生まれ変わっていなかったら、今もベッドの中で悶々とした生活を送っていただろうなと思うので。
もう一つの現実があれば、その中で輝ける人、働ける人も増えていきそうですね。
そうなんです。対面でのコミュニケーションが難しい人や、なんらかのハンディキャップを抱えている人の中には、バーチャルの世界なら輝ける人もいるんじゃないかなと思っているんですよ。
でも現実を見てみると、まだまだバーチャルの世界で稼いだお金で現実の自分を食わせていける人は少ない。だから、もっともっとバーチャルの世界を広げていって、ゆくゆくは現実の世界とバーチャルの世界が当たり前のように混ざり合って、行き来できるようになればいいなと思います。
バーチャル空間で、ビジネスが繰り広げられるのも遠くはない未来ですね。
もちろん「アバターとして働くことが向いている人」もいれば、「対面が合う人」もいるので、自分が心地よく働ける方を選べるような世の中になるといいなって。
なるほど。そうやって自分が働くことで世の中がどうなるかを考えるだけでも、「仕事を自分ごと化」できそうですね。
そうですね。自分の中にモチベーションがあって動ける人は、働くことに場所も見た目も関係なくなってきますから。僕みたいな美少女VRのおっさんだって、現にこうして楽しく働けていますしね!
中身はおっさんだってこと、忘れてた!(笑) ただフィオさんが言ってることって、どんな仕事にも共通する、すごく本質的な話だと思いました。今日は素敵なお話、ありがとうございました!
はい。僕はいつでもバーチャル空間にいるので、ぜひまた遊びに来てくださいね~!
取材・執筆/於ありさ 企画・編集/大室倫子(編集部)
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