“超エリート経歴”を24歳で捨てた起業家が「チャレンジがキャリアの正解だとは思わない」と語るワケ
輝かしい学歴や職歴。自分で努力して掴んできたものだからこそ、それらを捨てて未経験の領域に進もうとすると足がすくんでしまうもの。本当は新たな挑戦がしたくても、過去の自分が足を引っ張る――。そんな人は多いのでは?
そこで今回話を聞いたのは、hachidori株式会社代表の伴貴史さん、28歳。伴さんは高認(高校卒業者と同等以上の学力があるかを認定する試験)を取得、16歳でオーストラリアへ渡り、現地の大学に進学。帰国後は早稲田大学政治経済学部を経て、大手投資銀行に入社し政府系案件などを手掛けてきた。
ときには「キラキラキャリア」と揶揄されるほど輝かしい経歴を持つ伴さんだが、24歳でそのキャリアを捨て、右も左も分からない中でhachidoriを創業。同社の提供するチャットボット開発ツールなどが評価され、2019年には「Forbes 30 Under 30 Asia」にも選出されるなど、業界期待の新鋭となった。
伴さんは一体なぜ、学歴や職歴がそのまま通用するとは限らないスタートアップ界に飛び込めたのか?「スタートアップの『ス』の字も知らなかったけれど、不安は一切なかった」と話す彼に、20’sが新しい領域に一歩踏み出すヒントを尋ねた。
投資銀行では得られなかった“手触り感”
――伴さんはなぜファーストキャリアに投資銀行を選んだのですか?
僕は10代半ばから海外にいて日本経済を外から客観的に眺めていたこともあり、日本の産業界が今後どうなっていくのかに興味があったんです。
大学では金融工学を勉強していたので、日本の産業界のために自分ができることをしようと考え、金融の知識が生かせる投資銀行に入社しました。
――その後なぜ起業を考えたのでしょうか。
投資銀行の仕事は世の中に必要だと思いますし、すごく楽しかったです。でも、結局はコーディネーターのような立場なので、世の中に対して間接的なインパクトしか与えられないんですね。自分が携わった案件が新聞などに出ても、今一つ自分ごと化しきれないというか。
――自分の仕事、だと実感できなかった?
そうです。なのでもっと直接的に世の中にインパクトを与える仕事がしたいなと思いました。そのときは事業会社に行くことも考えたんですが、転職って自分の「できること」の比重がどうしても大きくなってしまう。「1社目がここだったから2社目はここかな」と、キャリアパスの妥当性から会社を選ぼうとしている自分がいました。
そうではなく、次は「やりたいこと」に比重を置きたいと思い直したときに、自分がやりたいのはもっと「“手触り感”のある仕事」だなって。それを一番実現できるのは、自分で会社を経営することだと思ったんです。
――投資銀行ではかなり大きなプロジェクトにも携わっていたとのことですが、それでも“手触り感”はなかったですか?
なかったですね。それに虚しさも感じていました。
前職の上司にも、「僕らは経営者にアドバイスをしているけれども、自分で経営したことがないから彼らの頭の中が分からない」という話をしたことがあって。
――それに対して、上司は何と?
「君は経営の経験がないんだから、そんなこと言ったって仕方ないじゃないか」と。
あとあと聞くと、「経営者の頭の中が分からないのは仕方がないから、金融のプロとしての仕事に徹しなさい」という意味だったようなのですが。当時の僕は「そうか、経営をしたことがないから仕方がないなら、自分でやってみたらいいんだ」と言葉を字面通り受け取ったんです(笑)
「普通のスタートアップ」を知らずにいたから、悩むことはなかった
――投資銀行って、「王道のエリートコース」のイメージがあります。そんな大企業を辞めて起業するって、なかなか思い切った挑戦に思えますが……。
いや、そこに不安は一切なかったです。でもそれは、何も知らなかったからだと思います。
よく「清水の舞台から飛び降りる」って言いますけど、清水の舞台って高さが分からなければ誰でも飛べると思うんですよ。僕は飛んでから「こんなに高かったんだ」と気付いて、落ちていく途中で「どうやったらちゃんと着地できるだろう?」と考え始めた感じだったので(笑)
そもそも、自分がやっていることを「スタートアップ」と呼ぶことすら知らなかったんですよ。
――え、「スタートアップ」を知らなかったんですか!?
はい。だから、スタートアップ界隈で有名な人を紹介されても「誰ですか?」と(笑)。事業内容を紹介されてもよく分からなくて。
そんな自分を面白がって仲良くしてくださる方もいて、ありがたかったのですが、当時はそのくらい無知でしたね。
――それほど、知識が全くない状態からのチャレンジだったのですね。
社会人としてのスキルセットはそれなりに高い方だと自負していたので、自分にはできると思ってしまったんです。
それに、起業する際にはエクイティ(※返済義務のない株式などの資金)を調達できることを知っていたので、自分で借金をしない限り起業を人生のリスクだとは感じていませんでした。
ただ、上場企業のファイナンスと未上場企業のファイナンスは全然違ったので、驚くことは多かったです。
――どう違ったんですか?
資金を調達するために、投資銀行ではエクセルをどれだけ精緻に、パワポをどれだけキレイに作れるかが重要でした。でもスタートアップの世界では「どれだけ夢に共感してもらえるか」が大切だったんです。
例えば最初の資金調達の際、僕は投資銀行時代のスキルをどれだけ生かせるかを考えていました。でも、どこに話に持っていっても、「君の資料、固いよ。スタートアップならもっと夢を語らないと」と言われてしまって。
――そもそも「できること」ではなく「やりたいこと」をやろうと思って起業したのに、また「できること」に寄ってしまっていたんですね。
そうなんです。しかもちょうどその頃、スタートアップの交流会で出会った人たちににこんな言葉を言われました。
「いいよね、君みたいなキラキラキャリアは。趣味的にスタートアップやって、辞めることになっても戻れる場所があるんだから」と。
――ひどい言われよう……!
でも、そう言われるっていうことは、きっと自分の中にそういうものがあるんだろうなと思ったんです。
その言葉をきっかけに、「自分は帰国組としてでもなく、元投資銀行員としてでもなく、スタートアップの中でスタートアップのやり方で勝ちたい」と思うようになりました。
その頃から、僕の作る資料もだいぶ変わったと思います。カチッとしたものから、動きのあるものに。パワポもやめてキーノートを使い始めて(笑)。同時期に会社のミッションも固まり、「人間にしかできない価値ある仕事に集中できる世界を作りたい」と掲げるようになりました。ここに至るまで、1年くらい掛かったんですよ。
――スタートアップにしては、ずいぶんとゆっくりとしたスタートですね……!
はい。その後、ミッションに沿って「効率化と最適化」が叶えられるチャットボットツールの開発を始めましたから、今考えると遅いですよね(笑)。でも当時は、いわゆる「普通のスタートアップ」がどのくらいのスピード感で事業を推進しているのかを知らなかったので、全然気になりませんでした。
「一歩踏み出す」が必ずしも正解とは限らない
――起業する前の自分にアドバイスするとしたら、どんな言葉を送りたいですか?
恐れなくていい、ですね。
曲がった道を行ったとしても、突き進んでいればどこかにたどり着く。太平洋に流されたとしても、いつかは陸に到達する。昔からそんな考えでいますし、起業後もそれを実感しています。
――それでも、知らない世界に挑戦することって怖いですし、躊躇してしまう人も多いと思います。
そうなんですね。でも、世の中のほとんどって知らないことじゃないですか?
どれだけ生きていたとしても、世の中の99.9%は知らないことなわけで。たとえ知っていることを0.001%増やしたところで、その不安って消えるでしょうか?「知らないから始めない」よりも、始めた方が知れることは多いと思います。
そもそも僕は、必ずしも「一歩踏み出すこと」がキャリアの正解だとは思わないですしね。
――というと?
一歩踏み出すことが正解の場合もあれば、逆にステイする方が正解なこともあります。
僕はよく周りに「落ち着いてますね」と言われるのですが、人生において「何をしても思うように進まない」瞬間って必ずあるから、そういうときに焦って動くことをしないだけなんです。
うまくいかないタイミングって、ぬかるんだ道を行くのと一緒で、足をバタバタしても深みにはまっていくだけ。そういうときこそ、「どこの石を辿れば向こう側に行けるんだろう」と冷静に考えるべきです。がむしゃらに動けば正解にたどり着くわけではありません。
――特に20代のうちは「何かを始めなきゃ!」と思って焦ってしまいますよね。
気持ちは分かりますけどね。でも例えば目が覚めたときが夜だったら、「もう夜になっちゃった」と焦るんじゃなくて、もう一回寝て朝を待てばいいだけだと思うんですよ。
よく「若いうちから何かを始めよう」とか「チャレンジは大事」っていうけど、全然そんなことないって、これまでを振り返ってみても思います。今、自分は思考するタイミングなのか、動くタイミングなのか。それを見極めた結果、僕は動くタイミングだと思ったからやってみただけです。
だからもし「チャレンジが怖い」って思う人がいるなら、それはタイミングじゃないだけなのかもしれない。まずは自分の状況を、冷静に見極めることから始めてみてもいいんじゃないかと思います。
取材・文/一本麻衣 撮影/大室倫子
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