「やりたいことが明確になれば“3年我慢”はいらない」介護業界の若手起業家が、安定を捨て事業を再スタートして得たもの
やってみたいことはある。でも、一度手に入れた安定を手放してまで挑戦するのは怖い。
現在、介護人材の採用支援や人材育成などを手掛ける株式会社Blanket代表の秋本可愛さんも、そんなふうに悩んだ20代の一人。
秋本さんは大学卒業後、介護を取り巻くさまざまな課題を解決する会社を立ち上げたものの、思いと勢いだけの起業に現実は厳しく、一度は「会社員」として就職する道を選んだ。
だけど、やっぱり会社員では自分がやりたかったことは実現できていない。本当にこのままでいいのか――。
岐路に立たされた秋本さんは、安定した収入と組織に所属する安心を手放し、会社を辞めることを決断。自分の「やりたいこと」を改めて心に刻み、再スタートを切った結果、秋本さんが立ち上げた介護に関心を持つ若者のコミュニティーへの参加者は4000人を超え、Blanketの事業を飛躍させることになった。
「あのとき一歩踏み出す決断をした自分には『マジでナイス!』と言いたい」と笑う秋本さん。どうやって恐れを乗り越え、決断をしたのか、話を聞いた。
“勢い起業”に後悔、会社員として働き始めて得た安心感
――秋本さんは大学卒業後すぐに起業されています。多くの学生が就職を選択する中、起業することを選んだのはなぜですか?
大学で起業サークルに入っていたのですが、一緒に活動していたメンバーのおばあさんが認知症で、介護に関心を持ったのがきっかけです。認知症の方とコミュニケーションをとるためのフリーペーパーを作っているうちに、認知症や介護についてもっと知りたいと思い、介護現場でのアルバイトも経験しました。
介護は素晴らしい仕事だと感じたのですが、同時に、さまざまな課題があることを知りました。特に、私と同世代の若い人たちが、介護の問題に関心を持っていないことに課題を感じたんです。
その課題解決に関わる人たちを増やしたくてBlanket(※起業時の社名はJoin for Kaigo)を立ち上げました。最初は思いと勢いだけで起業したという感じでしたね。
――社会人経験がないまま起業するのはかなり勇気が必要だったのではないかと思いますが、事業はすぐに軌道に乗りましたか?
社会人1年目で何も分からないまま起業して、最初は会報誌のプロデュースや業界団体の事務局業務など、委託された仕事を請け負っていました。2年目になっても、自分が抱えていた課題意識の解決に貢献できているとは実感できなくって。
でもその頃、SNSを見ると、同世代が会社の中で経験を積み、結果を出して表彰されるなど、成長している様子が目に入ってきます。一方、自分は成長できていないのではないかと漠然とした不安を抱くようになりました。
そこで知人に声をかけていただき、介護分野の経営コンサルを手掛ける別の会社で働かせてもらうことにしたんです。Blanketの仕事は一旦全て停止しました。
――Blanketという会社は残しておきつつ、他で会社員として働き始めたのですね。
はい。会社から与えられた介護事業所のコンサル案件を先輩と一緒に関わりながら、学ばせてもらいました。小さなコンサル会社でしたが次々に仕事がやってくるので、右も左も分からない私にも、たくさんの機会を頂けたんです。
会社に所属すると、毎月当たり前のようにお給料が入ってきますし、一人では関われないような大きな案件に関わることもできます。安定と安心を感じながら働けて、本当にありがたい環境だと思いました。
――会社員として働くことの良さを感じていたんですね。
ただ、やってみて再認識したんですけど、やはり経営コンサルを続けていても、私自身がやりたかった「若い人たちに介護の問題に関心を持ってもらうこと」は実現できない。会社に入ってからも、ずっとそのことにモヤモヤしていました。
そこで思い切って、その会社を半年間で辞め、再びBlanketの経営一本に絞る決断をしたんです。会社員のメリットを一度知ったからこそ、辞めることはとても怖かったですし、迷いもありました。でも今思えばその決断が、私にとって大きなターニングポイントになったと思います。
――何か決断のきっかけになる出来事があったのですか?
リーダーシッププログラムに参加したことが、後押しになったと思います。私は子どもの頃から、学級委員長や部活のキャプテンなど、コミュニティーのリーダーになることが多かったんです。そして経営者になって「リーダーシップとは何だろう」と悩むことが増え、本を読んだり、研修に参加したりして学んでいたところでした。
その研修に参加していた人の中では私が最年少で、皆さんの話を聞いているうちに、自分の「やりたいことができていない」という問題がとても小さく感じられました。
さらに、尊敬する経営者の方から「あなたは100%振り切って失敗するのが怖いだけでしょう」と言われて、はっとして。自分はいつも80%くらいの力で、本気を出さずに守りに入っていたのではないかと気付いたんです。その翌日、働いていた会社の代表に「辞めます」と伝えました。
再スタートを切ったら「やりたいこと」がよりクリアになった
――思い切って会社を辞めて、何か変化はありましたか。
決断した後も、やはり怖いという気持ちはありました。会社員になる選択をしたときに、以前Blanketとして手掛けていた業務も止めていたので、仕事がないまっさらな状態からのスタート。本当に食べていけるのかと不安も感じました。
でも、決断する前より、決断した後の方が不安は少なくなったと思います。決めた道をどうやって正解にしていくのか、前向きに考えるようになったので。
それに、辞める決断をしたことで、改めて自分のやりたいことをクリアにできたように思います。一度会社で働いたことでビジネスパーソンとして経験も積めたこともあり、再スタートしてからは新しく大きな仕事も決まるようになりました。
事業やコミュニティー活動に専念するパワーが増えたことで、少しずつですが私の理念に共感してくれる方とのネットワークが広がっていったんです。
――例えばどんなことでしょうか?
独立当初に『KAIGO LEADERS』という介護分野の若手コミュニティーを立ち上げていたのですが、立ち上げた当初は私の知り合いを集めた飲み会の延長線上のようなものでした。
しかしトライアルでKAIGO MY PROJECTというワークショップを開くことになり、参加したメンバー同士が強い信頼関係を築いて、それぞれの思いをアクションに変えていく様子を目の当たりにして。非常に勇気付けられましたし、「もっとコミットしたい」と思うようになったんです。
その後、関わった方たちから「若手の介護人材の育成・採用ってどうすればいい?」など相談を受けるようになって、今のメイン事業である介護特化の採用コンサルや、人材育成を手掛けるようになりました。
知識を身に付けて「賢くなる前」に、まず走り出してみる
――今、Blanketの事業は拡大を続け、さまざまな企業の介護課題の解決に携わるようになりました。振り返ってみていかがですか?
私はまだ今の状態が「成功している」とは到底思えなくて。介護の世界は、やればやるほど新しい課題が見えてきますし、私自身、起業当初の課題意識に対して、まだ全然満足できていません。
ただ、起業してからを振り返ると、本当に周りの人に恵まれていたなと思います。創業当初からずっとお世話になっている人もたくさんいますし、『KAIGO LEADERS』の参加者も今では4000人を超えました。
――周りの人が秋本さんの思いに共感してくれたということでしょうか。
私自身の思いというよりも、社会にはまだまだ解決するべき課題がたくさんあり、同じ課題意識を持っている人がたくさんいたということだと思います。
私はもともと何か問題に気付いたとき、「見なかったこと」にはできない性格で。特に起業当初は若気の至りもあり、「これっておかしいよね」と感じたことを率直に言葉にしていました。その結果、同じ考えを持つ人たちが応援してくれたのだと思います。
――過去を振り返って、「会社を辞めようか」と悩んでいた頃の自分にアドバイスするとしたら、どんな言葉をかけますか?
あのとき半年間で会社を辞めた自分には「マジでナイス!」と言いたいです(笑)
会社員として何年も経験を積んでから起業していたら、今のBlanketを飛躍させてくれた『KAIGO LEADERS』を育てられなかったかもしれません。
コミュニティーって、育てるのには長い時間がかかりますし、すぐにマネタイズできるものではない。ビジネスパーソンとしての経験や知識を身に付けていたら、多分やらない判断をしたと思います。だから、経験や知識を身に付けて“賢くなる前”に踏み切ったことは、本当によかったなと。
――なるほど。「最初の起業のまま続けていたら……」と後悔することはありませんか?
起業しているのに、自分のやりたいことにストレートに打ち込まず、半年間会社員として働いていた期間は、正直苦しかったです。
でも振り返ると、あの2年目の苦しかった時期は、「自分が本当にやりたいこと」を見つめさせてくれた時間。あの期間がなければ今の自分はいないと思うので、悔いはありません。
――就職せずに起業したのも、半年で会社を辞める決断も、全てがプラスに働いたと。
世の中では「就職したらまず3年は我慢」とか「会社員として準備してから起業」などと言われることもありますが、そういう価値観を大切にするかどうかは人それぞれで良いと思うようになりました。
22歳で起業した当時の私は「やっぱりみんなみたいに就職して、まずは会社で成長した方がいいのかな」なんて焦っていましたが、成長の機会は自分で作り出すことだってできますから。もちろん、半年だけでも会社員を経験したからこそ、分かったこともたくさんあるので、一概にどちらがいいとは言えませんけどね。
想像がつかない未来に一歩踏み出すのは、当時の私にはとても怖かったんですけど、それよりも「やりたい」という気持ちが勝ったんだと思います。「実際に踏み出してみたら意外と大丈夫だよ」ということはあの頃の自分に伝えたいです。今になってみると、何をそんなに恐れていたのかなって。
――一歩踏み出したことで、自分らしい働き方や成長の仕方を見つけたんですね。
はい。3年我慢したらやりたいことができると保証されているわけでもないですし、自分が何を大事にしたいかが結局は一番大切だと思います。
今回のコロナ禍を見ても、未来に何が起こるかなんて誰にも予測できないですし、明日災害が起こって、突然死んでしまう可能性だってあります。一度きりの人生、自分が何をやりたいのか、本当は自分が一番よく分かっていると思うんですよね。
私自身、自分の気持ちに素直になって本当によかったと思っていますし、心のままに生きるって難しさはあれど、とても心地いいと感じることができています。そういう人が世の中にももっと増えるといいですよね。
取材・文/高橋美帆子 編集/大室倫子
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