キャリア Vol.1016

現役医師であり、スタートアップの取締役。異色のキャリアを歩む男が「自分の道」を見つけるまで/HOKUTO・山下颯太さん

自分が歩むべき道はどこにあるのか。どうやって見つけたらいいのか……。

就職活動で散々悩んだのに、社会に出てもなお頭を悩ませるこの問題。

幼い頃から医師を志し、医学部を卒業して医師になった山下颯太さんもまた、20代半ばに「このままでいいのだろうか」と悩んだ経験を持つという。

そんな彼は現在、現役の医師として仕事を続けながらスタートアップの取締役を担うという、異色のキャリアを歩んでいる。

医師とビジネス、異なる二つの領域の橋渡しをすることが「生きがい足り得る仕事」だと語る山下さん。自分の道を見つけるまでの話を聞いた。

山下颯太さん

株式会社HOKUTO 取締役/医師 山下颯太さん
1994年生まれ。2018年金沢大学医学類卒。日本赤十字社医療センター救急科医師。19年12月から株式会社HOKUTOの事業開発に協力し、20年9月より正式に参画

「このまま医師になっていいんだろうか」

僕は現在、現役の医師として働きながら、HOKUTOという医療系のスタートアップで取締役をしています。

医師として働き始めて今は5年目。月並みですが、幼少期に体が弱く、お医者さんに助けてもらったことが理由で、小学生の頃から医師を目指していました。

ただ、医学部を卒業する頃から「このまま医師になっていいのだろうか」と思うようになって。

日本の医師はめちゃくちゃハードワークで、患者さんのことをずっと考えて働いています。

一方で、医師だけが頑張っても解決できない、業界の構造的な課題があることも見えてきた。「この問題こそ解決すべきなのでは?」という思いがあったんです。

とはいえ、医学部を卒業したら医師になって、そのまま医師として働き続ける人がほとんど。僕も卒業後はそのまま医師として働き始めましたが、1年間研修医を経験したことで「このままでいいのだろうか」という疑問はより大きくなって。

僕は子どもの頃から理詰めで考えるタイプ。「なぜ幼稚園に行かなきゃいけないのか」が理解できず、過呼吸で病院に搬送されたこともあるくらいです(笑)。そういった性格もあって、構造的な問題がどうしても気になるのでしょうね。

山下颯太さん

「理屈が分からないことが我慢できなくて、大人からは『なんでなんで坊や』と言われていました」(山下さん)

そうした背景があって、研修医2年目からは戦略コンサルティングファームや厚生労働省の医系技官(※)などに話を聞いて回るようになりました。

※医師や歯科医師の免許を有し、保健医療や公衆衛生に関する専門知識をもって、制度作りの中心となって活躍する行政官のこと

その中で出会ったのがHOKUTOです。後輩が「よく分からないけどすごい会社だと思う」とHOKUTOに投資をしていて。投資詐欺だと思い、お金を取り返すつもりで代表の五十嵐に会いに行ったのが最初のきっかけでした(笑)

当時のHOKUTOは、医師向け臨床支援アプリ『HOKUTO』をリリースした直後。五十嵐と話すうちにすっかり引き込まれ、気付けば朝まで話をしていました。

HOKUTOは「医学情報」という切り口で、医療業界の課題にダイレクトに取り組んでいます。

忙しい医師が膨大な情報の中から正しいものをキャッチアップし、現場で活用するのは大変な労力が掛かる。

それに対して、HOKUTOは医学情報にスムーズにアクセスできるアプリを通して医師の負担を減らし、患者さんに向き合う時間を増やすことで業界全体のアウトカム(※)向上に貢献しようとしています。

※医療機関での治療や検査の結果を評価して得られる「患者の状態の変化」などのこと

この課題を解くのはやりがいあるチャレンジなんじゃないか。そう思い、その後も医師の目線でアドバイスをするようになりました。

それがとにかく面白くて。すっかりハマって、研修医期間を終えた2020年に正式にジョインしました。

医師とビジネス、二つの仕事の相乗効果

HOKUTOでは、事業やプロダクトのコンセプト、組織などの戦略立案が主な仕事です。

一方、病院では救命救急医として働いています。交通事故で救急外来に運ばれてきた患者さんを処置した後、家に帰ってHOKUTOの会議をする。そんな生活を送っています。

山下颯太さん

救急医は忙しいイメージがあるかもしれませんが、実はオンとオフがはっきりしています。かかりつけの患者さんへの緊急対応が発生する内科などと異なり、患者さんとは一期一会であることがほとんど。だから両立ができているのでしょうね。

仕事に費やす時間の割合は病院の方が多いですが、HOKUTOの方は考えることがたくさんあるので、もはやプライベートと一体化しています。病院にいる以外の時間はずっと事業のことを考えている感じです。

「より良いアウトカムを求める世界の医療従事者のために」というHOKUTOのミッションに取り組むのは、もはやライフワークです。

それに、僕は昔から新しいものを作るのが好きなんです。

思い返せば小中学生の時は自分でオリジナルのゲームを作って友達と遊んでいましたし、大学では軽音部でコピーではなく、オリジナル曲ばかりやっていました。

だから事業戦略やプロダクトのコンセプト、組織の設計をゼロベースで作るのはすごく楽しい。自分のアイデアで事業が伸びた時はやりがいを感じます。

山下颯太さん

二つの仕事は全く違いますが、自分が得意なことを生かせる点は共通しているんです。

例えば、仮説を立て、検証し、素早く学習して次の仮説をアップデートすることが、僕は昔から得意でした。

この力はビジネスはもちろん、医療現場でも重要です。特に数分で患者さんが亡くなってしまうこともある救急の場合、症状を見た瞬間に仮説を立て、検証するための検査を組み立て、その結果から病気を判断するサイクルを高速で回す必要があります。

また、HOKUTOで戦略的な視点を得たことで、医師としての視野も広がりました。

以前は患者さんの病気を治すことだけに目が行っていましたが、本当のゴールは患者さんが家に帰って日常生活に戻ること。「患者さんが望む人生を実現するにはどうすればいいか」と、治療の先を見据えて長期的に考えるようになりました。

そうやって本質的な価値を考え、実現する。それは僕にとって面白いことであり、医師の仕事により大きなやりがいを感じるようになりましたね。

重要なのは「得意」で「価値があると思える」こと

今の生活は体力的にハードだと感じることもありますが、とにかく楽しいです。趣味に没頭し過ぎて過労死する人っていないじゃないですか。僕にとっての仕事はそんな感じ。

本当に自分が解決したいテーマを追い求めているから負担に感じないし、精神的なストレスもないのだと思います。

仕事は仕事と割り切る考え方もありますが、せっかく何十年も働き続けるのであれば、生きがいに足り得る仕事をした方が幸福度は高いんじゃないかなと個人的には思います。

山下颯太さん

とはいえ僕自身、もしかしたら違和感を抱いたまま医師一本で働いていた未来があったかもしれません。だからこそ痛感するのは、自己分析の重要性です。

今の僕が得意かつ価値を出せていることは、思い返せば軽音部で曲作りをしていたことや幼稚園の時に理屈が分からなくて過呼吸になったこととつながります。

過去から現在に至るまで、どういう生き方をしてきて、何に対してプラス/マイナスを感じるのか。根源的なレベルで自分の特性を自覚することが、仕事を選ぶ上でめちゃくちゃ重要なんだと思います。

だから今の僕が意思決定において重視するのは、得意かどうか。得意じゃないことで無理するよりも、得意なことで余裕で勝った方がいい。その方が価値を出せるし、自分も楽です。

そしてもう一つ、「価値があると思えるか」が重要だと思っています。

極端な話、医師の肩書きとHOKUTOの経験を生かせば、怪しい健康食品を売ってたくさんのお金を稼ぐことはできるかもしれない。それは得意を生かすことでもあるけど、僕は全く価値を感じません。そんな状態で働くのは苦しいじゃないですか。

そういう意味では、今の働き方は僕にぴったりだなと思います。

医療と別領域の橋渡し役。それが自分の生きがい足り得る道

とはいえ、医師と別の仕事を掛け持ちしている人はまだまだマイノリティー。僕自身、学生時代は今のような働き方は全くイメージしていませんでした。

医師を目指してずっと勉強をして、そのまま医師のレールに乗るのが当たり前な世界で、そこから外れる恐怖もすごくあった。

そこから飛び出して思うのは、「自分のやりたいことで価値を出す」ことを最重視してキャリアを突き詰めれば、安定性は後からついてくるということ。

今の僕は双方の仕事で自分の得意が発揮できているし、二つの仕事を両立しているからこその価値提供が、病院にも会社にもできていると自負しています。

山下颯太さん

そう思う一方で、「医療に集中しろ」という声が出るのも当然だと思っています。

相乗効果があるのは確かであり、空いた時間で医療の勉強をするなど努力もしていますが、命を扱う医師として信頼してもらう難しさがあるのは事実です。

ただ、医療の在り方は変わりつつあります。

以前の医療は病院の中だけで行われるものでしたが、最近では医療と別領域が融合することも増えています。オンライン診療をはじめ、医療と企業、テクノロジーと接点を持ち始めている。

医療に限らず、業界内の人間から、業界の構造を変えるような発想はなかなか出てこないと思います。前進はできても、イノベーションを起こすのは難しい。とはいえ、業界内の実態を知らなければ本当に必要なものとはズレが生じてしまいます。

だからこそ僕は、医療と別領域を横断的にわたりながら、両者を橋渡しする存在として医療業界の課題を解きたい。それが僕の生きがい足り得る道だと思っています。

僕にとっては医師もHOKUTOも「患者さんにより良い医療を提供する」仕事であることに変わりありません。これからも二つの仕事を通じて、自分の役割を果たしたいと思います。

取材・文・編集/天野夏海 撮影/赤松洋太


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