信頼と合意をつかみ取る顧客交渉の極意

マネジメントといってもプロジェクトの管理から部下の指導まで、その意味は幅広い。IT業界では、PMBOKなどの知識体系とリーダーとしての人間力の両方が試される。若手がマネジメントを始めるにあたって押さえておくべきポイントとは?

三輪一郎氏
Ichiro Miwa

株式会社プライド
チーフ・システム・コンサルタント

大学経営工学科を卒業後、89年にプライドに入社。システム開発方法論「プライド」の日本語版開発に従事し、方法論のカスタマイズやインストラクターを担当。企業のシステム開発プロセスの標準化、方法論教育を行う。05年には内閣府情報化参与(CIO補佐官スタッフ)を兼務


エンジニアの交渉術は、営業のそれとは根本が異なる。営業が仕様の決まった商品やサービスを売るだけなのに対し、エンジニアは、クリエーションを前提とした交渉が行えるからだ。そのため、エンジニアの交渉には、売れたか否かで勝負がつく営業の交渉にはないステップが存在する。プライドの三輪一郎氏は、営業の交渉ステップを「レベル1」、エンジニアだからこそ可能なその先の交渉ステップを「レベル2」と呼ぶ。

「『レベル1』は、企画案の提示、相手情報の収集、それを踏まえた折衷案の提案の3つのステップからなりますが、『レベル2』には、双方が協力して行うまったく新しい案の創造、詳細を詰めて完了する合意形成という2つのステップがあります。つまりエンジニアの交渉には、双方の要望や制約を理解したうえで、さらに前向きに議論を進めていき、高い次元の案で合意を結ぶまでの5つのステップが存在するのです」

このように、エンジニアの交渉の本質は勝ち負けではないため、早い段階で双方がイーブンな信頼関係を築けるかどうかがカギとなる。しかし、多くのエンジニアは、その信頼関係を築くのが上手ではない。「お客様には絶対に逆らえない」、「お客様がこうしたいと言った部分は、下手に代案を出さないほうが丸く収まる」などという言い訳をして、最初から交渉(提案や創造)をあきらめているエンジニアも目に付く。

また、交渉の最終目的は、双方がWin-Winの関係になるように合意することである。その理由は、エンジニアの仕事は一期一会で終わる性格のものではないからだと三輪氏は語る。

「たとえばSI企業の場合、システムの構築が終わったあとにも、運用や保守のフェーズが続き、数年後には再構築という案件が出てくる可能性があります。運用で苦労するのが目に見えているのに、それを指摘すらしないという姿勢では、口下手や交渉下手以前のプロのエンジニアとしての責任問題になるのです」

もちろん、交渉というのは、顧客相手のものだけではない。ときには自社のマネジャー相手に交渉しなければならないケースもある。その交渉を放棄すると、例えば1割か2割増しの手間と努力で、2倍の顧客満足や自社の利益を生むチャンスを逃す場合すらあり得るのだ。

だからこそ、有効な交渉プロセスを経た、プロフェッショナルとしての正しい判断が必要となる。顧客が言ったから、上司が言ったからそのとおりにするしかないというのは、ただの“御用聞き”でしかない。かといって、こちらの意見をすべて押し通せばよいというものでもない。交渉を前進させるためには、しかるべきノウハウがあるのだ。

では、交渉術はどう練習していくものなのだろうか。三輪氏は、とにかく意図的に体験することが大切だと語る。

「とにかく交渉の場で意識して活用し、方法とその効果を学んでいくしかありません。とはいえ、交渉術というものは超絶技巧ではありません。練習すれば、誰でも必ず習得できるものなのです」


山田 修氏
Osamu Yamada

有限会社MBA経営
代表取締役 社長

学習院大学修士課程を経てサンダーバード国際経営大学院でMBAを取得するなど、複数の大学院で学ぶ。外資系企業4社と日本企業1社の企業のトップを歴任し、いずれも業績向上を実現させて「再建請負経営者」と評された。近著『あなたの会社が買われる日』(PHP研究所刊)では、トップとして経験してきた修羅場、交渉の現場がリアルに描かれている
私が外資系光学機器メーカーの日本法人トップだった頃、日本の大手電機メーカーへ納入するランプ機器の供給が滞るという事態に陥ったことがありました。そのころはPCプロジェクターが普及し始めた時期で、それにあわせてランプ機器への需要も爆発的に増えていたのです。

工場をフル稼働させてもまるで生産が追いつかない。ランプは増産に莫大な設備投資がかかる製品だったため、工場を増設することもできない。窮地に追い込まれた私は、窮余の策として顧客メーカーと一緒に騒ぐという戦略を立てました。

私は顧客担当者たちを連れてまず、欧州の本社へ、その後アジア本社がある香港へ行って「本社の生産品を何とか日本に回してもらえないか」と直談判したのです。
香港を訪れたとき、アジア本社の社長に対して、これ以上日本のメーカーに迷惑をかけたら信用を失ってしまうこと、大口顧客を失ったらアジア本社の責任が問われることを強調して伝えました。彼が動けば事態が変わるかもしれないと思ったからです。案の定、アジア本社の社長が欧州の本社に飛んでいって交渉してくれました。

結果的に、欧州本社で製造されるはずのプロジェクターが減産され、その分のランプが日本に回ってくることになりました。事態を動かせる可能性を持ったキーマンを動かしたこと、緊急事態であることをアナウンスしたことが事態を動かすキッカケにつながったのです。

仕事を続ける以上、事の大小はともかく、不利な交渉に遭遇することは必ずあります。そうした状況を切り抜けるためには、事前に交渉の流れをシミュレーションしてシナリオを作っておくことが大事です。その方法として私が実践しているのは、直面している事象を1つずつカードに書き込んで並べ、予測可能なリスクを洗い出すというもの。状況を体系的に整理できるので、交渉におけるリスクをイメージしやすくなるでしょう。

いずれにしても、ハードな交渉において、最後に求められるのは結局その人の“意志”です。何としても相手との関係を『Win-Win』に持っていく気概、不可能かもしれないがやってみようという覚悟が窮地を脱するカギだと思います。


交渉力には、人の感情面や心理面を敏感に感じ取る力(EQ)と論理的に考える力(IQ)がある。
論理的に正しい答えを示すと同時に、相手の気持ちや場の雰囲気をうまくコントロールすることが合意形成への近道なのだ。
1 提示
セルフモニタリング
自分の置かれた状況を客観的に眺めるための心理テクニック。相手から矢継ぎ早に質問されて頭が真っ白になった場合などは、一歩下がって冷静に自分がどうすべきかを考える。「なぜ相手はその質問をしたのか?」と考えてから答えても、決して遅くはない。焦りを感じたら、一度客観的に自分の状態を見直してみよう。
2 収集
Yes-Butの法則
相手の意見を引き出したものの、自分の意見とは違う。そんな場合に、相手の意見を否定せず、ソフトに提案するための心理テクニック。違和感のない言葉としては「なるほど」という言葉が便利。一度「なるほど」と相手に理解を示したうえで、「でも、別の見方をしてみると……」という形で自分の案を説明するとよい。
3 創造
犯人探しはタブー
何かがうまくいかなかったとき、自らの正当性を主張するあまり、他のメンバーを否定的に評価してはいけない。交渉の場がマイナスの原因を探す「犯人探し」になり、事態が前に進まなくなってしまう。交渉の場ではあくまで未来向きのベクトルが働いているべき。過去の問題に執着するアプローチは絶対にしてはならない。
1 提案
Win-Loseライン
Win-Winを成立させるためには、自分のWin-Loseラインを設定するだけではダメ。相手の利益を死守することで、顧客の信頼につながる。たとえば、コストダウンを要求されたからといってセキュリティを落とすと、相手が運用の際に泣くハメになる。「どちらも損をしない」というラインをきちんと把握しておくことは必須だ。
2 創造
ゴールクリエーション
合意案を創造する段階で新しい案を発想するために適用するテクニック。我々にできる創造の本質は、「たとえ」と「応用」である。そのために、基となる成功事例などを広く情報収集し、効果が出た原理を理解して自分のなかにストックしておく。情報の量と質が大切なので、普段から雑誌などを読んで多くの事例に触れておこう。
3 合意
未決定の決定
論理的な観点から見て結論は時期尚早という段階で何かを決めてしまうと、必ずどちらかが不利益をこうむる。こうしたケースが多いのはお金の話。相手は価格に強い興味を持つが、要件定義前の概算はトラブルのもと。交渉の締めくくりに未決定部分を宣言し、いつどうなれば決定できるのか、プロの見通しを明らかにすることで対応する。





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