キャリア Vol.811

「自分でその船を漕ぐ意思はあるか?」転職が当たり前の今、“1社で長く働く20代”が改めて考えたいこと 【グッドパッチ土屋尚史】

先輩のアドバイス、それってホント?
大手各社が中途社員を積極的に採用し、トップカンパニーが次々に「終身雇用の限界」を明言し始めた2019年。「新卒で入社した1社で一生働く」というこれまでの常識が、名実ともに崩壊しつつある。転職のカタチも一層変わっていくはずだ。そこでさまざまな見地から、今まさに20代がアップデートしておくべき「転職の新常識」を探ってみた!

短期間で転職することは以前よりもネガティブに捉えられなくなってきた。裏を返せば、今まで当たり前だった「1社で長く働く」ことの意味も変わっているのでは?

そんなことを考えていた時、編集部はある経営者のツイートを見つけた。

発言者は、UI/UXデザインのスタートアップ企業・グッドパッチ代表の土屋尚史さんだ。

「1社で長く働く人の価値が上がっている」とはどういうことなのか? 土屋さんに発言の真意を聞いてみると、これから「1社で長く働く20代」に必要な視点が見えてきた。

株式会社グッドパッチ 代表取締役社長 / CEO 土屋尚史さん

株式会社グッドパッチ 代表取締役社長 / CEO 土屋尚史さん
1983年生まれ。Webデザイン会社でディレクターなどを経験した後、サンフランシスコでスタートアップの海外進出支援に勤しむ。2011年9月株式会社グッドパッチを創業。UI/UXデザインをコア事業として事業展開をしている。Twitter:@tsuchinao83

長くいた人にではなく、つらい時に逃げなかった人にチャンスを

ツイートをする前、約2年半という期間グッドパッチは組織崩壊に見舞われ、離職率40%、毎月3~4人が辞めるという時期がありました。その後、明確に戦いが終わったと感じた時期に振り返ってみると、グッドパッチを創業してから4年以上働き続けているメンバーが10名ほどしかいなかったんです。

僕自身、27歳までに3回転職していることもあり、転職に対してネガティブな印象はありません。それは自分の意思ではなく、意図せず住む場所を変えなければいけなかったりなど理由はさまざまだったのですが、いま転職は当時よりも当たり前の時代。

もちろん経営者も、一人の人材が入社して一生働くとは思っていません。そんな時代ではないので。そして、会社にずっと主体的でいれるのも経営者だけです。僕は会社を売る選択肢を捨てているので、この会社をもっと成長させ続けるしかないという覚悟があります。

転職しないほうがリスクと言う意見もありますが、経営者としては苦しい中でも残ってくれたメンバーたちに報いたいし裏切れないという気持ちがあります。苦しい時に辞めない人の価値は上がっていくと思い、このツイートをしました。

ただ、一社に長くいることが価値ではありません。辞めたら給料が下がるから辞めない人、面白く感じていないのに居続けてしまう人と、自分が会社を成長させる意思を持つ人、主体性を持ち会社の成長にコミットする人とは価値が違います。

あとはつらい時に逃げない人。経営層としては、そういう人たちに新規事業などの機会が出てきた時にチャンスをあげたい。新しく入ってきたピカピカの人よりも、古くから泥臭く頑張っていた人にチャンスをあげたい、というのが僕の考え方です。

「困難を乗り越えるべき船か」を見極めよ

組織崩壊時は、グッドパッチにいるだけで何十通ものスカウトメールがきたはずです。そんな中でもスカウトを受け取り、逆にグッドパッチの営業をしに行くというメンバーもいたりするわけですよ。上場手前の会社などに誘われても断ってうちに残ると決めても、仲のいい人たちが去り際に「なんでいるの?」「なんで辞めないの?」と言われるような環境。

それでも残って歯を食いしばったメンバーが全員成長し、いまや会社に欠かせない人になっています。

河東さん

「左から二番目の佐宗は『ReDesigner』というデザイナーのキャリア支援事業を立ち上げ、僕の右奥の齋藤は『Goodpatch Anywhere』というフルリモートデザインチームを立ち上げた。この写真には写っていませんがあとは広報の高野。今、彼ら彼女らが会社を牽引しているんですが、圧倒的に軸がぶれないです」 元ツイート

1社に長くいると困難を経験しますが、人は困難を乗り越えた時に一番成長します。僕は それを「スーパーサイヤ人理論」 と呼んでいます。死にかけたら強くなる、困難に直面した時に人の真価は問われる。それを乗り越えると、スキルではなく圧倒的にマインドやスタンスが磨かれるんです。

ただ、困難を乗り越えるだけの船であるのか見極める力も必要です。世の中には乗り越えるべき困難と乗り越えるべきでない困難が存在しますから。

グッドパッチでいうと前者でした。向かっていく未来が世の中のためになることであり、マーケット規模もあり、集まっているメンバーもチャレンジ精神と成長意欲の高い人材。あとは、困難に経営者が立ち向かっている様子が見える状況。これらの条件が揃っているなら、逃げるべきではありません。

一方で、経営者が組織課題に目を向けていない場合や、会社が存在しているマーケットが成長産業ではない場合は乗り越えるべきでない困難です。

成長産業でなくとも、面白いことに挑戦しているのであれば良いと思いますが、そうでもないとそこにずっといる人の成長は限定的になってしまう。自分がその船に乗るべきか見極め、自らその船を漕ぐ意志があるのかが重要ですね。

転職回数ではなく、自らチャレンジした回数が大事

キャリアは多様な時代ですから、30歳で1社経験の人も全然いいと思います。例えばグッドパッチの組織崩壊時に入社し、リカバリーまで僕の右腕となってくれた執行役員の柳沢は、1社に10年勤めて初めての転職でグッドパッチに入社しました。

ただ、彼は社内転職を何度も経験していた。自ら手を挙げ部署を異動し、2〜3年ごとに全く違う仕事にチャレンジし、1社にいてもいろんな経験を積んでいたんです。

長く1社にいてチャレンジしていない人や、2~3年で3~4社経験していても、苦しいフェーズで立ち向かうことなく逃げることを繰り返している人も多いですよね。そうした「逃げの転職」が増えていますが、人は基本的に逃げたいもの。なので、その中でも覚悟のある人は強いです。

どんな荒波があっても、目的を達成するまでは会社にいると決めて、どんな機会があってもそれ以外の選択肢を頭の外に排除できる人。そんなコミットをしきった上で転職している人は一目で分かります。

キャリアを築く上では、自ら選んだ船に乗って主体的に船を漕ぎ、2〜3年でどんなアウトプットと結果を出してきたのかが重要です。

土屋さん

逆にコミットしていたプロジェクトの途中で辞めてしまうことはもったいないです。人生は長いし業界は狭いので、別のところで一緒に働く機会もある。だから「また一緒に働きたい」と思われる人材であり続けたいですよね。僕はスキルでは判断せず、この人なら逃げずにやり切ってくれるだろうというスタンスで判断します。

実はいま、グッドパッチを辞めたメンバーたちが違う場所で一緒に働いていることが多いんですよ。これは素晴らしいことだと思っています。グッドパッチで「また一緒に働きたい」と思える仲間と出会えたということなので。

どんなつらいことがあっても自分の一時の感情を優先して、組織に不義理なことをしてはいけません。20代は特にそういったことが起こりやすいかもしれないけど、去り方の美学は必要です。それができない人は、キャリアを長期で見ると明らかに損をしてしまいます。

会社の課題を自分事化し、挑戦しているか?

1社に長く勤めることにも、転職することにも不安があるかもしれませんが、人生の目的を見つけることで、自分はこれでいいんだと思えるようになります。

アメリカの偉大な会社のCEOなどはよく大学の卒業式スピーチを行いますが、以前それらをざっと調べて、どんなことを言っているのか抽象化してまとめたことがあるんです。最も多く語られていたのは、「人生の目的」についてでした。

Facebook CEOマーク・ザッカーバーグは「人生の目的を見つけることが大切」、Apple CEOティム・クックは「自分だけの北極星を見つけろ」、DropBox CEOドリュー・ヒューストンは「自分が夢中で追いかけられるテニスボールを見つけろ」と。つまり、自分の人生の目的を見つけることが最も尊いんです。

でも、みんなが人生の目的を20代で見つけられるわけでもない。となると、1社の中でどれだけ自分の意思でコンフォートゾーンを超えて挑戦をしていたかが大切です。それができる人は強いですよね。

挑戦のタネはそこら中に落ちています。課題のない会社は存在しないので新規事業立ち上げ提案をすることもできます。結局は一社で長く働こうと転職しようと、どれだけ会社の課題を自分ごと化できるかが大切なんです。

土屋さん

船を漕ぐことなく、ただ経験だけもらって出ていく人と、この3年の自分の成長によって会社の成長が決まると思いながら会社の課題に立ち向かえる人とでは圧倒的に差があります。普段の業務をやりながら、別の部分で「自分が会社の成長につながることができないか」とアンテナを張り、見つけたら実行する。そういう人にチャンスをあげたいと僕は思います。

あとは、志の高い人たちと一緒に過ごすことも重要です。会社の中でも挑戦している人たちはいるはずです。自分が怠け者だと分かっていたら、熱量の高いコミュニティをつくったり、そういう場所を探して身を置くことで少しでも挑戦への思考は変わっていきます。

取材/石川 香苗子 撮影/大室倫子(編集部)


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