『凛として時雨』TK流、才能がない仕事との向き合い方「完成しないからこそ、20年続けられた」
※この記事は姉妹媒体『Woman type』より転載しています
人気ロックバンド『凛として時雨』のボーカル&ギター、TKさん。
すべての楽曲制作とエンジニアリングを担当し、ソロアーティストとしても長く音楽シーンで活躍する。
持ち前のギターテクニックと繊細なハイトーンボイス、作品の高い音楽性から、国内外に熱狂的なファンが多い。
デビューから約20年を経てもなおミステリアスな魅力を放ち続けるTKさんが、長い音楽キャリアで初のエッセイ本『ゆれる』(KADOKAWA)を2023年6月に上梓した。
本著の中でつづられているのが「僕には才能がない」「歌声がコンプレックス」という意外な言葉だ。
「天才」と称されることが多いTKさんだが、実際は劣等感にさいなまされ、苦しみ続けて今に至ると話す。
「自分には才能がない」と感じる音楽の仕事に、20年以上も向き合い、結果を出し続けられる原動力はどこにあるのか。
TKさんのプロフェッショナリズムに迫る。
限られた時間の中で、生きた証しを残したい
2023年6月に上梓された初のエッセイ本『ゆれる』では、生い立ちやバンド結成秘話、創作活動に向き合う中での孤独や苦悩、死生観に至るまで赤裸々に内面がさらけ出されている。
エッセイの中では「北嶋徹」という一人の人間の半生が、TKさんらしい独特で叙情的な表現によって描かれているのが印象的だ。
神格化された人から吐露された人間味あふれる感情の数々は、捉えどころがなかった彼の輪郭をはっきりと描き出す。本著には、彼を長く応援するファンからも驚きの声が寄せられたそうだ。
『TKも人間なんだ』っていう反応もあったみたいですね(笑)
これまでも隠していたわけじゃないんですけど、インタビューで僕自身のルーツまで出すタイミングがあまりなかったから。意外性があったというか、新鮮に映ったのかもしれません。
約20年のキャリアの中で書籍出版は初めて。エッセイの執筆には1年半もの時間を費やし、自身の人生と徹底的に向き合った。
僕は今年で41歳になりますけど、年齢を重ねるごとに、限られた人生の時間の中で自分が何を残せるのかをより強く考えるようになりました。
例えば旅行先で見た景色も、ファインダーを向けて写真を撮らなければ誰かに共有できないじゃないですか。
「ああ、あのとき写真に残しておけば」と思う瞬間って結構たくさんあるなと思っていて。
それに似た感覚で、エッセイというかたちで“ここまで生きた証し”みたいなものを自分の手で生み出せたのは、これから音楽を作る上でも僕の背中を押してくれる大切な経験になったと感じます。
きっと自分に才能を感じることは一生ない
「長きにわたり音楽家として活動できているからといって、僕は自分に特別な才能があるとはまったく思っていない。絶望の淵をさまよい続けて、最後の最後に何かを見つけられるだけだ。(中略)僕は“才能がないのに音楽を作れる才能”だけはあるのかもしれない。」 (引用:『ゆれる』より)
「自分には才能がない」「歌声にコンプレックスがある」——。『ゆれる』の中では、「天才」と称される彼からは想像がつかない言葉が並ぶ。
僕はできないことのオンパレードなんですよ(笑)。歌がうまいアーティストもギタリストもたくさんいるし、制作においても短期間で次々と音楽が思い浮かぶ人なんかはすごいなって思います。
僕は毎回、「もう無理なんじゃないか」ってもがき苦しみながら曲を作るから(笑)。
TKさんが考える「才能がある人」は、「自分にないものを持つ人」を指すという。
自分に備わった素質は「当たり前」だからよく分からないし、人が持つ才能を努力して獲得したときにはもう「当たり前」になっていて気づけない。
そういう意味では、僕が才能を感じることは一生ないんだと思います。
そんな予感を抱きながらも、「自分だけが持つ特別なものとはなんだろう」「自分にしかできない表現ができているのだろうか」という終わりのない問いを、TKさんは20年以上にわたり自らに突きつけ続けてきた。
それができた理由は、著書にもある「才能がないのに音楽を作れる才能」という言葉に隠されている。
才能がない、なんて言いましたけど、「自分なら最高の音楽が作れるはず」って自信は根底にずっとあるんですよ。
僕に唯一才能があるとしたら、自分の信じている理想に到達するまで、諦めずに研ぐことができる力なのかなと思います。
どんなに苦しくても音楽を辞めるという選択肢すら出て来ないのは、その自分の感覚が間違ってないと確かめたいから、かもしれません。
「自己満足」を追求できることがプロの条件
20歳の頃、J-POPに魅せられ、親の反対を押し切って音楽の世界に飛び込んだ。
「自分には音楽しかない」
当時感じたこの強い思いこそが、彼の音楽活動の原点だ。
自分が信じる最高の音楽を生み出せるまで、ただひたすら努力を重ねる。最高の音楽への飽くなき探究心は、20年を経て「一流」と呼ばれるようになってもなお、尽きることはない。
僕が創作においてもっとも大切にしてることは、自分が作った音楽に興奮できるかどうか。
その一心でもがくうちに、少し前の自分が見ていた理想に到達していることもあるかもしれない。
でも、その頃には興奮できる音楽も理想も、また一つ上のレベルに上がっているんですよ。僕は常に新しい場所に行きたいと思っているから。
そうして自分の求める理想の音楽はどんどん過激になっていく。ゆえに、「永遠に未完成のまま」とTKさんは続ける。
未完成であることに美しさを感じながら、さらに上の段階の理想を追い求めて作り続ける。
それが僕にとって創作活動のエネルギーになっているのかもしれません。
他人からは分からないほどのわずかな差であっても、究極まで理想を追い求める。その姿勢は、まさにプロフェッショナルそのものだ。
そう伝えると、「僕は自分をプロフェッショナルだとは思わないですけど……」と謙遜しつつ、こう話した。
究極まで自分を満足させられる結果を突き詰めるのが、プロとしての最低条件なんじゃないかと思います。
周りが作品を受け入れてくれるかどうかももちろん大切です。あり得ない話ですけど、もし意図的に世界的なヒットが生み出せるとしても、自分がそこに何の魅力も感じなければ僕の心はくすんでしまう気がしていて。
自分の理想を超えられるか、それが誰かの想像を超えられるか、だけを考えています。
見方によっては自己満足かもしれないけど、自分が満足していないのに、誰かを満足させられるわけがないと思うんです。
その作品を通して、衝撃みたいなものを共有できたらいいなって。
「もう無理だ」と思った時に、仕事との相性が見える
理想を追い求める過程がエネルギーになるとはいえ、成果や手ごたえがないと心が折れそうになることもあるだろう。
TKさんもまた、その過程について「一生終わりが見えない過酷な精神状態」とエッセイ内で明かしている。
もっと良い音楽を作りたいのに、なかなか生み出せない……そんな苦しさや悔しさが、僕自身の奥深くに“傷”として残っていくんです。
でも、そうした音楽での傷つきや苦しみを癒やせるのもまた音楽だけというか。
息抜きで旅行に行ったりおいしいものを食べたり、他の誰かに「良かったですよ」って褒められたりしても、その深い傷は癒やせないし、向き合うべき傷から逃げてるように感じてしまう。
だから自らを乗り越えるには、音楽に向き合い続けるしかないんです。それが唯一の救いなので。
望んで就いた仕事でも、思ったような成果が出なければ「自分には向いていないのかも」と後ろ向きになってしまうことはある。
本気で仕事に向き合うほど、自分のふがいなさに苦しくなる場面も増えるだろう。
そんな人に向けて、TKさんは先を歩くいち社会人としてアドバイスを送る。
「苦しくて逃げたい、もう無理だ」って思った時にこそ、自分とその仕事の相性とか物事の本質が見えてくるのかなと思います。
どんな仕事も、きっと大変なことも多いでしょうし、理不尽なことも多いじゃないですか。ぎりぎりになった時に見えてくるその仕事の核の部分と、自分の核の部分が人生を形成する上で求め合ってるかを見つめてみてほしいです。
僕は「音楽」というある意味では特殊な仕事に就いているので、これを読んでいる方々の苦しみが体感出来ない部分もあると思いますが、人生の大きな部分を捧げるという意味では違わないと思っています。
今その瞬間も、これからの時間もその仕事に捧げられるかどうか。そんな目線で見てみるといいのでは、とTKさんは続ける。
たくさんの扉を開けて正解を導くのも良いですよ。
僕の場合、「自分には音楽しかない」と思ってこの世界に飛び込んでいるから、そこでの苦しみっていうのは、幸せを感じている側面もあるんです。その苦しさすら音楽に昇華できるから。
だから、苦しくても向き合い続けたいと思えるような一筋の光が見つけられるなら、頑張れるんじゃないかな。
凛として時雨としてメジャーデビューして15周年。自身も41歳を迎え、新たなステージに突入した。
この先のキャリアプランを尋ねると、「人生設計みたいなものは全然考えてないんです」と笑顔を見せる。
今その瞬間に何を残せるか。それだけに集中しているので、先のことはあまり考えてなくて。あとから振り返ってその一年が思い出せないくらい、その瞬間に集中して生きていけたらいいですね。
いつか命が途絶えたとき、すべてが完結する音楽人生だったらいいなと。自分がそのとき思い描いたものを残せるのはやっぱり声であり、音楽しかないんですよね。
自分の声に落ち込むこともあるけれど、そんな過程すら残せる。そう考えると、完璧を追い求めながらも、ずっと未完成でいたいような気持ちもありますね。
“未完成の美学”を追い求めながら、誰も想像しないステージに。どこまでもストイックなTKさんの挑戦は、生涯続く。
書籍情報
『ゆれる』
人気ロックバンド、凛として時雨のTK初となる書き下ろしエッセイ
孤高の天才ミュージシャンの脳内を解く―。
ロックバンド、凛として時雨TK初の書き下ろしエッセイ。
独創的かつ繊細、静と動、狂気的だけど芸術的etc.
多様なイメージが共存しているのが、凛として時雨というバンド。
その源を生み出しているフロントマン・TKが綴る、不完全の哲学。
取材・文/安心院 彩 企画/柴田捺美(編集部) 編集/光谷麻里(編集部) 撮影/岡田貴之
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