挫折、裏切り、困難を乗り越えて–バングラデシュを本気で救おうとした日本人女性に学ぶ諦めないマインド
バングラデシュの職人たちを対等なビジネスのパートナーとして選び、バッグブランドを立ち上げた一人の女性。彼女の苦難を描いた一冊を要約しました。何度挫折しそうになってもそれを乗り越えてきた彼女から学ぶ、ビジネスの心得とは?
タイトル:裸でも生きる ~25歳女性起業家の号泣戦記~
著者:山口 絵理子
ページ数:320ページ
出版社:講談社+α文庫
定価:713円(税込み)
出版日:2015年09月17日
Book Review
バングラデシュと聞くと、その貧しさや不安定な政治情勢を思い浮かべる人は少なくないだろう。だがその貧しさがはたしてどれほどのものなのか、実態を見たことがある人はほとんどいないはずだ。
著者である山口絵理子氏がバングラデシュで見たのは、日本人が空港に降り立つなり「マネー! マネー!」と叫びながら群がる人たちや、悪臭漂うスラムでゴミを漁りながら暮らす人たち、きれいな水を手に入れるために何キロも歩く人たちだった。
政治家たちが豪邸に住んで高級車に乗り、子どもをアメリカの大学に留学させている一方で、社会の底辺にいる大勢の人には、先進国からの援助はまったく行き届かない。貧しさが多くの人を飲み込み、夢を諦めさせ、理性を失わせ、嘘をつかせたりする。しかし、それでも彼らは毎日を必死に生きている。その有り様は、日本人である我々に「なぜそんな幸せな環境にいながら、やりたいことをしないのか」と訴えかけるかのように、著者の目には映ったという。
バングラデシュの職人たちを対等なビジネスのパートナーとして選び、先進国でも通用するバッグブランド「マザーハウス」を立ち上げることを志した著者だが、その道のりは困難極まりないものだった。しかし、幾度も挫折を経験し涙を流しながらも、ひたすら理念のために突っ走り、なんとかして活路を見出そうとするその姿には、感嘆せざるをえない。自分自身を勇気づけたいとき、何度も読み返したい一冊である。
日本からアメリカ、そしてバングラデシュへ
最初はいじめられっ子だった
著者の原体験は、小学1年生のころに受けたいじめだった。男の子たちにぶたれ、トイレに入ると女の子たちに上から水をかけられた著者は、次第に不登校になっていった。しかし、母親が自分のことで悩んでいると知り、「学校に行って1時間でも自分の席に座ってみよう」と決意。少しずつ学校にいる時間を増やし、いじめを克服した。このときから、「がんばれば無理なことなんてない」と考えるようになった。
中学に上がり不良グループの一員となるも、仲間が麻薬や覚醒剤に手を出し、人生の坂を転げ落ちていくのを見て我に返った。その後、ひょんなことから柔道と出会い、のめりこんでいった。
柔道で1番を獲ることを志した著者は、大宮工業高校の「男子柔道部」に入部することを決意した。当時の埼玉県の女子柔道部といえば、埼玉栄が最強と目されていた。しかし、指導環境が整っている高校では、「自分の力だけで優勝した」とはいえないと考えた著者は、あえて修羅の道を選んだ。
だが、スピード勝負の女子柔道と、力で圧倒する男子柔道とでは形が全く異なる。雑巾のように投げられ続け、一時は「もう柔道なんてやりたくない!」と部活を逃げ出したこともあった。
それでも練習を重ねていった著者は、全国大会へのチケットをかけた最後の大会で埼玉栄をついに破り、48キロ以下級の埼玉代表となった。全日本ジュニアオリンピックでも、7位という結果を残した。
社会を変える人間になるという信念
高校最後の試合を終えると、「自分の力は柔道以外でも発揮できるはずだ、社会を変えるようなことがしたい」という思いが沸いた。自分がいじめられたり、非行に走ったりしたのは、社会や環境の影響が大きかったと考えた著者は、社会を変える政治家になりたいと思い立ち、猛勉強をはじめた。
それまでほとんど勉強をしていなかったため、周囲の人たちは誰一人、著者が合格するとは思っていなかったが、「社会に必要とされるような人間になる」という信念だけが、著者を駆り立てた。結果、慶應義塾大学総合政策学部に無事合格。工業高校出身としては異例のことであった。
国際機関で生じた違和感
政治家を目指して議員のインターンや選挙活動の手伝いをするうち、「政治には経済がつきものだ」と気づいた著者は、経済政策のゼミ「竹中平蔵研究会」に加入。そこで「開発学」という学問に出会った。
途上国を先進国のように豊かにするための学問があると知った著者は、のめりこむようにして開発学を学んでいった。しかし、先進国が開発した技術を模倣すれば、途上国も先進国のように発展するという理論があるにもかかわらず、現実にはますます格差が広がるばかり。その違和感は、ワシントンにある国際機関で学生職員として働いたときにピークに達した。
ふわふわの絨毯が敷かれ、大きな油絵が飾ってある会議室。同僚のアメリカ人たちは、途上国になど行ったことがないし、行きたいとも思わないと話していた。予算の集計をしていても、2ドル程度の不一致なら気にも止められない。途上国で暮らす人びとにとって大きな金額である2ドルが、彼らを援助・融資するはずの国際機関で雑に扱われている――理想と現実とのギャップに、頭を悩ませる日々だった。
「途上国でどんな問題が起きているのか、援助が本当に役立っているのか、自分の目で確かめてみたい」。そう考えた著者は、事務所のパソコンで「アジア 最貧国」と検索してみた。すると、「バングラデシュ」という結果が表示された。居ても立ってもいられなくなった著者は、すぐさまバングラデシュ行きのチケットを手配した。
バングラデシュで見た光景
バングラデシュを単身訪れた著者は、はじめて目にしたスラム街に衝撃を覚えた。悪臭を放つスラムの中で、人はゴミの山を漁り、緑色の川で洗濯をしている。裸の赤ん坊を抱えた母親はボロボロの布切れをまとっただけだ。その衝撃は、ゲストハウスに帰還してからも頭から離れなかった。
「どうしてこんな世界が今なお当たり前のように存在しているのか」「日本や他の先進国が何十年もの間、何千億、何兆円と与えてきた援助金はどこへ消えたのか」という疑問が生まれ、「もっとこの国のことを知るためにバングラデシュの大学院に進学しよう」と決意するまでに時間はかからなかった。
慶應義塾大学を卒業し、再び大学院進学のためにバングラデシュに向かった著者が直面したのは、途上国の腐敗した政治が生む「賄賂」だった。バングラデシュは、汚職度世界1位の国だ。道を渡ろうとして車と衝突した少年を目撃したとき。著者は近くにいた警官に救急車を呼ぶよう求めたが、その警官は著者に金を要求してきた。「人命より金が先なのか」と著者は激怒したが、警官は無言で去って行ってしまった。
さらに大きな事件が起きた。ストライキである。バングラデシュのストライキは、工場労働者が賃上げを要求するようなものと異なり、与党と野党がデモ隊を出動してやじり合い、激化すると殺し合いにまで発展する。デモ隊の隊員は一般市民たちで構成されており、政治家に金で雇われた存在だ。政治家たちが自分たちの利権のために、市民の命を使い捨ている現状がそこにはあった。著者はそのことに憤慨しつつも、一人ができることの限界、努力しても変わらない現実の存在をこの時思い知った。そして、それまで自分が目指してきた援助という方法よりも、もっと適切な方法があるのではないかと感じるようにもなった。
途上国発のブランドづくり
ジュートとの出会い
民間の世界を見たくなった著者は、大学院通いのかたわら、三井物産ダッカ事務所でインターン生として働き始めた。そして商材探しをしていたとき、ジュートという素材に出会った。
ジュートは世界輸出量の90パーセントをバングラデシュが占める天然繊維だ。もともとコーヒー豆を入れる袋に使用され、長い船旅でも耐えうる強度を持つことで知られている。光合成の過程で綿の5倍から6倍の二酸化炭素を吸収し、廃棄しても完全に土に還るなど環境にも非常にやさしい素材だ。著者はジュートでバッグをつくることを思い立った。日本でも通用する商品のサンプルをつくるべく、ジュート製品の工場に通い詰める日々が始まった。
ある日、アメリカ人とおぼしき白人バイヤーが工場にやってきた。彼はタバコをくわえながらフロアを行き来し、「もっと早く!」とスタッフに怒鳴り散らしていた。スタッフはみな、うつむきながら黙々と、品質の良し悪しなどこだわらずに、同じものを大量生産することを強いられていた。
先進国の大企業が安さをもとめ、途上国に来て大量生産を要求するのは、当然のことだ。だが、バイヤーという「王様」と、工場スタッフという「奴隷」の構図を目の当たりにした著者は、変えねばならない現実があると感じた。
従来のフェアトレードでは、途上国で生産される商品は、先進国の消費者の同情を誘うかたちで買われている。そのためか、使われないまま放置されることも多い。自分が挑戦すべきことは、単純に「欲しい!」と思えるものをこの地から発信するということではないか。生産者には誇りを持ってモノづくりにあたってもらい、先進国の消費者でも満足のできる商品を届ける。デザインや品質管理すべてを徹底された、「途上国発のブランド」をつくろう。マザーハウスは、こうして誕生した。
事実から目を背けていた
バッグを制作するにあたり、相次ぐトラブルにみまわれたが、それでもなんとか160個のバッグを生産し、日本で売ることになった。当初はじわじわとしか売れなかったが、東急ハンズとの契約成立を皮切りに販路を拡大、在庫は瞬く間に減っていった。環境にやさしい商品や活動を紹介するウェブサイトに著者の記事が掲載され、読者からたくさんの応援メールが寄せられた。
その反面、「バングラデシュの写真を使い、消費者の善意に訴えかけながら金儲けをするのはおかしい」という逆風も強くなっていった。決定的だったのは、それまで数多くのビジネスを見てきたというある年配女性からの「ビジネスになり切れていない」という一言だった。著者は、従来のフェアトレードを嫌う一方で、消費者の「かわいそうだから」という気持ちに訴え、その気持ちに甘えてバッグを売っていたことに気づいた。
あらためてバッグ購入者からのメールを読み返してみると「貧しい人たちのために何かしたい」「国際協力をしたい」という声が多く、純粋にその商品が欲しくて購入した客はわずかだった。バッグ屋として肝心な「商品」でまったく勝負できていないという事実から、無意識に目を背けていたのだと著者は悟った。それは頭をガツーンと強打されるような衝撃だった。
「これが本当にバングラデシュ製なのか」という驚きを消費者に与えられるような、デザイン性と機能性を追求したバッグ、マザーハウスならではのオリジナリティを持つバッグを開発しなければならない。そう考えた著者は、1周年を機に、商品リニューアルに着手した。
裏切りの先に見えたもの
2006年、著者は再びバングラデシュに渡った。バングラデシュでは総選挙に合わせたストライキやデモが激化し、治安は外務省から渡航の是非を検討するよう呼びかけられるほどの危険レベルに達していた。緊張感漂うダッカの街から、工場へと向かった。だがそこで、それまでの信頼関係が崩壊するような出来事が起きてしまった。著者のパスポートが工場で盗まれてしまったのだ。闇市場では、日本のパスポートは百万円相当の価値がある。工場の社長やスタッフへの不信感は日増しに膨らみ、結局別の工場を探すことになった。
デモ隊の衝突は激しさを増すばかりで、次第に外出がままならなくなった。そのため、新しく見つけた工場にはしばらく電話で指示を出していた。しかし1週間後、ようやく工場へ向かってみると、そこには誰もおらず、ミシンも素材もデザイン画すらない。工場長に電話すると「今日も工場で生産しているよ!」と言う。著者が工場にいることを告げると、電話は切られてしまった。その後、何度連絡しても電話はつながらなかった。
それから何日かは泣きどおしだった。ほとんど諦めかけていたが、そのとき、起業の際にスケッチブックに書いた「この地に希望の光を灯したい」という自分のミッションを思い出した。誰しも裏切りたくて裏切るのではない。裏切ることが必要な社会が、人をそうさせるのだ。ここで自分が諦めたら、一体誰がこの国に光を灯すのか。裏切られたって傷ついたって、どうにか克服し、本物の信頼関係を築き上げる努力をしよう。やり方は後から考えればいい、また最初から歩き出してみよう。そう著者は心に決めた。歩く意味を噛みしめながら。
※当記事は株式会社フライヤーから提供されています。
copyright © 2024 山口 絵理子、flier Inc. All rights reserved.
著者紹介
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山口 絵理子(やまぐち えりこ)
1981年埼玉県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業、バングラデシュBRAC大学院開発学部修士課程修了。 大学のインターン時代、ワシントン国際機関で途上国援助の矛盾を感じ、アジア最貧国バングラデシュに渡り日本人初の大学院生になる。 「必要なのは施しではなく先進国との対等な経済活動」という考えで23歳で起業を決意。「途上国から世界に通用するブランドをつくる」という理念を掲げ、株式会社マザーハウスを設立。バングラデシュやネパールの自社工場・工房でジュート(麻)やレザーのバッグ、ストールなどのデザイン・生産を行い、2015年現在、日本、台湾、香港で22店舗を展開している。また、新たにインドネシアで生産したジュエリーの販売を開始。 Young Global Leaders(YGL)2008年選出。ハーバード・ビジネス・スクールクラブ・オブ・ジャパン アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー2012受賞。毎日放送『情熱大陸』などに出演。著書に『裸でも生きる2 Keep Walking 私は歩き続ける』『自分思考』(ともに講談社)。
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