部下との関係を良くするには?成人発達理論に基づく個人と組織の成長のヒント
部下との人間関係に悩む課長が成長していくストーリーが記された本を要約しました。本書では発達心理学の一分野である「成人発達理論」について触れている本書は、人生における成長・発達という終わりなき航海をリードしてくれる羅針盤になってくれるだろう。
タイトル:組織も人も変わることができる!なぜ部下とうまくいかないのか「自他変革」の発達心理学
著者:加藤 洋平
ページ数:256ページ
出版社:日本能率協会マネジメントセンター
定価:1,620円(税込)
出版日:2016年03月30日
Book Review
「なぜ人と組織はなかなか変われないのか」。「どうしたら人と組織は変わっていくのか」。「どうすれば、より成長できるのか」。自己の成長をめざし、人を育てる立場にある者にとっての普遍的な問いに対し、発達心理学の一分野である「成人発達理論」に基づいた本質的な気づきと行動指針を与えてくれるのが本書だ。
成人発達理論とは、「知識やスキルを発動させる根幹部分の知性や意識そのものが、一生をかけて成長・発達を遂げる」という考え方のもと、人の成長・発達プロセスやそのメカニズムを解明する学問領域である。欧米では人財育成や人事評価にも活用されている。成人以降の発達段階4つの段階に分かれており、各段階に価値と限界点があるという。
本書は、部下との人間関係に悩む課長が、ある人財コンサルタントとの対話の中で、部下育成と組織マネジメントへの自信を見出していくストーリーとなっている。二人の対話を追ううちに、各発達段階の特徴や、どのように成長の階段をのぼっていけばいいのかというヒントが頭と心に刻み込まれていく。同時に課長の変化を追体験する中で、自分自身の内省が深まっていくだろう。
発達理論のエッセンスが詰まった本書は、人生における成長・発達という終わりなき航海をリードしてくれる羅針盤になってくれるだろう。同時に、ビジネスパーソンの自己変革のみならず、組織変革のバイブルとしても読み継がれていくべき一冊である。
部下との関係を良くするには?
課長、山口光の胸の内
山口光は、大手製造企業の開発部で課長を勤めている。新商品の開発に喜びを感じてきたが、管理職になって以来、その情熱は弱まる一方で、マネジャーとしても伸び悩みに直面している。直近の人事評価では、予想以上に低い評価を受け、上司からは「部下のやる気や能力を引き出すようなコミュニケーション能力」と「人間としてのさらなる成長」の2点を改善せよと告げられた。
どうすれば現状を打破できるのか。鬱々とした気持ちを晴らすために立ち寄ったワインバーで、今後の自らの成長と組織の変革を大きく左右する出会いが待っていた。それは、成人発達理論をもとにした人財開発コンサルティングを行う室積敏正との出会いだった。
本書では、山口とコーチの室積の対話を通じて、山口自身と部下がどのように成長を遂げていくのかが描かれている。
成人発達理論とは?
成人発達理論とは、知識やスキルを発動させる根っこにある知性や意識そのものが、生涯を通じて成長・発達を遂げるという考えのもと、人の成長プロセスやメカニズムを解明する学問のことである。心が成長すると、視野が広がり、物事の深みや機微を認識できるようになり、部下の育成を促せるという。
人はそれぞれ独自の世界観、つまり「レンズ」を持っているため、世界の見え方は人によって異なる。この固有のレンズを「意識構造」と呼ぶ。質的に高性能のレンズがあれば、物事を俯瞰的に眺めたり、細かい点にも注意を払えたりする。こうした質的な差異を「意識段階」または「レベル」といい、意識段階が高くなればなるほど、物事を広く深く捉えられるようになる。ただし、意識段階が高い方が望ましい、というようにランクの高低が良し悪しに結びつくわけではないことに留意したい。さもなければ、ランクが高いものが低いものを抑圧したり、差別が起きたりする恐れがあるためだ。
また、発達理論においては、自分よりも上の意識段階を理解できないとされている。それは、建物の階が違えば見える景色が違うのと同様だ。意識構造は「器」に喩えられる。意識が成熟すれば、器が広がり、より多様な他者や曖昧なものを受容しやすくなり、多様な知識や経験を蓄えられるようになる。同時に、それらを咀嚼(そしゃく)し、統合する力も質的に変化するため、アウトプットも異なるものになるのだ。
主体・客体理論
人間の意識の成長・発達は、「主体から客体へ移行する連続的なプロセス」であるという。意識が成長するほど、つまり、ある意識段階から次の意識段階へと移行するほど、客体化できる能力が高まり、その結果、認識できる世界が広がる。次の意識段階に移行できてはじめて、これまでの意識段階を客観視できるというわけだ。
自分に関係することにしか関心を寄せない部下
発達段階2「道具主義的段階」
成人発達理論の大家、ロバート・キーガンによると、人間には5つの意識段階があり、成人以降は4つの段階があるという。成人のスタートラインとなる発達段階2は、「利己的段階」または「道具主義的段階」と呼ばれる。
この段階にいる人は、自己中心的な認識の枠組みを持っており、自分の関心や欲求を満たすために、他者を道具のようにみなす。また、自分の世界と他者の世界を真っ二つに分けて考えるため、相手の立場に立って物事を考える力が不十分である。
感情的になる部下への対処法
山口が手を焼いている部下Aも、この段階にいる。彼の良さを引き出しながら、チームワーク力を高めてもらうためには、チームのメンバーの考えや感情を理解する「二人称の視点」を育てることが欠かせない。その際、問いかけによって、部下自身の力で認識の枠組みを広げられるよう支援することが望ましい。なぜなら、無理に成長を促そうとすると、どこかで成長が止まってしまうという「ピアジェ効果」が起きるためだ。
そこで、発達段階に応じたコミュニケーションを図っていくことが肝となる。また、発達段階2の人は、内省する力が不十分であるため、すぐに感情的になる傾向がある。その際は、こちらも感情的に反応するのではなく、自分の意識を下に下げて、意識を足の裏に持っていくとよい。そうすれば、感情と同一化せずに、より冷静に相手と向き合えるようになる。
上司には従順だが、意見を言わない部下
発達段階3「他者依存段階」
発達段階3は、周りの他者や所属集団の意思決定基準に沿って行動する段階であり、「他者依存段階」または「慣習的段階」と呼ばれている。発達段階3の人は、相手の立場に立って考えるという優れた特性を獲得できているものの、自分独自の価値体系が十分には構築されていない。そのため、自分の意見を表明することが難しく、いわゆる「指示待ち人間」に近い。成人の7割がこの段階の特性を持っているという。
この段階にいる部下に、自律的に行動することを促すには、上司が単純に仕事を振るのではなく、その仕事の意味や手順を考えさせ、部下自身の考えを問うことが大事になる。そうすれば、部下は自分の中に芽生えつつある独自の考えに気づきやすくなるだろう。
イノベーション創出のために乗り越えるべき段階
山口は、自社の多くの人が段階3におり、自律的な人財が欠けているのではないか、という課題意識を持ち始めた。とりわけ日本の大手企業では、組織階層の上の者が、階層の下の者を抑圧するような「見えないメカニズム」が働いており、ポジションや年次の低い人が上の人に意見をしづらい状況ができている。つまり、組織としての発達段階を段階3にとどめる力が働くために、新製品や新事業を生み出すのに苦戦しており、ひいては産業界全体として、イノベーションの創出が難しくなっているといえる。
発達段階3の人は、情報に対する向き合い方も受動的になりがちだ。そのため、既存の情報から主体的に新しい意味を構築することができない。イノベーションの創出をめざすには、権威に屈することなく、既存の物の見方や権威の主張に、健全な批判の目を持って、それらを超克していけるだけの意識の器が必要となる。
よって、発達段階3への活路を見出すには、自分の考えを言語化する習慣づけが効果的である。言語化することで自分の考えが整理され、「自分の内側の声」を発見しやすくなるからだ。このように、主体的な姿勢で情報と向き合い、自分の意見を表明できるようになることが、日本企業の抱えている課題の克服にもつながっていく。
自律性が強すぎて他者の意見を無視する部下
発達段階4「自己主導段階」
発達段階4は、自分なりの価値体系や意思決定基準が生まれ、自律的に行動できる状態を指し、「自己主導段階」または「自己著述段階」と呼ばれる。自己著述とは、まるで一人の小説家が物語を紡ぎ出すように、独自の考えを構築し、表明するという意味を持つ。
発達段階4の振る舞いは、自分の欲求に沿った利己的なものというより、より高度な内面の規範に基づいているという点で、発達段階2とは一線を画している。また、他者も独自の価値観を持つ存在だと理解できている。実存心理学の始祖、ロロ・メイが「探究的な問いを自らに投げかけられるようになることが、真の意味での自己構築の始まり」と語ったように、内省的な問いを発することで、自分自身を合理的に律するのが段階4の特徴である。
一方、段階4の人は、自分の価値観と自己を「同一化」するあまり、自分の価値体系に縛られるという限界を持っている。そのため、自分と異なる価値観や意見を受け入れにくい。
水平的な成長と垂直的な成長の違い
発達段階4の人は「自己成長」への意欲も高い。ただし、成長には「水平的な成長」と「垂直的な成長」の2種類あることに注意が必要だ。水平的な成長は、知識やスキルを獲得することを意味する。一方で、垂直的な成長は、人間としての器が拡大し、認識の枠組みが変化することである。知識やスキルを加工する器自体が変容し、人間性が深まるようなイメージだ。いずれの成長も欠かせないが、日本の企業では水平的な成長ばかりフォーカスされており、真に個人の変容を促す機会は少ないのが現状だといえる。
段階4から次の段階にいくには、自分の視点を外側に向け、「他者の存在が自分の成長に不可欠」という認識を持つことがカギとなる。具体的には、過去の成功体験において、周囲からどんなサポートを得たのかを振り返ることや、自分の意見を客観視し、その弱みや限界を明らかにして、他者の意見をより素直に受け入れていく経験を積むことが望ましい。これらを実践することにより、自分の行動を制限していた思い込みに気づき、そこから解放され、新しいやり方に挑戦できるようになる。
変革型リーダーへの成長
発達段階5「自己変容・相互発達段階」
発達段階5の人は、開放感と柔軟性に富み、多様な価値観や意見を汲み取りながら、他者と関わり合うことで互いの成長や発達を促す触媒の役割を果たす。自分と他者を区別せずに、他者の成長支援が自分の成長につながるという考えを持っている。この段階に到達している成人人口は1%未満だという。「自分とは何者か」、「人生とは何か」という実存的な問いと向き合うことで、段階5へと足を踏み入れることが可能となる。また、この段階に達してはじめて、人と組織の永続的な成長を促す、真のリーダーになれる。
段階5に達するには、一度構築した価値観を打ち壊し、新たな価値観をつくっていく「自己の脱構築サイクル」が必要となる。つまり、常に既存のやり方を検証し、自分自身を絶えず更新していくイメージだ。このサイクルを回すには、「異質な他者」の存在が欠かせない。新しいプロジェクトに参加したり、異業種の人と交流したりすることも効果的な手段だ。
こうして、山口は各発達段階の特徴を学びながら、部下の個性や性格、発達段階に応じた接し方を心掛け、実践していった。その中で、部下の成長を促すだけでなく、自分の認識の枠組みが変わり、自身も成長を遂げた。今では、組織全体の生産性や新しいアイデアの創出にも効果をもたらしている。発達理論は、終わりなき成長の旅の羅針盤なのだ。
※当記事は株式会社フライヤーから提供されています。
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著者紹介
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加藤 洋平(かとう ようへい)
最新の成人発達支援の方法論によって、企業経営者、次世代リーダーの人財育成を支援する人財開発コンサルタント。知性発達科学者として成人発達に関する学術的な探求にも従事。一橋大学商学部経営学科卒業後、デロイト・トーマツにて国際税務コンサルタントの仕事に従事。退職後、米国ジョン・エフ・ケネディ大学にて心理学の修士号を取得。ハーバード大学にて成人教育の権威ロバート・キーガンおよびリサ・レイヒーの下で、自己変革・組織変革モデルである「Immunity-to-Change」のファシリテーター・プログラムを修了。成人発達理論の大家オットー・ラスキー博士に師事し、発達測定の専門家としての資格を取得。Integral Coaching Canada Incにて、最新の発達理論に基づいたプロフェッショナル・コーチングの資格を取得。 現在、人財開発コンサルタントとして大手製造業の新事業開発プロジェクトに参画し、メンバーをマインド面からサポートするため、ラーニングセッションやコーチングを提供。日本企業の自己変革・組織変革による事業成長を強力に支援している。 翻訳書:『心の隠された領域の測定:成人以降の心の発達理論と測定手法』(IDM出版)
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