要約で学ぶ『なぜ、残業はなくならないのか』常見 陽平
残業時間の削減に各社が力を入れるようになってもなお、それでもなくならない残業。どうして残業ゼロが実現しないのか、その実態に迫った1冊を要約してみました。一人の労働者として、長時間労働について考えるとき、本書は必ずその思索の助けとなるでしょう。
タイトル:なぜ、残業はなくならないのか(祥伝社新書)
著者:常見 陽平
ページ数:256ページ
出版社:祥伝社
定価:864円(税込)
出版日:2017年04月10日
Book Review
「長時間労働の是正」は、多くの国民が注目しているトピックである。安倍内閣が「働き方改革」に取り組んでいるさなか、痛ましい「電通過労自死事件」が起こり、世論も大きく動いている。電通においては夜10時以降の残業は禁止になり、政府でも労働時間規制を強化することが検討されているが、本当にそれで、企業にはびこる長時間労働は是正されるのだろうか。サービス残業が誘発されるだけではないのか。そもそも日本社会にこれほどまでに残業が根づいているのはなぜなのか。
本書で著者が述べているように、残業に関する議論は「意識を変えるべきだ」などの感情論に流れがちだ。残業の理由としても、わかりやすさから、上司との関係が取り沙汰されることが多い。また、「日本人は働き過ぎだ」「生産性が低い」という、いつのまにかすりこまれたステレオタイプ的な物の見方も根強くある。著者は、データを読みときつつ、根拠の薄弱なそうした議論を一掃し、「残業の合理性」や、「日本社会が残業ありきで設計されていること」を指摘する。その上で、職場で人が死ぬような社会には断固としてNOをつきつけ、このような現状にどう立ち向かえるのか、政府によってリードされている「働き方改革」は有効なのかを論じている。
一人の労働者として、長時間労働について考えるとき、本書は必ずその思索の助けとなってくれるだろう。
日本人と残業の関係
日本の労働時間
著者はまず、日本人の労働時間について、ファクト・データの確認を行なっている。
『データブック国際労働比較2016』からは、メディアで報じられているように、単に「日本人は働きすぎ」とはいえない現状が見えてくる。他国と比べて、日本の労働時間は長いが、アメリカやイタリアなどの労働時間も長い。日本の労働時間「だけ」が長いわけではないのだ。
また、日本における一人当たりの総労働時間は、1980年代から現在にかけて、労働基準法の改正などの影響を受け、徐々に減少している。ただし、総務省の「労働力調査」によれば労働時間の短い非正規雇用者の割合は増え続けており、そのことが一人当たりの総労働時間に影響を与えていることが推察される。厚生労働省の「毎月勤労統計調査」を見ると、このことはさらに明確になる。パートタイム労働者の割合が増えている一方で、一般労働者の総実労働時間はほぼ横ばいだ。つまり、正規雇用者の労働時間は改善されていないのである。加えて、日本の労働時間を他国と比較したときに明確なのは、日本は長時間労働者の比率が高いことである。性別ではとくに男性、業種別では運輸業、郵便業、建設業、教育、学習支援業に長時間労働者が多い。
サービス残業の存在
前出の、総務省の「労働力調査」による労働時間数と、企業調査に基づく厚生労働省の「毎月勤労統計調査」による労働時間数には、開きがある。この開差が、実際に働いた時間より少ない時間を申告する「サービス残業」だ。
サービス残業に関しては、労働者が認識していないサービス残業も存在する。たとえば、和風居酒屋などで働く人が和服に着替える時間をタイムカードに計上していないというケースがある。この行為は、使用者の指揮命令下におかれたものと評価できるので、労基法上の労働時間に当たると考えられる。ただ、その認識は普通の労働者に浸透しているとはいえない。こうしたことも、残業を考える上では考慮に入れておく必要がある。
なぜ、残業が発生するのか
残業ありきで設計されている社会
著者は、厚生労働省の『平成28年版過労死等防止対策白書』と、独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査を参照し、なぜ残業が発生するのか、企業側と労働者側の双方の回答を確認している。どちらの側にも、「仕事量の多さ」「突発的な業務の発生」「取引先からの不規則な要望」「人手不足」「業務の繁閑が激しいため」といった内容の回答が上位に見られた。このことから、つまり、残業の発生は、個々人の能力・資質に起因するのではなく、組織や個人で努力できるレベルを超えているといえる。残業ありきで会社、それどころか社会が設計されているということがわかる。
残業発生のメカニズムと合理性
残業というものは、経営者側にとってメリットがあるものだ。経営者側の視点に立てば、労働者を増やさず、労働時間の延長で仕事に対応するほうが安く済む場合がある。ただし、法定労働時間を超えて労働させるとペナルティを課されるドイツやフランスではそうはいかない。
また、「仕事に人をつける」欧米と違って、日本では「人に仕事をつける」という考え方が一般的だ。どちらもそれぞれにメリットとデメリットがある。「人に仕事をつける」とは、ある人に複数の業務を紐づけるやり方だ。すると、人のマルチタスク化が進み、労働者は専門外のスキルを身につけられる。しかし、特に中堅・中小企業においては営業、企画など職種を超えた仕事が任せられるので、仕事の範囲は無限に広がり、残業時間の増加につながるという面がある。
労働市場の観点からも、残業が誘発される理由が発見できる。日本では人材が企業に抱え込まれる状態になりがちなため、外部の労働市場から人材を採用するのが簡単ではない。誰かの残業を減らそうとして、仮に同じようなスキルを持った人を採用しようとしても、そのような人と出会うのは現状において困難なことなのだ。
残業はなぜ悪か
著者は、このように、残業が合理的に組み込まれた日本社会の現状を明らかにしつつ、残業は悪だと断じている。
まず、安全衛生の観点からすると、長時間労働は各種疾病につながり、人の命に関わる問題である。過労死や精神疾患を防ぐためにも、残業は抑制すべきだ。
また、長時間労働ありきだと、正社員総合職になるためにそれを前提として働かねばならず、育児や介護をしている人などの多様な人の労働参加が阻まれてしまう。多様な働き方を用意し、男性正社員の働き方も多様化させるという発想が必要である。
さらに、ワーク・ライフ・バランスとクオリティ・オブ・ライフの観点、つまり仕事と生活をそれぞれ充実させるためにも、残業は悪である。
こうした認識をもって、残業の合理性に立ち向かうべきだ。
「働き方改革」のずれ
電通過労自死事件とは何だったのか
2016年9月に労災認定された「電通過労自死事件」は、2016年12月には法人と上司が書類送検され、石井社長(当時)が引責辞任するという事態にまで発展した。大手の伝統ある企業の長時間労働の実態が浮き彫りになり、かつ亡くなったのは東大卒の新入社員の女性だということで、この事件はメディアで大きく報道された。ちょうど国を挙げて「働き方改革」に取り組んでいるというタイミングだったため、「長時間労働是正」に注目が集まるきっかけになった。電通は、長時間労働・深夜労働の改革や、健康管理体制の強化などを盛り込んだ再発防止措置を発表した。人員強化、機械化推進のために70億円の投資をするという。
この状況について、著者は、必要な措置だったと評価しつつも、問題と対策がずれているのではないかと疑問を呈する。亡くなった高橋まつりさんがSNS上で発言していた、上司からパワハラ・セクハラまがいの言葉を受けたということについても、真相は究明されていない。死者が出る職場をどうするかという問題と、長時間労働是正の問題と、ワーク・ライフ・バランスが実現した職場作りは、すべて段階が異なることではないのか。
何のための働き方改革なのか
続いて、安倍内閣が推進する「働き方改革」の「長時間労働是正」に関する議論について考察されているが、著者は「働き方改革」全般について、釈然としない思いを抱いている。
まず、どんな社会を実現するための「働き方改革」なのか、不可解である。国として目指す姿と連動しているのかどうかも疑わしいし、議論が尽くされているわけではない。仮に経済成長をめざしているとして、そのためには付加価値の高いものを創り出すという発想も必要であり、そこへ「働き方改革」がどうつながっているのかという具体的なビジョンがないと納得できない。
また、「働き方改革」における検討事項である「長時間労働の是正」や「テレワーク」などは別に新しいものではなく、与野党どちらにおいても以前から議論されてきたものだ。問題の根深さを認識した上での提案なのかどうかは注視せねばならない。
「働き方改革」の現実との乖離
「働き方改革」が取り上げられる際、そもそも日本人が「働きすぎ」で、「労働生産性が低い」ことが断定されるが、そもそもこの見解が誤解の源になっている。国際比較で使われる「労働生産性」という指標は、労働者一人当たりで生み出す成果、あるいは労働者が1時間で生み出す成果を指標化したものであり、「効率」を指すものではない。これは産業構造や人口などが影響するので、一企業や一個人の努力で向上しないものである。だから、「日本は労働生産性が低いので、アップさせよう」というのは、戦略的ミスリードだともいえる。
また、労働時間と賃金を切り離して、成果で労働者を評価しようということも議論されているが、こちらも慎重に考えていくべきだ。国内外の研究では、成果主義は必ずしも労働時間の減少に必ずしも貢献しないことがわかってきている。
そして、「ダイバーシティ」や「ワーク・ライフ・バランス」といった「働き方改革」を行うことで、労働時間が減少し、企業の業績は上がるという論も疑わしい。根拠になっているデータは、業績の良い企業が、IR(投資家向け広報)、PR、CSR(企業の社会的責任)のためにこうした取り組みをしたというふうにも見ることができる。
働き方が国を挙げた議論になることは喜ばしいことだが、仕事の絶対量や任せ方という視点に踏み込まなければ、結果として、茶番に終わる可能性もある。労働時間に規制をかけて、かつ企業に成長を期待すれば、さらにサービス残業が誘発されるだけではないだろうか。
働きすぎ社会の処方箋
トヨタ式を導入する
著者は、どうすれば残業を減らせるのか、日本の社会、企業、個人が取り組むべきことを自ら提案する。ここでは、そのうちのいくつかを紹介したい。
まず提案されているのは、「トヨタ生産方式」を「働き方改革」における労働時間短縮に活かすことだ。トヨタのノウハウというと「かんばん方式」のイメージが強いかもしれないが、これはあくまでノウハウの一部である。トヨタ方式では、あらゆるものが「見える」状態にされ、その上で改善がなされる。そのなかの「はかる」というノウハウを応用し、労働時間短縮に取り組む際、状況把握のために「はかって」みるのだ。
現実に過労死などが発生しても、企業は労働実態を把握しきれていないことがある。こうした事態を避けるためにも、政策として労働実態を把握するよう企業に義務付けるということを検討したらどうか。サービス残業のような隠れた残業もあることがわかっているので、まず、正確な労働状況を把握した上での対策が必要なのではないか、と著者は言う。
予約のとれない寿司屋モデル
前述のように、日本の長時間労働の原因の一つとなっているのが、取引先に振り回されることである。そこで、企業の対策として、「予約のとれない寿司屋モデル」「ドレスコードのあるお店モデル」を選択することがありうるのではないか。客にルールを提示し、客を選ぶモデルである。
たとえば著者の知人が経営するデザイン事務所では、「仕事と家庭の両立」を理解してくれる企業とのみ取引することを決めている。ムリな要求を廃し、密なコミュニケーションによって仕事のやり直しも防いでいる。仕事の単価は上がり、顧客は紹介で増えているという。このように、顧客を絞り、仕事の絶対量を減らすというのも一つの選択肢なのだ。
一読の薦め
ここでは紹介しきれなかったが、「電通過労自死事件」の詳細な検証と、著者ならではの論点の抽出は、非常に読みごたえがある部分であるので、ぜひ本書にあたってみてほしい。また、労働時間を減らすために、個人レベルで取り組めることについても多く提案されている。管理職の方や、仕事に追われ残業ばかりしてしまうビジネスパーソンが本書から得るものは大きいだろう。
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著者紹介
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常見 陽平
働き方評論家、千葉商科大学国際教養学部専任講師。
1974年生まれ、北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業、同大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、クオリティ・オブ・ライフ、フリーランス活動を経て2015年4月より現職。 専攻は労働社会学。働き方をテーマに執筆、講演を行なう。著書に、『僕たちはガンダムのジムである』(日経ビジネス人文庫)、『「就活」と日本社会』(NHKブックス)、『「意識高い系」という病』(ベスト新書)、など多数。 -
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