組織の「自分から行動を起こさない人」問題を解決するOST(オープン・スペース・テクノロジー)とは?

OSTとは、「オープン・スペース・テクノロジー」の略であり、組織開発のワークショップの手法の1つ1つである。オープン・スペースは「(対話の)広場」、テクノロジーは「(対話の)技術」を意味している。
組織マネジメントで課題に挙がることが多い「リーダーシップ」についての新たな提案が本書には詰まっている。

OST(オープン・スペース・テクノロジー)実践ガイド 人と組織の「アイデア実行力」を高める

タイトル:OST(オープン・スペース・テクノロジー)実践ガイド 人と組織の「アイデア実行力」を高める

著者:香取 一昭、大川 恒

ページ数:240ページ

出版社:英治出版

定価:2,592円

出版日:2018年6月18日

 

Book Review

OSTとは、「オープン・スペース・テクノロジー」の略であり、組織開発のワークショップの手法の1つ1つである。オープン・スペースは「(対話の)広場」、テクノロジーは「(対話の)技術」を意味している。
著者らのOSTの定義はこうだ。「実行したいアイデア・解決したい課題・探求したいテーマを参加者が提案し、それに賛同する人が集まって話し合うことにより、具体的なプロジェクトを生み出したり、テーマについての理解を深めたりするためのワークショップ手法」である。
近年、ワールド・カフェやフューチャーサーチなど、参加者の自主性を重視したワークショップが頻繁に行われるようになってきた。そうしたワークショップは、人々の思考やものの見方を解きほぐす場として機能し、大いに盛り上がる。しかし、具体的な行動やプロジェクトにはなかなか結びつかない。そんな課題が長らくあった。OSTは、そこに風穴を開ける可能性を大いに秘めている。
著者らによれば、本書の主旨は大きく次の2点にある。1つは、OST実施のポイントを具体的に整理・体系化して提供すること。もう1つは、OSTがリーダーシップを生み出す場としても機能するという、著者ら独自のコンセプトを提起することである。特に後者は、今後の組織のマネジメントのあるべき姿について、非常に示唆に富んだ提案であるといえよう。未来のリーダーのインキュベーターOST。その全体像を学ぶのにうってつけの一冊として本書をすすめたい。

リーダーシップを育む場づくり

ワークショップの現場と経営者の感覚の落差

ワークショップの現場と経営者の感覚の落差

著者らは、長年にわたりOSTなどのワークショップを、組織開発や地域コミュニティ開発の現場で実施してきた。そのなかで、参加者の一人ひとりが確固たる考えを持ち、それを発信、実行しようとする姿に感銘を受けてきた。一方で、企業の経営幹部からは、こんな嘆きの声を聞いてきた。「社員は言われたことはそつなくこなすが、自分から積極的に行動を起こさない」。この落差は何なのか。その問題を解決するヒントとなるのが「OSTにおける場づくりとファシリテーションのあり方」である。
OSTのファシリテーターは、指示命令型のリーダーではない。参加者が自由に意見を述べ、実現したい未来に向けて仲間を募り、行動を起こす。そんなリーダーシップを育む場づくりを支援している。

OST実践ガイド

OSTとはどのようなものか

OSTが他のワークショップの手法と異なる点は何か。ワールドカフェのような他のワークショップ手法では、話し合いの細かい内容についてファシリテーターが介入することはあまりない。しかし、テーマについては、主催者ないしファシリテーターが提示する「問い」について話し合ってもらうのが一般的だ。これに対して、OSTの場合は、話し合うテーマも含めて、すべて参加者主導で決めていく。
それでは、ファシリテーターの役割は何か。1つは「そもそも何のためにこのOSTを開催するのか」という「目的」を明確にすることである。本書に挙げられている目的の例には、次のようなものがある。共働き夫婦のワークライフバランスを考える、新製品の開発、間接部門の生産性を上げる、被災地の二次災害を減らす、外国人観光客を増やすなどだ。

OSTの企画

OSTの企画
それでは、OSTの流れを順に見ていこう。OSTの企画段階におけるポイントは2つある。1つは、「OSTの開催目的を明らかにすること」である。OSTでは、この目的に対して参加者が自主的に話し合いたいテーマを提案することになっている。よって、目的が曖昧だと、参加者もどんなテーマを出してよいのかわからない。
OSTを企画した後の当日の流れは、「オープニング」「テーマ出し」「マーケットプレイス」「分科会」「クロージング」から成る。開催当日には、OSTの目的を参加者が十分に理解していて、話し合いに強い情熱と責任感を持ってのぞめるような配慮が重要となる。このように、参加者の心の準備ができている状態を「レディネス」という。この「レディネスを高めること」が、OSTの企画のもう1つのポイントである。この後、会場の選定と設営や、備品の用意などを行う。

オープニング――グラウンド・ルールの説明

まずはOSTのグラウンド・ルール(その場の基本のルール)というべき、「4つの原則」を紹介する。当日のオープニングは、参加者にこの原則を丁寧に説明するところから始める。
第1の原則:「ここにやってきた人は、誰もが適任者である」
これは、参加人数や参加者の地位、立場などは問題ではないということである。大切なのは、プロジェクトを成功させたいという情熱を持った人が参加しているかどうかである。このことを、いま一度参加者に自覚してもらうのである。
第2の原則:「何が起ころうと、それが起こるべき唯一のことである」
OSTの場では、予想外のこと、ときには場そのものが壊れてしまうようなハプニングが起こるかもしれない。しかし、何が起ころうと、起こるべくして起こったと考え、その瞬間を学びの瞬間に変えるという心構えが大切である。
第3の原則:「いつ始まろうと、始まった時が適切な時である」
話し合いがうまく進まなかったり、良いアイデアが浮かばなかったりしなくても、不安になったり焦ったりする必要はない。創造のスピリットは、いつ湧き上がってくるのかわからないのである。
第4の原則:「いつ終わろうと、終わった時が終わりの時なのである」
話し合いが予定より早く終わったり、あるいは終わらなかったりしても、無理に予定の時間に合わせる必要はない。終わったらそこで切り上げればよいし、終わらなければ別の機会を設定すればよいだけだ。
グラウンド・ルールの役割は、このルール内であれば参加者の自由と主体性は最大限尊重されることを示し、安心・安全な場をつくることにある。

移動性の法則

移動性の法則

OSTには「4つの原則」のほかに「移動性の法則」」がある。これは「蜂」と「蝶」という、2つの比喩で表現される。OSTではチームごとに、分科会という話し合いが行われる。もしその分科会が自分の期待した場ではない、あるいは自分が十分にその分科会に貢献できないと感じたら、参加者は他の分科会へ自由に移動できる。
蜂とは分科会から分科会へ移動する人を指す。蜂は他の分科会でどのようなことが話し合われたのかを新しいチームに伝えることで、アイデアの交配を手助けできる。一方、蝶とはどの分科会にも参加しない人を指す。蝶たちが集まって、新しい話し合いが生まれる可能性もある。

テーマ出しからクロージングまで

いよいよ話し合うべきテーマの案を出す「テーマ出し」に入る。ファシリテーターが掲げた「目的」に関連して、仲間と話し合いたい具体的なテーマを、参加者に自由に出してもらう。
テーマが一通り出揃ったところで、壁に張り出し、話し合いたいテーマごとにチームをつくってもらう。これを「マーケットプレイス」という。
次に、チームごとに話し合いに入ってもらうのが「分科会」である。分科会は通常1時間半を1つの単位とする。全体の時間に合わせて、異なったテーマ、チームで数回この分科会を回していく。これがOSTの実際である。
最後に、分科会で話し合われた内容を全体で共有する「クロージング」で幕を閉じる。

リーダーシップの孵卵器としてのOST

ファシリテーターの態度と振る舞い

OSTのファシリテーターが実践している場づくりとファシリテーションは、ワークショップの場だけでなく、日常の組織のマネジメントでも活かせる。そのヒントは、OSTのファシリテーターの態度と振る舞いにある。著者らはそれを次の8つのポイントにまとめている。
・目的を共有して場を開く
・グラウンド・ルールを示す
・フラットな関係の場をつくる
・今ここに集中する
・内なるリズムで行動するように促す
・コントロールを手放す
・場をホールド(保持)する
・混乱に耐える覚悟でのぞむ

組織マネジメントにどんな示唆があるか

本要約では、8つのポイントのうちいくつかを掘り下げる。
・今ここに集中する:OSTで重視されるのは、「今ここ」に集中しようという発想である。それは、コントロールできることに集中しようというメッセージでもある。現場のマネジャーが、常にこうしたポジティブなメッセージを発することで、積極的に一歩を踏み出し、リーダーシップを発揮するメンバーが増えてくる。
・内なるリズムで行動するように促す:時間には、客観的な時間としての「クロノス」と、集中していると時の流れを忘れてしまうような、主観的な時間としての「カイロス」という2種類がある。OSTが重視するのは「カイロス」であり、機械のリズムではなく内なるリズムに従って行動することを大事にする。この考え方は、働き方の「画一性」から「多様性」重視の時代への転換を踏まえた組織運営のあり方に、大きな示唆を与えてくれる。
・コントロールを手放す:分科会での話し合いにファシリテーターが介入しなくても、参加者が自律的に行動できるのはなぜか。それは、目的(「ミッション」「ビジョン」)やグラウンド・ルール(「バリュー」「行動指針」)を明示し、安心・安全な場づくりができているからだ。その後は、ファシリテーターは積極的にコントロールを手放すことが奨励される。これにより、参加者のリーダーシップが芽生えやすくなる。
・場をホールド(保持)する:組織のマネジャーは、ファシリテーターとしての原理原則をホールド(保持)しなければならない。私利私欲のために動いたり、メンバーのことを考えていないと見なされたりすれば、たちまちメンバーからの信頼を失ってしまうので注意したい。
・混乱に耐える覚悟でのぞむ:自由闊達な組織風土をつくり、さまざまな階層からリーダーが生まれる場をつくる。こうした変革のプロセスを始めると、ある種の混乱状態に陥ることがある。なぜなら、不平・不満をいっても不利益にならない場ができると、メンバーから、これまで押さえつけられていた不平・不満が一時的に噴き出してくるからである。そのときマネジャーは、意見を押さえつけるのではなく、混乱がやがて新しい可能性を開く建設的なものに変わっていくと信じて、混乱に耐えなければならない。

OSTのベースとなる2つの仮説

最後に、OSTのベースとなっている2つの仮説を紹介する。第1の仮説は「人は、自分が本当にやりたいと思ったことに取り組むとき、最大限の能力を発揮する」というものである。「テーマを自分たちで見つけ出す」というOSTの特徴は、この仮説に基づいている。「やりたい」という内発的な動機から生まれたアイデアなら、真剣に取り組めるし、喜びを感じられる。それが、具体的な行動やプロジェクトにつながる。
第2の仮説は、「参加者が内発的な動機から自発的に行動するためには、ファシリテーターはコントロールを手放して、参加者の行動上の自由度を高めなければならない」というものである。「移動性の法則」に基づいて「蜂」や「蝶」のような参加の仕方を認める。そして、あらかじめ決められた時間に縛られない。こうしたルールをとっているのも、このような仮説がベースとなっているのだ。

一読の薦め

本書の読みどころは、OSTを開催する際のシナリオ(進行台本)や、大成建設株式会社や京都市伏見区役所など、企業や地域社会の実施事例も、細部にわたり紹介されている点だ。OSTの実践ガイドとして完璧な仕上がりといえよう。昨今のワークショップでは、参加者の自主性を前提とするのは普通のことである。とはいえ、ここまでファシリテーターがコントロールを手放す手法は稀である。
適切な場さえあれば、誰もがリーダーシップを発揮できるという著者らの洞察は、大きな希望を与えてくれる。手法の背後にある開発者のそうした人間観・組織観にこそ、着目していただきたい。

※当記事は株式会社フライヤーから提供されています。
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著者紹介

  • 香取 一昭(かとり かずあき)

    組織活性化コンサルタント、マインドエコー代表
    1943年、千葉県生まれ。東京大学経済学部を卒業後、1967年に日本電信電話公社(現在のNTT)に入社。米国ウィスコンシン大学でMBA取得。NTTニューヨーク事務所調査役、NTT理事・仙台支店長、NTTラーニングシステムズ常務、NTTナビスペース社長、NTTメディアスコープ社長、NTT西日本常勤監査役を歴任し、学習する組織の考え方に基づいた組織変革を推進。現在は、ワールド・カフェ、AI、OST、フューチャーサーチなど、一連のワークショップ手法の普及活動を展開している。著書に『ワールド・カフェをやろう』『ホールシステム・アプローチ』(以上、日本経済新聞出版社)、『ワールド・カフェから始める地域コミュニティづくり』(学芸出版社)、『俊敏な組織をつくる10のステップ』(ビジネス社)など、訳書に『ワールド・カフェ』『フューチャーサーチ』(以上、ヒューマンバリュー)などがあり、組織変革、人材開発、マーケティングなどの分野での講演や論文多数。

  • 大川 恒(おおかわ こう)

    組織変革コンサルタント、HRT代表取締役
    一般社団法人 地域ケアコミュニティ・ラボ 代表理事
    ワールドカフェ コミュニティ ジャパン(WCJ)代表理事
    1961年、北海道生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。シカゴ大学経営大学院でMBA取得。地域包括ケア、農商工連携、地域活性化などをテーマに、ワールド・カフェやOSTを用いたワークショップや、ワールド・カフェ、OST、AI、フューチャーサーチなどのファシリテーター養成講座を開催している。また、以下のような共創型コンサルティングも展開している。
    ・ダイアログ、ホールシステム・アプローチ(ワールド・カフェ、AI、OST、フューチャーサーチ)を用いた組織開発コンサルティング
    ・学習する組織構築のための組織変革コンサルティング
    著書に、『ワールド・カフェをやろう』『ホールシステム・アプローチ』(以上、日本経済新聞出版社)、『ワールド・カフェから始めるコミュニティづくり』(学芸出版社)、『俊敏な組織をつくる10のステップ』(ビジネス社) などがある。

  • flier

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