自分も気付かぬうちに加害者に!?『LGBTとハラスメント』
「パワーハラスメント防止法」では、性的指向や性自認に対するハラスメントであるSOGIハラや、極めてプライベートな個人情報を本人の同意なく周囲に暴露するアウティングもパワーハラスメントのひとつに含まれる。本書は、職場における実務面でも具体的に役立つ教科書としてすべての人に一読してほしい。
タイトル:LGBTとハラスメント
著者:神谷悠一、松岡宗嗣
ページ数:224ページ
出版社:集英社
定価:820円(税別)
出版日:2020年7月22日
Book Review
セクシュアルマイノリティを表す言葉のひとつである「LGBT」は、すでに広く知られる言葉となった。しかし、いまだにその定義が正しく認識されているとは言いがたい。現在でも政治家などの著名人が失言し、インターネット上で炎上する事例はあとを絶たない。そうして表には出てこない日常の一場面でも、誤解や何気ない言葉に傷つけられている人はたくさんいるのではないだろうか。
2020年6月に施行された「パワーハラスメント防止法」では、性的指向や性自認に対するハラスメントであるSOGIハラや、他人の性的指向や性自認などの極めてプライベートな個人情報を本人の同意なく周囲に暴露するアウティングも、パワーハラスメントのひとつに含まれるようになった。セクシュアルマイノリティに対しての正しい認識を持っていなければ、人を傷つけてしまうことがあるのはもちろん、今後は法的に加害者になってしまう可能性もあるということだ。
本書は、セクシュアルマイノリティに関する基本的な解説から始まり、日常的に起きがちなLGBTに対する勘違いや差別を豊富な実例とともに紹介している。また、パワーハラスメント法に含まれるSOGIハラやアウティングの詳しい内容など、職場における実務面でも具体的に役立つ教科書だ。
LGBTという言葉だけを何となく知っているという人や、セクシュアルマイノリティに対しての理解をより深めたい人だけでなく、これまで関心がなかった人にこそ通読していただきたい一冊である。
性の多様性についての基本知識
LGBTとは
LGBTとはレズビアン(Lesbian)、ゲイ(Gay)、バイセクシュアル(Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)の4つの頭文字を取った言葉である。レズビアンは自分のことを女性だと認識していて、同性の女性を好きになる「女性同性愛者」、同様にゲイは「男性同性愛者」、バイセクシュアルは女性も男性も好きになることがある「両性愛者」を指す。トランスジェンダーは、「生まれたときに割り当てられた性別と、自分の認識している性別が一致していない人」を指す。
このように、性のあり方が多数派に属さない人たちはセクシュアルマイノリティ(性的少数者)と呼ばれるが、L・G・B・Tの4つ以外にもさまざまな性のあり方を持つ人たちがいる。LGBTに「Q」を加え、LGBTQとする場合もある。この「Q」はクィア、またはクエスチョニングの頭文字である。クィアは「規範的な性のあり方以外のセクシュアリティ」、クエスチョニングは「自らの性のあり方等について特定の枠に属さない人、わからない人。典型的な男性・女性ではないと感じる人」を表す。
SOGIハラとは
少し視点を変えてみると、「性別」ひとつとってもいくつかの要素に分けて考えられることがわかる。特に、セクシュアルマイノリティについて考える際は、次の4つに分解してみるとよい。
ひとつは「法律上の性別」だ。出生時に身体、性器の形等から医師などによって判別されて割り当てられ、役所に届けられる。次に、「性自認」がある。自分は「男である」、「女である」、もしくは「性別に関係のない生き方をしたい」など、自身の性別をどう認識しているかを表している。そして、「性表現」という要素。これは社会的にどのように振る舞うかというもので、一人称や服装などについてどのような性別の表現を行うかに関わっている。最後の要素は、「性的指向」である。自分の恋愛や性愛の感情がどの性別に向くか、あるいは向かないかを指す。
これらの要素から導き出される性のあり方は非常に多様であり、突き詰めていけば一人ひとり違うパターンなのではないかということも感じられる。
前述の4つの要素のうち、性的指向(Sexual Orientation)と性自認(Gender Identity)の頭文字を取った言葉が「SOGI(ソジ)」だ。SOGIという属性は、セクシュアルマイノリティだけでなく、すべての人に関わるものだ。いわゆる〈多数派〉の異性愛者の男性であっても、性自認は「男性」で性的思考は「女性」に向く、というように表現することができるからである。ちなみに本書で取り上げられる「SOGIハラ」とは、性的指向や性自認のいずれか、もしくは両方に対するハラスメントを指す。SOGIは目に見えにくい属性なので、安易なレッテル貼り等によって「全ての人」に関わる問題となり得る。
LGBTへのよくある勘違い
LGBTは「特殊」?
セクシュアルマイノリティの人は特殊で、そうではない人は「普通」だと認識してしまう人は多い。それはマイノリティには特別な「名前」がつけられるからかもしれない。女性の医者のことを「女医」と呼ぶのと同じだ。しかし、セクシュアルマジョリティにもさまざまな名称はある。たとえば、生まれた時に割り当てられた性別と自認する性別が一致している人は「シスジェンダー」と呼ばれる。また、異性愛者のことは「ヘテロセクシュアル」という。
マジョリティを「普通」と認識することは、マイノリティに「異常」というレッテルを貼ることにつながってしまう。社会の制度や人々の認識はシスジェンダーのヘテロセクシュアルの人が「普通」であるとし、それ以外は「病気」だと認識されてきた歴史がある。たとえば同性愛は治療が必要な「精神疾患」として扱われてきたが、多くの人の尽力により脱病理化の動きが進んだ。それでも、セクシュアルマイノリティを「自然の摂理に反する」と考える声は根強く残っている。その背景には、「動物は子孫を残すことが予め本能としてセットされている」といった考えがあるのだろう。
しかし、ライオンやゾウなどさまざまな動物の同性愛行為は多数確認されているし、一番大きい個体がメスに変わるカクレクマノミのような生物もいる。同性愛や性別移行は自然界では珍しいものではないのだ。それは人間界であっても同じのはずである。
カミングアウトは相手の意思を受け止める
カミングアウトとは、「自らの性のあり方を自覚し、それを誰かに開示すること」である。セクシュアルマイノリティにとっては、時に一世一代の覚悟がいる行為だ。しかし、カミングアウトされる側に理解がないと、「なぜそんなに改まって話すのか」と思われたり、「ホモって打ち明けられちゃったよ、マジでキモい」などと笑い話のネタにされたりすることもある。
セクシュアルマイノリティにとって職場でカミングアウトすることの意味を、日常的な観点から考えてみよう。まずメリットとしては、当事者が非当事者と嘘のない関係を築けるという点があげられる。日常の些細な会話の中にプライベートの情報はつきものだ。カミングアウトしていない人の場合、週末などのプライベートな時間について共有することが難しい。同性のパートナーを異性に置き換えて話すなど、細心の注意を払いながら違和感を抱かせないように話をしなければならない。嘘は重ねていくたびに辻褄が合わなくなり、嘘をつき続けるストレスから会話そのものが億劫になる。それは、職場での人間関係に暗い影を落とす原因になってしまう。カミングアウトによって、ありのままの自分のありのままの日常を話せる関係がつくれることは、カミングアウトの良い面だといえるだろう。
しかし、カミングアウトには失敗したときのリスクもつきまとう。相手に気持ち悪いと思われて関係が壊れたり、言いふらされて職場中に知れ渡り、差別や偏見、ハラスメントを受けたりすることもあるかもしれない、という懸念は拭いきれない。もし、カミングアウトを受けた場合は、当事者はこのような葛藤を乗り越えてでも伝えたいと思うほど、あなたを信頼しているということである。
気にしているようで相手を傷つけているかもしれない
NGワードより、相手を尊重する関係性を
SOGIに関する問題だけではないが、悪意を持って誰かを差別したいと考えている人はそれほど多くないだろう。しかし、差別意識がないからといって実際に差別的な言動をしないと言い切ることはできない。「これまで知らなかった、気づけなかった問題に直面したとき、できるだけ相手を傷つけない言葉選びをしたい」と思うことはとても重要なことだ。
「ホモ」や「レズ」、「おかま」などといった言葉は、相手を嘲笑するような差別的な文脈で使われることが多かった。一方で、当事者が「ホモ」「レズ」「おかま」を自称することもある。その言葉が差別的な意味合いを持つかどうかは、どのような場面で誰が使うのかという文脈によって大きく左右されるのだ。
コミュニケーションの中でNGワードさえ使わなければいいというわけではない。その前後の文脈で意味は変わってしまうからだ。それよりも相手を尊重し、間違った発言をして傷つけた場合は素直に謝ることができるような関係性を築くことが重要である。
プライベートに踏み込んで信用を失うこともある
セクシュアルマイノリティに限らず、初対面の相手に「彼氏」「彼女」というプライベート性の高い話題を持ち出すと、思わぬ「地雷」を踏んでしまうことがある。ことセクシュアルマイノリティの場合は、パートナーと自分の性自認などについて考えながら回答しなければならず、「(彼女はいるけど)彼氏はいない、ですかね……」など言葉を濁すことになる。それ以上話題を掘り下げなければ大きな問題にはならないかもしれないが、相手の回答が曖昧だったからとさらに踏み込んだ質問を重ねていけば、ハラスメントの色合いが強くなっていく。
こうした言動は、セクシュアルマイノリティに対するものや、SOGIに関連する場合のみがハラスメントになるわけではない。2020年6月に施行されたパワーハラスメント防止法が定める、パワーハラスメントの6つの類型のひとつに、「個の侵害」と呼ばれるものがある。厚生労働省は、「業務上の必要もなく私用や私的な内容を聞き出そうとする」ことや「結婚等のプライベートな事柄について執拗に触れる発言」は、この「個の侵害」に該当すると定めている。
そもそもセクシュアルマイノリティは、交際相手の話題が封印・制約されている人がほとんどである。だから、そういった話題ではなく、職場で働く人のモチベーションを高める話題を選んでいきたい。
SOGIハラ・アウティング防止策は措置義務へ
SOGIハラはパワーハラスメント
2020年6月、大企業等と全ての自治体を対象に、パワーハラスメント防止を規定した「パワハラ防止法」が施行された(中小企業は2022年4月から施行)。このパワーハラスメントにはSOGIハラや、相手の性自認や性的指向について本人の同意なく周囲に暴露するアウティングも含まれている。
パワハラが成立するのは上司と部下の関係に留まらない。一方に「業務上必要な知識や豊富な経験」があり、「協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難」である場合、同僚であろうが部下であろうが「パワーハラスメント」の「パワー」、すなわち優越的な関係が成立しうる。そういった相手から、性的指向や性自認など業務上必要のない話題を執拗に振られることは、パワーハラスメント被害と認定されうる。また、セクシュアルマジョリティに対するSOGIハラもパワーハラスメントになるということを認識しておかなければならない。相手が嫌がっていないかを察知することは、これから一層重要になる。
誰もが学ばなくてはいけない時代
しかし、一般社会において性的指向や性自認に関するハラスメントがパワーハラスメントにあたるという認識はまだまだ広がっていない。そのため、パワハラの規定を整備している企業であってもSOGIハラに関する規定が抜けていることは少なくない。まして、アウティングについてまでパワーハラスメントに該当すると規定しているところはほとんどない。そのため、すでに規定を定めている場合であっても、改めて内容を検討し、SOGIハラやアウティングがパワーハラスメントに該当すると就業規則などに明記して、これらを禁止する必要がある。
実際にSOGIハラやアウティングが起きた場合、被害者をケアするだけでなく加害者対応も必要となる。その際気をつけなければならないのは、加害者にSOGIハラやアウティングに対する認識が不十分である場合があることだ。SOGIハラやアウティングが危険となる理由をまとめた資料などを作成し、加害者を生み出さないための事前周知だけでなく、事後の加害者対応にも活用すると良いだろう。
SOGIハラやアウティングはセクハラ同様、法的にアウトであることが明確化した。これまでSOGIについて知らなかった、関心がなかった人も、多様な性について学び、対応することが必要となったのだ。
一読の薦め
パワハラ防止法の施行により、セクシュアルマイノリティ、SOGIハラに対する正しい知識を身につけることはより重要性を増すこととなった。本書では、LGBTに関する基礎知識から、労務での取り組みに至るまで、幅広い内容がカバーされている。
「LGBTは自分の周りにいない」「私は気にしていない」という言葉がどう差別に当たるのか。そういったことも含めてSOGIハラの実例は実に豊富であり、どこかで目にしたことがあるものも多いはずだ。その具体的な対策についても多数掲載されており、参考にできる内容ばかりである。
SOGIについてのトピックは誰もが必要な社会人の教養となっていく。セクシュアルマイノリティに対する正しい理解のためだけでなく、SOGIハラやアウティングに対する社内規定の教科書としても一読をおすすめしたい。
※当記事は株式会社フライヤーから提供されています。
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著者紹介
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神谷悠一(かみや ゆういち)
1985年岩手県生まれ。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。労働団体の全国組織本部事務局を経て、現在は約100のLGBT関連団体から構成される全国組織、通称「LGBT法連合会」事務局長。
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松岡宗嗣(まつおか そうし)
1994年愛知県生まれ。明治大学政治経済学部卒。ライター。政策や法制度などのLGBT関連情報を発信する一般社団法人fair代表理事。
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