J1リーグで戦うガンバ大阪が、来季はJ2に降格することが決定しました。日本代表にも選出されている遠藤保仁、今野泰幸両選手が在籍していながらのJ2降格は、サッカー界に衝撃を与えました。しかし振り返ると、昨シーズン終盤から社長以下フロント陣の迷走が、J2昇格を招いたことが伺い知ることができます。
金森喜久男社長は、1971年にガンバ大阪の親会社である松下電器産業(現パナソニック株式会社)に入社。2008年に親会社から派遣されるかたちで、ガンバ大阪の社長に就任しました。
昨季終盤、最初につまずいたのは西野晃元監督との契約交渉でした。2002年に就任した西野監督は、それまであまりパッとしなかったガンバ大阪を強豪チームにのし上げました。10年間で優勝1回、2位1回、3位6回に加え、2008年にはACL(AFCチャンピオンズ・リーグ)を制してアジア王者にもなりました。
功労者とも言える西野監督に対して、2012年以降の契約延長交渉を、フロント側は先延ばしにしていました。結局交渉の席についたのは2011年11月22日(日刊スポーツ2011年11月23日)。ここでわずか39分の話し合いで、2011年限りでの退団が決定しました。話し合いを先延ばしにされたことから生まれた、監督とフロントとの溝は埋まることはなかったのです。
調査不足が現場に混乱を招いた!
そして2012年の監督候補に、突然名前が上がったのが元日本代表呂比須ワグナー氏でした(日刊スポーツ2011年11月30日)。しかし呂比須氏に対して問題が発生します。日本ではJリーグの監督に就任する際、『S級ライセンス』が必要ですが、呂比須氏は所持していませんでした。
外国籍監督の場合は特例が認められることが過去にはありましたが、呂比須氏は日本人。他チームの関係者によると「特例が認められないことは分かっていた」と語っています。しかし金森社長は「行き違いはないだろうし、大丈夫」と答えています(日刊スポーツ2011年12月15日)。すべては思惑通りに進むはず、という考えが、後に更なる混乱を招きました。
結局呂比須氏は監督になることはできず、監督を新たに探さなくてはなりませんでした。しかしあくまで呂比須氏の入閣が前提での新監督探し。結果的に呂比須氏と親交のあるジョゼカルロス・セホーン氏が監督に就任。呂比須氏はヘッドコーチとなり、2頭体制を取ることになります。そしてこれは現場に混乱を招きます。
練習では呂比須ヘッドコーチが指揮を執り、セホーン監督がサポートするという体制だったが、表向きはセホーン監督がトップ。選手たちも「どちらが指揮を執っているのか」分からない体制だったのです(goal.com 2012年3月27日)。選手たちは混乱し、成績も低迷。3月26日にはセホーン監督、呂比須ヘッドコーチが解任されたのです。
サッカーの場合、開幕前のキャンプが非常に重要となります。そのキャンプ時のつまずきは、後に就任した松波正信監督にも修正できませんでした。
あなたの「大丈夫だろう」に根拠はありますか?
仕事をする際には、常に何かの判断を迫られます。その時に「大丈夫だろう」と思って判断していませんか? その「大丈夫だろう」に根拠がなく、思惑通りに進まなかったらどうなるでしょうか。あなただけではなくあなたの部署、あなたの会社、取引先の会社までも混乱に招いてしまうこともあるのです。仕事を進める際にもしっかりとした調査、根拠を示して、現場を混乱させないように気を使うことが必要です。